お嬢様は、とても愛されておいでです
その職に就けたのは、とても幸運なことだったと思う。
当時の私は、とんでもない考えなし。
生まれ育った村から出たい、どうしても出たい!と、その一心で、行商人の馬車の荷に紛れ込んだのだ。
商人に気付かれたのは、幸いにも、村からとても離れた場所で、だった。
私の酷い身なりに、色々と察してくれたようだった商人さんは、働き口の案内までしてくれた。
そうして、数年はその街の商店で、何とかやっていた。
何とかやっていたのだけれど、結局そこも、追い出されることになった。
何故かと聞かれれば、私にも、わからない。
きっと私には、普通の人が普通にわかることが、わからないのだろう。
だからこそ、職業案内所で教えてもらったその職業に、興味が湧いた。
この地を治める領主様の邸で働く仕事。
ただ、あまりにも離職者が多いため、勧められないという。
是非、この仕事を。
私がそう頼んですぐに、お屋敷での面接が行われた。
正門前で、女性の騎士が二人ほど、私につけられた。そのまま、面接場所へと案内される。
正門とは違う、使用人が使う門から、敷地内へ。使用人が使う門なのに、今までの人生で見てきた門たちとは違う、豪奢な造り。
職業案内所のホールより大きい部屋に通されて、落ち着かなくて、隅へ寄る。
平凡な姿かたちでカチコチに固まる私の前に現れたのは、領主様の子どもである、お嬢様。
ふわふわの金の髪。きらきらの緑の目。薄い緑色のリボンや薄茶色のレース。
すらっと伸びた長い手足は、まるで綺麗な布のように輝いて見える。
お嬢様の全てが、別世界の住人のようで、私は息をするのも忘れてしまった。
女性騎士と共に現れたお嬢様は、じっと私を見て、その後、クス、と笑った。
そして。
「この方が良いわ」
私は、何故か、お嬢様の侍女に選ばれたのだ。
あれから時間が経って、上等な仕立ての侍女の服も、すっかり自分に馴染んだ。
下働きでも何でも良いから、仕事がもらえれば、なんて思っていたあの頃が、嘘のようだ。
今でも私は、貴族の常識に疎いし、敬語だってあやふやだ。何なら、色々勉強した結果、平民がこの仕事に就いているのも、あり得ないことだと知っている。
それでもお嬢様は、私が良いと言うのだ。
なんでも、お嬢様の婚約者、グレーム・アディスト・ポットハレスト公爵令息が、そう言うのだから。だそうだ。
お嬢様の名前は、エミリー様。キャロブーケ伯爵の唯一のお子様で、将来はエミリー様がこの地を継ぐらしい。
領主様の名前なんて、領主様だと思っていたので、この仕事に就いた時は驚いた。
婚約者のグレーム様は、ポットハレスト公爵家の三男。
お互い、一目惚れだったという。
その時の話をされるお嬢様は、とても可愛らしい反応が多いので、私も楽しい。
本当、この仕事に就いてから、色々なことがあった。
お嬢様付きの侍女は、今までにも、何人もいたらしい。
急に泣き出したり、体調を崩したりして、みんな辞めていったそうだ。
今のところ、私は何ともないが、この邸には女性の医師が常駐しており、使用人も無料で診断してもらえるので、定期的に診断を受けてはいる。
それでふと、気になったのだ。
お嬢様は、基本的にお部屋から出ない。
ゆったりと本を読むか、勉強するか、領主の仕事を手伝うか。あとは刺繍したりとか、本当に動かないのだ。
ある時、私は提案した。
「お嬢様。お嬢様はもっと運動をした方が良いですよ」
そう言うと、エミリーお嬢様は、少し困った顔をされた。かわいい。
「でもねぇ、グレーム様が心配するのよ」
エミリーお嬢様の婚約者様は、エミリーお嬢様が両親と食事をするのも、少し妬くらしい。
それで、お嬢様は食事の時以外、本当にご用事がないと、両親に会われることもない。
同じように、他の人の目にエミリーお嬢様が映ることを、グレーム様は嫌がって心配するのだという。
グレーム様は本当は、他の誰だってエミリーお嬢様の傍に置きたくはないらしいのだが、侍女や騎士を置くのはとても大切なことだし、せめて全てを女性にすることで妥協したという。苦渋の決断だとか。
それはまあ、わからなくもないのだけれど。
「心配はごもっともですが、運動量が少ないと、お嬢様が早死にしてしまう確率も上がりますよ」
「うーん」
「それに」
「それに?」
そっと、お嬢様に近づいて囁く。
「子どもを産む時にも、体力は必要ですよ」
「子ども……」
瞬間、エミリーお嬢様の顔が、赤く染まる。かわいい。
「そ、そうよね。たしかにそれは、大切なことだわ!」
エミリーお嬢様は、すぐにグレーム様と相談をした。私もすこし、混ぜてもらう。
そうして決まったのは、邸の裏で、女性騎士を数人付けて、ぐるぐると歩く時間を作ること。
邸の裏は、高い塀が遠くにあるので、外からは絶対に、エミリーお嬢様の姿は見えない。
時間を決めることで、その時間は、邸の裏が見える窓へ近づかないよう、他の使用人たちへも通達が出来た。
私は日傘を持って、エミリーお嬢様へ影を捧げる。
始めたての頃は、すぐに休憩していたエミリーお嬢様も、一月も経つ頃には、お喋りをしながら歩けるようになっていた。
また別の時。私は、お嬢様の衣装について、悩んでいた。
この職に就いた時は、お嬢様の衣装を全部覚えなきゃいけないってことに、途方にくれたものだった。
幸いにも、衣装室に住んでいる方々が、色々教えてくれたので、何とかなったが。
悩んでいたのは、そこではなく。お嬢様の持っている物の色についてだ。
全体的に淡い色が多く、もちろんそれも似合うのだが、私はお嬢様の色々な魅力を発見したいのだ。
ということで、ある時、私は提案した。
「お嬢様、お洋服や装飾品に、グレーム様のお色を入れるのはいかがでしょう」
「グレーム様の?」
エミリーお嬢様の婚約者、グレーム様は、黒い髪に青い瞳の貴公子だという。
入れるのは、黒か、ハッキリとした青。
これならば、エミリーお嬢様の新たな魅力発掘に繋がる。
「そうねぇ……。前と……その前の侍女だったかしら。彼女たちは、グレーム様の色を入れるなんて、とんでもないって言うのよ」
エミリーお嬢様の部屋も、今その手にあるカップも、全て淡い色の物だ。
「ええ。わかります。特別な時に纏ってこそ、特別に感じる色になるのかもしれません」
「特別……」
エミリーお嬢様の頬が桃色に染まる。かわいい。
「ですが、常にその身にグレーム様のお色を纏うことにより、常にグレーム様のことを近くに感じる、というのも大切ではありませんか?」
エミリーお嬢様のカップが音をたてる。珍しい。動揺しているのだわ。かわいい。
「そう……そうよね」
顔を上げたお嬢様の瞳には、熱い思いが込められていた。
「お母さまにお願いしましょう!伝えてくれる?」
「もちろんでございます」
ひゃっほう!ちょっと大人っぽいエミリーお嬢様とか、蠱惑的なエミリーお嬢様とか、色々開拓出来る!
喜び勇んで伝令の人を呼んでくれるよう、扉に立つ女性騎士の一人に声をかける。
そんな私の髪には、エミリーお嬢様の色である黄色いリボンがついている。
やっぱりね、元気出るよね。好きな色を身につけるのって。
また別の時。あの時は、エミリーお嬢様が悩んでいる頃だった。
グレーム様に対して、自分には何が出来るのか、何を返せるのか。エミリーお嬢様は随分と悩まれている様子だった。
エミリーお嬢様は存在しているだけで素晴らしいと思うのになぁ。
「もっとこう……将来に向けて、何が出来るのか。何をしたいのかが、わからないのよ」
ソファにゆったりと座り、エミリーお嬢様は好きな紅茶を飲んでいる。かわいい。
「そうですねぇ……。もっと領主としての仕事を何とかしたい、と思っていらっしゃるのでしょうか」
「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれないわ。そもそも、領主としての仕事だって、直に領地も見回れない半人前だもの。グレーム様が心配なさるから」
エミリーお嬢様が自分の領地を見回ったことがあるのは、ご両親に連れられての幼い頃だけ、らしい。
「お嬢様。王様だって、いつも自分の国を全部見回ったりしませんよ」
「……まあ、そうねぇ。お忙しいですものね」
「お嬢様だって、充分お忙しいですよ」
淑女としての勉強に、領主としての勉強まで。
最近では、すっかり歩くのも習慣になっている。
お嬢様は、とても頑張っていると思う。
私が真剣な顔で言っているからか、エミリーお嬢様は笑ってくれた。
「ありがとう。そうね、王族のやり方を勉強してみるわ。私なりに、私の仕事の流れを作ってみるわね」
「素晴らしいと思います。お父様が健在のうちに、色々試してみましょう」
「まあ!あなたってたまに、大胆なことを言うわね」
何か変なことを言っただろうか、と思ったけれど、エミリーお嬢様の笑顔がかわいかったので、忘れた。
また別の時。私はエミリーお嬢様のお母様にお礼を言われていた。
いったい何事かと思った。
その日、エミリーお嬢様は、領主であるお父様に、色々と仕事の話を聞きに行っていた。もちろん、私も一緒だ。
執務室に入ると、エミリーお嬢様のお母さまが、ソファに座っていらっしゃった。
相変わらず、ご両親とも、うつろな目をしていらっしゃる。疲れているのね。
エミリーお嬢様がお父様と話している最中、私はエミリーお嬢様のお母様に話しかけられた。
「本当にありがとう。貴女が来てくれてから、エミリーは元気になるし、自分の役目にも熱心になったわ」
「とんでもないことでございます」
言いながら、自分の姿勢や敬語が正しいのか、頭の片隅は混乱に陥っていた。
エミリーお嬢様が許してくれるからと、甘えすぎていたかもしれない。私も、もっと勉強するべきか。
私が考えている間にも、エミリーお嬢様のお母様は、色々と話している。
エミリーお嬢様は、私が来るまで、体調を崩すことが多かったらしい。
運動をするようになってからは、だいぶ落ち着いたとか。
ご両親とも、エミリーお嬢様とは、食事の時以外お話出来なかったので、こうして仕事の話であっても、よく話せるようになって嬉しいとか。
これにはちょっと、私もフム、と思った。
私には親の愛がわからない。でも、親を求めて泣く子どもや、もっと子どもと一緒にいたかったと泣く親は、よく見た。
エミリーお嬢様が気にしていなかったので気にしなかったが、親がもっと話したいのに話せないのは、勿体ない気もする。
特に、エミリーお嬢様が領主になった時、ご両親の考え方がわかっていれば、仕事の道しるべになることが、あるかもしれない。
エミリーお嬢様と、グレーム様に相談しよう。
そうして、エミリーお嬢様は、月に一回、ご両親とお茶会をすることになった。
なんだかんだ、三人とも喜んでいるようだ。
グレーム様は、たまに妬いているようだが、それを察したエミリーお嬢様は、グレーム様をとても甘やかしたようだ。
その時間を気に入ったのか、グレーム様が妬く回数も、どんどん減っていった。
そして私は、エミリーお嬢様のお母様から、特別手当をもらった。
なんでぇ?
また別の時。今度はエミリーお嬢様が妬く?たぶん妬く、時があった。
「グレーム様は、貴女には信頼を置いているようで、私その……ちょっと意地悪な気持ちになっちゃう時があるのよ」
「意地悪されたい」
グレーム様は、エミリーお嬢様をいつも特別一番に考えておられますよ。
「え?」
「ん?」
私は何か、おかしなことを言っただろうか。
ちょっと唇を尖らせているエミリーお嬢様が可愛くて、困る。
私が首を傾げていると、エミリーお嬢様がソファを降りて、ととと、と私に近づいてきた。かわいい。
「お嬢様?」
「えい」
自分の頬に、エミリーお嬢様の指が当たる感触。
「意地悪、しちゃった」
照れたように笑う、エミリーお嬢様。
私の意識は、白に染まっていった。
飛んでいく意識に、エミリーお嬢様の言葉が降り注ぐ。
「いつもありがとう」
この日は国の祝祭日になるべきである。
また別の時、この日、私は一人で邸をぶらぶらとしていた。
お嬢様が読書に集中されるということで、休んでて良いと言われたのだ。
暗示療法シリーズの本を、一気に読み返したくなったらしい。お嬢様は本当に頭が良くていらっしゃる。
女性騎士二人と、一時的な侍女と、かわいいかわいいお嬢様を残して、私は階段を降りていく。
こういう時間は、よくある。素晴らしい仕事場だ。
邸の厨房には、使用人たち用のお菓子がある。
別名、料理人たちの実験の結果物だ。
今日はなんと、割れたクッキーが大量にあった。うれしい。
ボリボリ食べながら、勝手口から庭に出る。
天気が良くて、食べながら歩くのにちょうど良い。
と思っていたら、なんだか表の門あたりが、賑やかだった。
邸から、わりと距離があるので、歩きつつ食べる。美味しい。
近づくにつれ、誰か一人、男が大きめの声を出しているのだとわかった。
門が見える位置の、庭の木の影に、見知ったメイドを見かけて、声をかける。
「ラナ。何あれ?」
私と年齢の近いメイド、ラナの後ろに立って、門を見る。
邸からは、ほどよく遠い門で、薄い金髪の青年が、門番と何かを話している。
「お嬢様に懸想した男よ。この影の中だと、門からは見えないから、アンタもこっち入りなよ」
ラナの手にも、割れたクッキーの欠片たちがある。
二人でポリポリと食べながら、元気な青年を見る。
ふと、ラナに聞かれた。
「お嬢様は?」
「奥の書斎よ。数時間は出てこられないし、出る時は私が呼ばれるわ」
「なら安心ね。お嬢様に汚い男の声を聞かせなくて良かったわ」
「本当ね」
エミリーお嬢様に想いを寄せる男たちは多い。
あの美しさ、愛らしさ。おまけに、次期領主という肩書き。
グレーム様がいるというのに、こうして門までやってくる男の多いこと、多いこと。
「お前らはおかしい!エミリー様に会わせろ!私が彼女の目を覚まさせる!!」
男の声に、門番が声を張り上げる。
「帰れ!お嬢様は誰とも会いはしない!」
「私は侯爵家の人間だぞ!!」
「誰でもだ!」
うわー、今日はまた激しい。
ぽかんと私が門を見ていると、ラナも門にいる男を見たまま、話しかけてくれる。
「懲りないもんよねぇ、男って」
「ちょっとラナ、自分のがあるでしょ。私の方からお菓子とらないで」
「あらバレた?」
私たちがお菓子を味わっている間も、門番と男のやり取りは続いている。
「私との婚約話を送っているはずだ!」
「お嬢様には婚約者がいる!」
男が、門を握って揺らす。
門番たちが槍で押し返すが、男もなかなか手ごわい。
「なにが婚約者だ!どうせグレームのヤツだと言うんだろ!グレーム・アディスト・ポットハレスト公爵令息!!」
「そうだ!」
ガシャン!と門が鳴る。
鳴ったのは外門だけで、内門には響いていない。
二重の門があるので、私たちは安心して、この騒動を見ている。
「グレームは死んだ!もう10年経つ!お前らだって、わかってないわけじゃないだろう!」
「だから何だというのだ!グレーム様はエミリーお嬢様の婚約者だ!」
あとで、あの門番さんに蜂蜜飴でも差し入れようかしら。
ラナはお菓子を食べ終わり、スカートを軽く払った。
そのまま伸びをしながら、口を開く。
「死んだからって、婚約者じゃなくなるって思ってる人、多いわよねぇ」
私はまだお菓子を食べながら、こくこくと頷く。
ラナは、結婚式の当日に旦那を亡くした。
それでも、彼女は人妻だ。ラナ自身が、そう言っている。
ついに、門番が男を引き剥がした。
「なんで……なんでお前ら、わからないんだ!おかしい、おかしいよ!エミリー!エミリーー!!!!!」
男は引きずられ、乗ってきたのであろう馬車へ投げ入れられた。
彼の従者や護衛たちが、門番や邸を睨みながら、帰っていった。
騒動も終わったので、邸に一緒に戻りつつ、ラナが話す。
「最初の方聞いてた感じ、あの男、昔エミリー様と遊んだことがあるんだって。
手紙を送っても返事がなくて、たまに遠くから邸を見てたけど、今日はついに……って感じみたい」
「あら。お嬢様も知っている人だったのなら、よりお嬢様には内緒にしていた方が良さそうね」
「そうしてちょうだい。全く、馬鹿な男の多いこと」
きっと、ラナにも色々あったのだろうなぁ。と思う。
でも、エミリーお嬢様の傍には、グレーム様がいらっしゃるけど、ラナの傍には、旦那さんはいない。
だから、ラナはもう別の人と結婚しても良いのに。
そう思うけれど、そんなことを言ったら、商店でとても怒られたのだ。自分のいた村でも、散々な言われようだった気がする。
たぶん、これは言ったら、人に怒られることなんだろう。
だから、言わない。
後日、ラナの話によると、件の男は、両手が使えなくなり、目も見えなくなり、喉も潰れたという。
エミリーお嬢様の邸の門に触れたのだもの、それはグレーム様に嫉妬されて、手が大変なことになるわ。
エミリーお嬢様の名を、想いを込めて口にしたから、喉も潰れたのだとして、目は一体どうしたのかしら。
目が見えなくなることにより、一層エミリーお嬢様の姿が、あの男の脳内に描かれちゃうのではないかしら。
考えていると、邸に日用品を届けてくれる商人さんの後ろに、いつもくっついている先々代くらいの商人さんが、教えてくれた。
件の男、侯爵家の青年の私室には、エミリーお嬢様が描かれた小さな小さな肖像画があったらしい。
先日それが発火して、侯爵家のお屋敷ごと燃えてしまったそうだ。
小さな肖像画だから、火も小さかったはずなのに、邸まで燃えてしまうなんて。
グレーム様の嫉妬は怖いねぇ。と、先々代くらいの商人さんが笑う。
なるほど。例の男がエミリーお嬢様の肖像画を見ていたから、その目が許せなかったのね。
エミリーお嬢様の絵まで焼いてしまうだなんて、苦渋の決断だったでしょうに。
嫉妬に狂うと、理性的でない行動をするものなのねぇ。
ああ、お嬢様にされてみたいわ。
私が、ふふ、と笑うと、先々代くらいの商人さんも、はは、と笑ってくれた。
いつもの商人さんは、目だけで辺りを見てから、そそくさと去っていった。
いつもあの方、辺りを気にするのよね。好いている使用人でもいるのかしら。
そう思ったけれど、これはちょっとラナに思考が寄っているわ、と、私は苦笑してしまうのだった。
本当、この仕事に就いてから、色々なことがあった。
エミリーお嬢様と二人だけの思い出も、本当に多い。
こんなことが知られたら、グレーム様に怒られそう。
エミリーお嬢様の結婚式の日にも、こんな風に色々と思い出したものだわ。
あの時は、グレーム様のお色の、黒の婚礼衣装が本当に素敵で。
グレーム様は生家から嫌われていたようなので、式の参列者は、エミリーお嬢様のご両親と、邸の女性たちだけだったのだけど。
エミリーお嬢様が、本当にお美しくて、衣装からの迫力も凄くって。
それでいて、やっとこの日が来たのだわ、というエミリーお嬢様の素敵な表情。
とても最高の式だった。
エミリーお嬢様のご両親も、いつものうつろな目を、一瞬輝かせて、とても泣いていらっしゃった。
お二人とも絶叫のような泣き声で、エミリーお嬢様も、恥ずかしそうにしていたわ。
お貴族様でも、大切な子の結婚式には、大きな声で泣くこともあるのね、と感心したものだ。
エミリーお嬢様の部屋の扉を鳴らす。
いつものように、休憩時間をいただいた私は、今のエミリーお嬢様でも食べられそうなものを探してきたのだ。
中の侍女と交代して、部屋に入る。
「お嬢様、厨房より、こちらを試してほしいと」
「これは……野菜かしら?」
「はい」
なんでも、鶏料理の下準備の過程で、野菜をパリッとさせてみることを思いついたとか。
言いながらも、実態は、調理機器の中にうっかり野菜を落としただけだったようだが。
私も、試しに食べてみたけれど、なかなか癖になる食感だった。
エミリーお嬢様は、それまで続けていた編み物の手を止めて、茶色くなった野菜をフォークで刺し、小さなお口に入れた。
「!……食べられるわ」
「良かったです」
私が言う前に、エミリーお嬢様は次々に野菜を食していく。
エミリーお嬢様のお腹に新たな命が宿ってから、エミリーお嬢様は色んなものが食べられなくなっていた。
妊娠や出産といった事柄に、私は疎く、勉強不足に嘆く時間が増えていた。
だからこそ本当に、今が嬉しかった。
見事完食したエミリーお嬢様へ、食後の飲み物を淹れる。
残念ながら、エミリーお嬢様のお好きな、紅茶ではない。
エミリーお嬢様が落ち着いた顔をされているので、私の口も軽くなる。
「この間、パオラ侍女長に言われたんです。妊娠して子どもを産んでいれば、エミリーお嬢様に仕える乳母になれたのにって」
「まぁ」
「私、その手があったかって思ったんですよね。もったいないことをしました」
クスクスと笑うエミリーお嬢様が、かわいい。
そのまま私と、会話を続けてくれる。
「パオラ侍女長って、いつ頃の侍女長かしら」
「約700年くらいは前みたいですね」
「あはは!本当、貴女って真面目なお顔をして面白いことを言うんだから」
何がそんなに面白かったのか、私にはよくわからないけれど、エミリーお嬢様の笑顔は至高の宝だ。
よくやった私。
面白さが落ち着いたのか、エミリーお嬢様は、そうだ!と言って、本棚へむかった。
そのまま、一冊の本を取り出すので、私は慌ててしまった。
「お嬢様!言っていただければ、私が取りますのに」
「良いのよ。適度な運動が大切だっていうのも、貴女が言ってくれたことよ。それより、はい!」
光栄にも手渡してくださったのは、古く日に焼けた本。ところどころに、濡れた跡もある。
「昔ね、まだ私がグレーム様と想いを通じ合わせていない頃だったかしら。その本でおまじないをしたの。ず~~っとグレーム様と一緒にいられますようにって」
懐かしむように微笑むエミリーお嬢様は、今日もかわいい。
「それが叶って、今はこうしてグレーム様との子まで、私のもとへ来てくれたんだもの。もし貴女が恋をしたら、是非その本を使ってちょうだい」
とんでもなく光栄なことだ。
幸運すぎて、幸せすぎて、嬉しくて仕方がない。
エミリーお嬢様から直々に物を戴けるなんて。
それにそれに、エミリーお嬢様はおまじないだなんて言っていたけれど、本の文字を見ると、どうやらこれは古代呪術の本のようだ。
こんなものが読めて、しかもおまじないにしてしまうなんて、昔からエミリーお嬢様はとんでもなく凄かったのだ。
そのことが知れて、とてもとても嬉しい。
「お嬢様……ありがとうございます。私、一生お嬢様に仕えますから!」
思わず、大きい声が出てしまった。
途端に、エミリーお嬢様を黒い塊が包む。グレーム様だ。
「だ、大丈夫よグレーム!お話が楽しくって、はしゃいじゃっただけよ」
お二人で話をしているようなので、私は邪魔をしないように気配を消して、二人分の飲み物の準備を始める。
私には、グレーム様の声は、たまに、エミリーゆるしてとたすけてが聞こえる以外は、ギとかガとかしか聞こえないけれど、エミリーお嬢様は難なく会話をしている。
これが愛の成せる技なのだろう。
エミリーお嬢様に許しを請う時だけ言葉がハッキリするのも、よくわかる。エミリーお嬢様に嫌われるなんて、考えたくもないものね。
飲み物を二人分置いて、私は壁際に寄る。
そこから見るエミリーお嬢様の笑顔は、私に向けていた笑顔とは、また違う。
本当にかわいくて、美しくて。素晴らしいお嬢様だ。
この職に就けたのは、とても幸運なことだったと。
私は何度でも、この幸運を噛みしめるのだった。




