表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

お嬢様は、とても愛されておいでです

作者: 薄色
掲載日:2026/03/12



その職に就けたのは、とても幸運なことだったと思う。



当時の私は、とんでもない考えなし。

生まれ育った村から出たい、どうしても出たい!と、その一心で、行商人の馬車の荷に紛れ込んだのだ。

商人に気付かれたのは、幸いにも、村からとても離れた場所で、だった。

私の酷い身なりに、色々と察してくれたようだった商人さんは、働き口の案内までしてくれた。


そうして、数年はその街の商店で、何とかやっていた。

何とかやっていたのだけれど、結局そこも、追い出されることになった。

何故かと聞かれれば、私にも、わからない。

きっと私には、普通の人が普通にわかることが、わからないのだろう。


だからこそ、職業案内所で教えてもらったその職業に、興味が湧いた。


この地を治める領主様の邸で働く仕事。

ただ、あまりにも離職者が多いため、勧められないという。


是非、この仕事を。


私がそう頼んですぐに、お屋敷での面接が行われた。


正門前で、女性の騎士が二人ほど、私につけられた。そのまま、面接場所へと案内される。

正門とは違う、使用人が使う門から、敷地内へ。使用人が使う門なのに、今までの人生で見てきた門たちとは違う、豪奢な造り。

職業案内所のホールより大きい部屋に通されて、落ち着かなくて、隅へ寄る。

平凡な姿かたちでカチコチに固まる私の前に現れたのは、領主様の子どもである、お嬢様。


ふわふわの金の髪。きらきらの緑の目。薄い緑色のリボンや薄茶色のレース。

すらっと伸びた長い手足は、まるで綺麗な布のように輝いて見える。

お嬢様の全てが、別世界の住人のようで、私は息をするのも忘れてしまった。


女性騎士と共に現れたお嬢様は、じっと私を見て、その後、クス、と笑った。

そして。


「この方が良いわ」


私は、何故か、お嬢様の侍女に選ばれたのだ。




あれから時間が経って、上等な仕立ての侍女の服も、すっかり自分に馴染んだ。

下働きでも何でも良いから、仕事がもらえれば、なんて思っていたあの頃が、嘘のようだ。

今でも私は、貴族の常識に疎いし、敬語だってあやふやだ。何なら、色々勉強した結果、平民がこの仕事に就いているのも、あり得ないことだと知っている。

それでもお嬢様は、私が良いと言うのだ。


なんでも、お嬢様の婚約者、グレーム・アディスト・ポットハレスト公爵令息が、そう言うのだから。だそうだ。



お嬢様の名前は、エミリー様。キャロブーケ伯爵の唯一のお子様で、将来はエミリー様がこの地を継ぐらしい。

領主様の名前なんて、領主様だと思っていたので、この仕事に就いた時は驚いた。


婚約者のグレーム様は、ポットハレスト公爵家の三男。

お互い、一目惚れだったという。

その時の話をされるお嬢様は、とても可愛らしい反応が多いので、私も楽しい。



本当、この仕事に就いてから、色々なことがあった。



お嬢様付きの侍女は、今までにも、何人もいたらしい。

急に泣き出したり、体調を崩したりして、みんな辞めていったそうだ。

今のところ、私は何ともないが、この邸には女性の医師が常駐しており、使用人も無料で診断してもらえるので、定期的に診断を受けてはいる。


それでふと、気になったのだ。

お嬢様は、基本的にお部屋から出ない。

ゆったりと本を読むか、勉強するか、領主の仕事を手伝うか。あとは刺繍したりとか、本当に動かないのだ。


ある時、私は提案した。


「お嬢様。お嬢様はもっと運動をした方が良いですよ」


そう言うと、エミリーお嬢様は、少し困った顔をされた。かわいい。


「でもねぇ、グレーム様が心配するのよ」


エミリーお嬢様の婚約者様は、エミリーお嬢様が両親と食事をするのも、少し妬くらしい。

それで、お嬢様は食事の時以外、本当にご用事がないと、両親に会われることもない。


同じように、他の人の目にエミリーお嬢様が映ることを、グレーム様は嫌がって心配するのだという。

グレーム様は本当は、他の誰だってエミリーお嬢様の傍に置きたくはないらしいのだが、侍女や騎士を置くのはとても大切なことだし、せめて全てを女性にすることで妥協したという。苦渋の決断だとか。


それはまあ、わからなくもないのだけれど。


「心配はごもっともですが、運動量が少ないと、お嬢様が早死にしてしまう確率も上がりますよ」

「うーん」

「それに」

「それに?」


そっと、お嬢様に近づいて囁く。


「子どもを産む時にも、体力は必要ですよ」

「子ども……」


瞬間、エミリーお嬢様の顔が、赤く染まる。かわいい。


「そ、そうよね。たしかにそれは、大切なことだわ!」


エミリーお嬢様は、すぐにグレーム様と相談をした。私もすこし、混ぜてもらう。

そうして決まったのは、邸の裏で、女性騎士を数人付けて、ぐるぐると歩く時間を作ること。

邸の裏は、高い塀が遠くにあるので、外からは絶対に、エミリーお嬢様の姿は見えない。

時間を決めることで、その時間は、邸の裏が見える窓へ近づかないよう、他の使用人たちへも通達が出来た。



私は日傘を持って、エミリーお嬢様へ影を捧げる。

始めたての頃は、すぐに休憩していたエミリーお嬢様も、一月も経つ頃には、お喋りをしながら歩けるようになっていた。




また別の時。私は、お嬢様の衣装について、悩んでいた。


この職に就いた時は、お嬢様の衣装を全部覚えなきゃいけないってことに、途方にくれたものだった。

幸いにも、衣装室に住んでいる方々が、色々教えてくれたので、何とかなったが。


悩んでいたのは、そこではなく。お嬢様の持っている物の色についてだ。

全体的に淡い色が多く、もちろんそれも似合うのだが、私はお嬢様の色々な魅力を発見したいのだ。


ということで、ある時、私は提案した。


「お嬢様、お洋服や装飾品に、グレーム様のお色を入れるのはいかがでしょう」

「グレーム様の?」


エミリーお嬢様の婚約者、グレーム様は、黒い髪に青い瞳の貴公子だという。

入れるのは、黒か、ハッキリとした青。

これならば、エミリーお嬢様の新たな魅力発掘に繋がる。


「そうねぇ……。前と……その前の侍女だったかしら。彼女たちは、グレーム様の色を入れるなんて、とんでもないって言うのよ」


エミリーお嬢様の部屋も、今その手にあるカップも、全て淡い色の物だ。


「ええ。わかります。特別な時に纏ってこそ、特別に感じる色になるのかもしれません」

「特別……」


エミリーお嬢様の頬が桃色に染まる。かわいい。


「ですが、常にその身にグレーム様のお色を纏うことにより、常にグレーム様のことを近くに感じる、というのも大切ではありませんか?」


エミリーお嬢様のカップが音をたてる。珍しい。動揺しているのだわ。かわいい。


「そう……そうよね」


顔を上げたお嬢様の瞳には、熱い思いが込められていた。


「お母さまにお願いしましょう!伝えてくれる?」

「もちろんでございます」


ひゃっほう!ちょっと大人っぽいエミリーお嬢様とか、蠱惑的なエミリーお嬢様とか、色々開拓出来る!

喜び勇んで伝令の人を呼んでくれるよう、扉に立つ女性騎士の一人に声をかける。

そんな私の髪には、エミリーお嬢様の色である黄色いリボンがついている。


やっぱりね、元気出るよね。好きな色を身につけるのって。




また別の時。あの時は、エミリーお嬢様が悩んでいる頃だった。

グレーム様に対して、自分には何が出来るのか、何を返せるのか。エミリーお嬢様は随分と悩まれている様子だった。

エミリーお嬢様は存在しているだけで素晴らしいと思うのになぁ。


「もっとこう……将来に向けて、何が出来るのか。何をしたいのかが、わからないのよ」


ソファにゆったりと座り、エミリーお嬢様は好きな紅茶を飲んでいる。かわいい。


「そうですねぇ……。もっと領主としての仕事を何とかしたい、と思っていらっしゃるのでしょうか」

「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれないわ。そもそも、領主としての仕事だって、直に領地も見回れない半人前だもの。グレーム様が心配なさるから」


エミリーお嬢様が自分の領地を見回ったことがあるのは、ご両親に連れられての幼い頃だけ、らしい。


「お嬢様。王様だって、いつも自分の国を全部見回ったりしませんよ」

「……まあ、そうねぇ。お忙しいですものね」

「お嬢様だって、充分お忙しいですよ」


淑女としての勉強に、領主としての勉強まで。

最近では、すっかり歩くのも習慣になっている。

お嬢様は、とても頑張っていると思う。


私が真剣な顔で言っているからか、エミリーお嬢様は笑ってくれた。


「ありがとう。そうね、王族のやり方を勉強してみるわ。私なりに、私の仕事の流れを作ってみるわね」

「素晴らしいと思います。お父様が健在のうちに、色々試してみましょう」

「まあ!あなたってたまに、大胆なことを言うわね」


何か変なことを言っただろうか、と思ったけれど、エミリーお嬢様の笑顔がかわいかったので、忘れた。




また別の時。私はエミリーお嬢様のお母様にお礼を言われていた。

いったい何事かと思った。



その日、エミリーお嬢様は、領主であるお父様に、色々と仕事の話を聞きに行っていた。もちろん、私も一緒だ。

執務室に入ると、エミリーお嬢様のお母さまが、ソファに座っていらっしゃった。

相変わらず、ご両親とも、うつろな目をしていらっしゃる。疲れているのね。

エミリーお嬢様がお父様と話している最中、私はエミリーお嬢様のお母様に話しかけられた。


「本当にありがとう。貴女が来てくれてから、エミリーは元気になるし、自分の役目にも熱心になったわ」

「とんでもないことでございます」


言いながら、自分の姿勢や敬語が正しいのか、頭の片隅は混乱に陥っていた。

エミリーお嬢様が許してくれるからと、甘えすぎていたかもしれない。私も、もっと勉強するべきか。


私が考えている間にも、エミリーお嬢様のお母様は、色々と話している。


エミリーお嬢様は、私が来るまで、体調を崩すことが多かったらしい。

運動をするようになってからは、だいぶ落ち着いたとか。


ご両親とも、エミリーお嬢様とは、食事の時以外お話出来なかったので、こうして仕事の話であっても、よく話せるようになって嬉しいとか。

これにはちょっと、私もフム、と思った。


私には親の愛がわからない。でも、親を求めて泣く子どもや、もっと子どもと一緒にいたかったと泣く親は、よく見た。

エミリーお嬢様が気にしていなかったので気にしなかったが、親がもっと話したいのに話せないのは、勿体ない気もする。

特に、エミリーお嬢様が領主になった時、ご両親の考え方がわかっていれば、仕事の道しるべになることが、あるかもしれない。


エミリーお嬢様と、グレーム様に相談しよう。



そうして、エミリーお嬢様は、月に一回、ご両親とお茶会をすることになった。

なんだかんだ、三人とも喜んでいるようだ。

グレーム様は、たまに妬いているようだが、それを察したエミリーお嬢様は、グレーム様をとても甘やかしたようだ。

その時間を気に入ったのか、グレーム様が妬く回数も、どんどん減っていった。


そして私は、エミリーお嬢様のお母様から、特別手当をもらった。

なんでぇ?




また別の時。今度はエミリーお嬢様が妬く?たぶん妬く、時があった。


「グレーム様は、貴女には信頼を置いているようで、私その……ちょっと意地悪な気持ちになっちゃう時があるのよ」

「意地悪されたい」


グレーム様は、エミリーお嬢様をいつも特別一番に考えておられますよ。


「え?」

「ん?」


私は何か、おかしなことを言っただろうか。

ちょっと唇を尖らせているエミリーお嬢様が可愛くて、困る。


私が首を傾げていると、エミリーお嬢様がソファを降りて、ととと、と私に近づいてきた。かわいい。


「お嬢様?」

「えい」


自分の頬に、エミリーお嬢様の指が当たる感触。


「意地悪、しちゃった」


照れたように笑う、エミリーお嬢様。

私の意識は、白に染まっていった。

飛んでいく意識に、エミリーお嬢様の言葉が降り注ぐ。


「いつもありがとう」


この日は国の祝祭日になるべきである。




また別の時、この日、私は一人で邸をぶらぶらとしていた。

お嬢様が読書に集中されるということで、休んでて良いと言われたのだ。

暗示療法シリーズの本を、一気に読み返したくなったらしい。お嬢様は本当に頭が良くていらっしゃる。

女性騎士二人と、一時的な侍女と、かわいいかわいいお嬢様を残して、私は階段を降りていく。


こういう時間は、よくある。素晴らしい仕事場だ。


邸の厨房には、使用人たち用のお菓子がある。

別名、料理人たちの実験の結果物だ。


今日はなんと、割れたクッキーが大量にあった。うれしい。


ボリボリ食べながら、勝手口から庭に出る。

天気が良くて、食べながら歩くのにちょうど良い。

と思っていたら、なんだか表の門あたりが、賑やかだった。


邸から、わりと距離があるので、歩きつつ食べる。美味しい。

近づくにつれ、誰か一人、男が大きめの声を出しているのだとわかった。


門が見える位置の、庭の木の影に、見知ったメイドを見かけて、声をかける。


「ラナ。何あれ?」


私と年齢の近いメイド、ラナの後ろに立って、門を見る。

邸からは、ほどよく遠い門で、薄い金髪の青年が、門番と何かを話している。


「お嬢様に懸想した男よ。この影の中だと、門からは見えないから、アンタもこっち入りなよ」


ラナの手にも、割れたクッキーの欠片たちがある。

二人でポリポリと食べながら、元気な青年を見る。


ふと、ラナに聞かれた。


「お嬢様は?」

「奥の書斎よ。数時間は出てこられないし、出る時は私が呼ばれるわ」

「なら安心ね。お嬢様に汚い男の声を聞かせなくて良かったわ」

「本当ね」


エミリーお嬢様に想いを寄せる男たちは多い。

あの美しさ、愛らしさ。おまけに、次期領主という肩書き。

グレーム様がいるというのに、こうして門までやってくる男の多いこと、多いこと。



「お前らはおかしい!エミリー様に会わせろ!私が彼女の目を覚まさせる!!」


男の声に、門番が声を張り上げる。


「帰れ!お嬢様は誰とも会いはしない!」

「私は侯爵家の人間だぞ!!」

「誰でもだ!」


うわー、今日はまた激しい。

ぽかんと私が門を見ていると、ラナも門にいる男を見たまま、話しかけてくれる。


「懲りないもんよねぇ、男って」

「ちょっとラナ、自分のがあるでしょ。私の方からお菓子とらないで」

「あらバレた?」


私たちがお菓子を味わっている間も、門番と男のやり取りは続いている。


「私との婚約話を送っているはずだ!」

「お嬢様には婚約者がいる!」


男が、門を握って揺らす。

門番たちが槍で押し返すが、男もなかなか手ごわい。


「なにが婚約者だ!どうせグレームのヤツだと言うんだろ!グレーム・アディスト・ポットハレスト公爵令息!!」

「そうだ!」


ガシャン!と門が鳴る。

鳴ったのは外門だけで、内門には響いていない。

二重の門があるので、私たちは安心して、この騒動を見ている。


「グレームは死んだ!もう10年経つ!お前らだって、わかってないわけじゃないだろう!」

「だから何だというのだ!グレーム様はエミリーお嬢様の婚約者だ!」


あとで、あの門番さんに蜂蜜飴でも差し入れようかしら。

ラナはお菓子を食べ終わり、スカートを軽く払った。

そのまま伸びをしながら、口を開く。


「死んだからって、婚約者じゃなくなるって思ってる人、多いわよねぇ」


私はまだお菓子を食べながら、こくこくと頷く。

ラナは、結婚式の当日に旦那を亡くした。

それでも、彼女は人妻だ。ラナ自身が、そう言っている。


ついに、門番が男を引き剥がした。


「なんで……なんでお前ら、わからないんだ!おかしい、おかしいよ!エミリー!エミリーー!!!!!」


男は引きずられ、乗ってきたのであろう馬車へ投げ入れられた。

彼の従者や護衛たちが、門番や邸を睨みながら、帰っていった。



騒動も終わったので、邸に一緒に戻りつつ、ラナが話す。


「最初の方聞いてた感じ、あの男、昔エミリー様と遊んだことがあるんだって。

 手紙を送っても返事がなくて、たまに遠くから邸を見てたけど、今日はついに……って感じみたい」

「あら。お嬢様も知っている人だったのなら、よりお嬢様には内緒にしていた方が良さそうね」

「そうしてちょうだい。全く、馬鹿な男の多いこと」


きっと、ラナにも色々あったのだろうなぁ。と思う。

でも、エミリーお嬢様の傍には、グレーム様がいらっしゃるけど、ラナの傍には、旦那さんはいない。

だから、ラナはもう別の人と結婚しても良いのに。


そう思うけれど、そんなことを言ったら、商店でとても怒られたのだ。自分のいた村でも、散々な言われようだった気がする。

たぶん、これは言ったら、人に怒られることなんだろう。

だから、言わない。



後日、ラナの話によると、件の男は、両手が使えなくなり、目も見えなくなり、喉も潰れたという。


エミリーお嬢様の邸の門に触れたのだもの、それはグレーム様に嫉妬されて、手が大変なことになるわ。

エミリーお嬢様の名を、想いを込めて口にしたから、喉も潰れたのだとして、目は一体どうしたのかしら。

目が見えなくなることにより、一層エミリーお嬢様の姿が、あの男の脳内に描かれちゃうのではないかしら。


考えていると、邸に日用品を届けてくれる商人さんの後ろに、いつもくっついている先々代くらいの商人さんが、教えてくれた。


件の男、侯爵家の青年の私室には、エミリーお嬢様が描かれた小さな小さな肖像画があったらしい。

先日それが発火して、侯爵家のお屋敷ごと燃えてしまったそうだ。

小さな肖像画だから、火も小さかったはずなのに、邸まで燃えてしまうなんて。


グレーム様の嫉妬は怖いねぇ。と、先々代くらいの商人さんが笑う。


なるほど。例の男がエミリーお嬢様の肖像画を見ていたから、その目が許せなかったのね。

エミリーお嬢様の絵まで焼いてしまうだなんて、苦渋の決断だったでしょうに。

嫉妬に狂うと、理性的でない行動をするものなのねぇ。

ああ、お嬢様にされてみたいわ。


私が、ふふ、と笑うと、先々代くらいの商人さんも、はは、と笑ってくれた。

いつもの商人さんは、目だけで辺りを見てから、そそくさと去っていった。


いつもあの方、辺りを気にするのよね。好いている使用人でもいるのかしら。


そう思ったけれど、これはちょっとラナに思考が寄っているわ、と、私は苦笑してしまうのだった。




本当、この仕事に就いてから、色々なことがあった。

エミリーお嬢様と二人だけの思い出も、本当に多い。

こんなことが知られたら、グレーム様に怒られそう。



エミリーお嬢様の結婚式の日にも、こんな風に色々と思い出したものだわ。


あの時は、グレーム様のお色の、黒の婚礼衣装が本当に素敵で。

グレーム様は生家から嫌われていたようなので、式の参列者は、エミリーお嬢様のご両親と、邸の女性たちだけだったのだけど。

エミリーお嬢様が、本当にお美しくて、衣装からの迫力も凄くって。

それでいて、やっとこの日が来たのだわ、というエミリーお嬢様の素敵な表情。


とても最高の式だった。


エミリーお嬢様のご両親も、いつものうつろな目を、一瞬輝かせて、とても泣いていらっしゃった。

お二人とも絶叫のような泣き声で、エミリーお嬢様も、恥ずかしそうにしていたわ。

お貴族様でも、大切な子の結婚式には、大きな声で泣くこともあるのね、と感心したものだ。



エミリーお嬢様の部屋の扉を鳴らす。


いつものように、休憩時間をいただいた私は、今のエミリーお嬢様でも食べられそうなものを探してきたのだ。

中の侍女と交代して、部屋に入る。


「お嬢様、厨房より、こちらを試してほしいと」

「これは……野菜かしら?」

「はい」


なんでも、鶏料理の下準備の過程で、野菜をパリッとさせてみることを思いついたとか。

言いながらも、実態は、調理機器の中にうっかり野菜を落としただけだったようだが。

私も、試しに食べてみたけれど、なかなか癖になる食感だった。


エミリーお嬢様は、それまで続けていた編み物の手を止めて、茶色くなった野菜をフォークで刺し、小さなお口に入れた。


「!……食べられるわ」

「良かったです」


私が言う前に、エミリーお嬢様は次々に野菜を食していく。



エミリーお嬢様のお腹に新たな命が宿ってから、エミリーお嬢様は色んなものが食べられなくなっていた。

妊娠や出産といった事柄に、私は疎く、勉強不足に嘆く時間が増えていた。

だからこそ本当に、今が嬉しかった。


見事完食したエミリーお嬢様へ、食後の飲み物を淹れる。

残念ながら、エミリーお嬢様のお好きな、紅茶ではない。


エミリーお嬢様が落ち着いた顔をされているので、私の口も軽くなる。


「この間、パオラ侍女長に言われたんです。妊娠して子どもを産んでいれば、エミリーお嬢様に仕える乳母になれたのにって」

「まぁ」

「私、その手があったかって思ったんですよね。もったいないことをしました」


クスクスと笑うエミリーお嬢様が、かわいい。

そのまま私と、会話を続けてくれる。


「パオラ侍女長って、いつ頃の侍女長かしら」

「約700年くらいは前みたいですね」

「あはは!本当、貴女って真面目なお顔をして面白いことを言うんだから」


何がそんなに面白かったのか、私にはよくわからないけれど、エミリーお嬢様の笑顔は至高の宝だ。

よくやった私。



面白さが落ち着いたのか、エミリーお嬢様は、そうだ!と言って、本棚へむかった。

そのまま、一冊の本を取り出すので、私は慌ててしまった。


「お嬢様!言っていただければ、私が取りますのに」

「良いのよ。適度な運動が大切だっていうのも、貴女が言ってくれたことよ。それより、はい!」


光栄にも手渡してくださったのは、古く日に焼けた本。ところどころに、濡れた跡もある。


「昔ね、まだ私がグレーム様と想いを通じ合わせていない頃だったかしら。その本でおまじないをしたの。ず~~っとグレーム様と一緒にいられますようにって」


懐かしむように微笑むエミリーお嬢様は、今日もかわいい。


「それが叶って、今はこうしてグレーム様との子まで、私のもとへ来てくれたんだもの。もし貴女が恋をしたら、是非その本を使ってちょうだい」


とんでもなく光栄なことだ。

幸運すぎて、幸せすぎて、嬉しくて仕方がない。

エミリーお嬢様から直々に物を戴けるなんて。


それにそれに、エミリーお嬢様はおまじないだなんて言っていたけれど、本の文字を見ると、どうやらこれは古代呪術の本のようだ。

こんなものが読めて、しかもおまじないにしてしまうなんて、昔からエミリーお嬢様はとんでもなく凄かったのだ。

そのことが知れて、とてもとても嬉しい。



「お嬢様……ありがとうございます。私、一生お嬢様に仕えますから!」


思わず、大きい声が出てしまった。

途端に、エミリーお嬢様を黒い塊が包む。グレーム様だ。


「だ、大丈夫よグレーム!お話が楽しくって、はしゃいじゃっただけよ」


お二人で話をしているようなので、私は邪魔をしないように気配を消して、二人分の飲み物の準備を始める。


私には、グレーム様の声は、たまに、エミリーゆるしてとたすけてが聞こえる以外は、ギとかガとかしか聞こえないけれど、エミリーお嬢様は難なく会話をしている。

これが愛の成せる技なのだろう。

エミリーお嬢様に許しを請う時だけ言葉がハッキリするのも、よくわかる。エミリーお嬢様に嫌われるなんて、考えたくもないものね。



飲み物を二人分置いて、私は壁際に寄る。


そこから見るエミリーお嬢様の笑顔は、私に向けていた笑顔とは、また違う。

本当にかわいくて、美しくて。素晴らしいお嬢様だ。




この職に就けたのは、とても幸運なことだったと。

私は何度でも、この幸運を噛みしめるのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ