第7話
「”ナイトイーグル”暴走事故」から、1年が過ぎた。
結局あのあと、私は全てを家族に話した。
調弦の時に感じたあの感覚のこと、”ナイトイーグル”から流れ込んできた負の感情のこと、私が機体を操作していたこと。
それら全てを伝えた結果、沈痛な顔をした父から箝口令を出された。
そしてそれと同時に……私の”ガレージ侵入禁止令”まで出された。解せぬ。
虹色に変化した左目は、”偽装”の術式が刻まれたモノクルをつけることで、元の濃紺に見せかけている。明らかに異常な上に、そうなった理由を説明するとなると、あの事故のことまで詳にしなければならないからだ。
対外的には「目の近くを怪我した結果、片目だけ視力が大幅に落ちたため」と説明している。
そして7歳になった私は、魔術師としていろいろなことを学んでいる。
当初はミスティカドールのパイロットとなるべく勉強をしていたのだが、例の事故以来、「ミスティカドールに近づくと何が起こるかわからない」と、ある意味至極真っ当なことを言われ、その道を閉ざされてしまったのだ。
唯一の抜け道とすれば、王命で全国民に義務付けられている”適正測定”で、特異な結果を残すことだけ。”調弦”は苦手らしいからいい結果はまず出ないだろうが……あの現象を再現できれば、まず何かおかしい結果が出るはず。そしてこれは必ず国の方に伝えられるはず……。
そんな心算も多分バレているだろうが……それはそれとして魔術師の勉強はなかなか楽しいのでそこまで不満でもない。
そう、魔術だ。
当然というかあからさまにというか、この世界には魔術なるものが存在する。
ミスティカドールも、もちろんその産物の1つだ。
身体や大気中に広がるマナをかき集め、超常の現象を引き起こす術。それが魔術。
マナの流れを制御して魔術文字を中空に書き出し、術を発動させるのが基本の行使方法。
他にも、ミスティカドールのフレームや私のモノクルのように、あらかじめ魔術文字を物理的に刻んでおき、外からマナを流すことで半永久的に効果を発揮させる方法もある。これは魔道具と呼ばれる手法だ。
マナを流す方法は複数あり、基本の単独行使なら、そのまま自分のマナを思うがままに操ればいい。魔道具の場合は、何らかの方法で大気中からマナをかき集めるか、別のマナ動力を用いてマナを流すかの2択になる。前者は私のモノクル、後者はミスティカドールだ。
私が最近学んでいるのは、基本となる単独行使の方……なのだが。
「……なぜ魔術文字を書かずに行使ができるのですか」
「私にもわかりませぇん」
全く別の問題が浮上していた。
◆◇◆◇◆◇
家庭教師だったララニア婦人は、実は魔術方面にも造詣が深い。
なので、そのまま継続して魔術を教えてもらっている。
「魔術の基礎の基礎は、まずマナの流れを掴む事です」
最初に授業を受けることになった時、真っ先にこう言われた。そして30秒でクリアした。
原因(?)は、私の左目だ。
マナに染まった虹色の瞳は、どういう理屈かマナの流れをそのまま視ることができる。
そしてそのマナの流れを意識してみれば、簡単に流れを制御できた。
「……次は、魔術文字の描画です。一度やってみるので、真似してみてください」
すごい微妙そうな顔をして、次のステップへと移った。
今度はララニア婦人が、指に虹色のマナの光を灯し、空中に文字を書いていく。
なんかできそうな気がしたので、マナの流れをそっくり真似してみたら、簡単にクリアできた。
「…………魔術文字に関してはこれから覚えていくとしましょう。とりあえず、次は発動です。この図形を真似て描いてみてください」
ララニア婦人が、指に灯ったマナの光でなんとなく文字っぽい図形を描くと、ボッ、という音と共に、小さな火の玉が空中に現れ、すぐに消えてしまった。
なんとなくできそうな気がしたので、面倒な文字を書くステップを飛ばし、そのままマナの流れを再現してみた。
ボッ。
「……なぜ魔術文字を書かずに行使ができるのですか」
「私にもわかりませぇん」
だって、本当にできるとは思ってもみなかったんだもの。
それ以降、私の魔術の授業は、只管魔術が行使される場面を眺める、見取り稽古が基本となった。
◆◇◆◇◆◇
夕食の席。ケルビーニ辺境伯家では、家族揃って食事をとるのが恒例だ。
多分、他の貴族家と比べれば、かなり仲がいい方なのだろう。偏見だけれど。
そんな中、話題を振られたので今の魔術の授業の進度をそのまま正直に伝える。
今は地火水風の中級魔術を完全に習得。その上で上級も大凡習得。最上級とも言われる広範囲魔術も学んでおり、またそれら全てを”無描画行使”でできる、と包み隠さず告げれば、父の表情が5年分ほど老けたように萎れてきた。
「リファ、父上の胃がまた壊れちゃうよ……」
「またって何ですかまたって」
隣に座る兄、ライルネントが苦笑する。
流石に不満なのでぷくーっとむくれてみるが、兄と反対隣に座る母から指の攻撃を受けて、あえなく潰れてしまう。
「去年の事故で、私が一体どれほど……」
斜向かいに座る父、カルメンが項垂れて胃のあたりを抑える。
確かにその件に関しては本当に迷惑をかけたから、流石に申し訳ないと思う。小型犬くらい。
「それはもう終わった話じゃないですか……今回の魔術だって、事故ですよ事故」
「事故で無描画行使ができてたまるか……!」
無描画行使。よく異世界ものの作品で”無詠唱”などと呼ばれるものと同じものだ。
この世界で魔術を行使する時は、詠唱の代わりに魔術文字の描画が用いられているためこう呼ばれる。
当然のごとく、ごく一握りの人しかできない高等技術、とされている。
「大丈夫ですよ、適当に描画すればバレませんて。どうせ一瞬なんですから」
「そういう問題じゃあないと思うわよ?」
この中では最も魔術に近しい母、ララトリアがぼそっとつぶやく。
母は”フラワリング”という、”魔砲機”のミスティカドールを駆る、強力なパイロット兼魔術師だ。
”魔砲機”は、魔術師が乗り込む機体タイプになる。
本来は描画しなければならない魔術文字を、あらかじめ機体や武装に刻んでおき、”ミスティカドール”が造り出す大量のマナを用いて行使するのだ。
そのため、魔術師レベルの魔術知識と技術を要求される。
そして”フラワリング”は、量産型”魔砲機”、”ブルーム”のカスタム機である。
母は持ち前の技術で、たとえカスタム前の”ブルーム”でも、繊細かつ大胆な魔術を、連続で放つことができる。その技術を最大限発揮出るように改装されたのが、母の”フラワリング”だ。
……が、今の私はそんな”フラワリング”に近づくことも、匂いを嗅ぐことも、どエロい内部フレームを覗くこともできないのだ。無念。
「うーん……こんなに魔術適正があるのなら、私の”フラワリング”に乗せてあげたかったのに……」
「ララトリア、リファをそんな攻撃的な機体に乗せたらどうなるか」
「わかっているわ。ただの冗談よ」
「待ってくださいお父様。別にどうともしませんよ!?」
「私の”アイギスクロス”を斬っておいて、尚言うか」
「うぐっ」
あの時、しっかりと自分の意思で機体を動かしていたことも、洗いざらい白状しているため、私はミスティカドールに近づいてはならないとなってしまったのだ。そう、私の性格上の問題で。
「あ、あれは正当防衛でぇ……」
「正当防衛で胴を斬り裂かれてはかなわんわ。そもそも”ナイトイーグル”のエネルギーブレードでは”守衛機”を、しかもその中でも最上位の防御力を誇る”アイギスクロス”を、あれほど簡単に斬ることなどできるはずがないんだ」
「そ、それはその、暴走状態だったからで……」
「機体制御は己でやっていたと聞いたが?」
「うぐっ……」
父に白い目で見られ、兄と母からは困った子を見るような生暖かい視線をもらう。
「はっはっは! しかしかの身のこなしは見事であったぞ! 最期に自ら頸を落とすという芸当まで成してみせた! その覚悟は誰にも否定はできんだろう!」
「いや、あれはあの現象の止め方がわからなかったからで……」
対面に座る祖父、デュランディライトが呵呵と笑うが、全くもって誤解されている気しかしない。あの時最後に自らの頸を落としたのは、あの現象をどう止めるか、状況をどう収めるかが見えなかったからである。
あの現象の止め方は、今思えばマナで結んだバイパスを切ればよかったのだろうが、結局それで起動停止しても、結局祖父の”ガイアクリーヴァ”で頸を落とされていただろう。またいつ再起動して、あれが再発するかわからないからだ。
だから結局、あれが事態を収拾させるために、最も簡単で最も早い方法だったというだけだ。
「己が状況、周囲の状況、全てを俯瞰した上であの選択をしたのだろう? その判断力は見事なものであることに変わりはない!」
「はぁ……」
こうなった祖父はもう止まらない。ので、適当に相槌を打ちながら聞き流すのみだ。
結局、話をしたいおじいちゃんおばあちゃんたちの相手は、適当に聞き流すのが1番だ。




