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第3話



 翌朝、まだ日も上らないような早朝に、私は起き上がった。

 普段侍女たちが起こしにくる時間よりも、3時間は早いだろう。


 もぞもぞとベッドから降り、自分でクローゼットをあけ、適当な服を着る。

 そして音を立てないようにそーっと部屋の扉を開け、抜き足差し足で廊下に出る。


 そうすればもう、あとはなるべく足音を立てないようにしながら廊下を駆け抜け、ガレージに侵入し、細身で片腕が2枚板になっている異形のミスティカドールへと近づいていく。


「ふへっ、ふへへへっ……今日はよろしくね、”ナイトイーグル”」


 横たえられた”ナイトイーグル”によじ登り、前後に長い単眼の頭部の前に立つ。

 ”狙撃機(スナイパー)”であるこの機体は、頭部に展開可能なスコープユニットが取り付けられている。機体に乗る際は、このスコープユニットが上に展開し、「Y」のような形状のコックピットハッチが顕になる。


 どうせこの数時間後に乗るのだ。今コックピットに入っても問題はない。


 勝手にそう判断し、首筋のところにある操作盤を弄る。すると仕様通り、わずかにウィーンと音を立てて、スコープユニットが上に避ける。

 もう1度操作盤をいじれば、顔面に現れた「Y」字のセンサーアイユニットが割れるように展開し、コックピットを外気に晒す。


 滑り落ちるようにコックピット内に入れば、ほのかな起動音とともにコックピットの壁面に光が走り、明るく点灯する。


 それに合わせて、中央にあるチェアに座り、シートベルトを締め、頭上にあるバイザーを下ろしてかぶる。

 バイザーをかぶると同時にコックピットハッチは閉じ、スコープユニットも所定の位置に戻る。


 そして私の視界には、”ナイトイーグル”から提供される周辺の映像が、くっきりと映し出されていた。


「はぁぁ……このほのかに薫る金属の匂い、視界に広がる暗視モードの映像、鼓膜に届くジェネレーターのわずかな起動音……至高の空間だぁ……」


 こっそりと早朝のガレージに侵入し、この光景を見るのは果たして何度目かもわからないが、飽きもせずに”パイロットの視点”を堪能する。


「ふぁ……ぁふ、流石にちょっと、ねむ……」


 今日の起動実習が楽しみすぎて寝付けなかったために、寝不足気味だったところで、この心地よい空間に納まってしまったのだ。眠気が襲いかかってくるのも当然だったと言えよう。


「……ま、多少なら、問題、な、い……」


 軽く目を瞑れば、体がふわりと浮くような感覚とともに、急速に意識が薄れていく……。



◆◇◆◇◆◇

 


 気がつくと、私は真っ白な空間に漂っていた。


 ここは一体どこだろう……周囲を見回しても、全く景色が変わらない。

 足元の感覚もなければ上下の感覚もない。まるで重力がないみたいだ。

 流石にこれは、だんだんと不安になってくる。


 ふと、何かが頭に流れ込んでくる。


 これはなんだろう……不安、恐怖、怒り、悲しみ、諦観……。


 明らかに1人だけじゃない、何人何十人分はありそうな、負の感情。

 ゆっくりと、私の心に滑り込んで、蝕んでいく。


 いやだ、やめてほしい。なんなのだろうこれは。

 どうすればやめてくれる。どうすれば逃げられる……!


 もがいて、逃げようとしたその時。ふっ……と私の意識は途切れた。



◆◇◆◇◆◇



 ずりっ、とバイザーがずらされる感覚とともに、私は目覚めた。


「リ〜ファ〜……?」


「お、お父様……」


 ”ナイトイーグル”のコックピットで眠りこけていた私を、父、カルメン・トロート・ケルビーニが見下ろしていた。


 笑顔の皮を被った、怒りの表情で。


「何か、申開きはあるか?」


 静かに、ゆっくりと語るその口調は、まるで子供に言い聞かせるように……いや、確かに私はまだ子供だけれど。


「え〜っとぉ……おはようございます?」


 ごちんっ、という音とともに、私の視界に火花が散った。



◆◇◆◇◆◇

 


「全く、コックピットに侵入するまではまだいいとしたが……そこで寝こけるとは」


「うぅ、ごめんなさぁい……」


 痛む頭をさすりながら、父のぼやきとともに朝食の席に着く。

 今日はコーンスープにライ麦パン、レタスメインのサラダにサラダチキンだ。


「はっはっは! いいではないかカルメン、ミスティカドールを好く者は、ミスティカドールにも気に入られやすいんだ!」


「義父上がそう甘やかすから、リファはこう……はぁ……」


 溌剌と笑う、私の対面に座る白髪の老人が、私の祖父のデュランディライト・ケルビーニだ。そろそろ60代も後半になるはずだが、がっしりと全身についた筋肉は衰える様子もなく、爵位こそ父に渡しているものの、未だに現役と名高い元気なおじいちゃんだ。


「リファ、ドールを好きなのはいいけれど、ちゃんと節度を守って、ね?」


「はぁい、お母様……」


 隣に座る、榛色の髪を軽く束ねた妙齢の女性が、私の母のララトリア・ケルビーニだ。20代くらいの優しげな女性に見えるが、実際のところはもう三十路を超えている。いつまでも若く見える母を見ていれば、私も希望が持てるが……まだ未来はわからない。


「それにしても、まさか”ナイトイーグル”の中で寝てたなんて思わなかったよ。いつもあんなことしてるの?」


 母と逆側の隣に座る兄、ライルネント・ケルビーニが呆れた顔で問うてくる。

 兄は母によく似たあどけない顔立ちで、髪色は父と同じ赤褐色だ。

 逆に私は父によく似た顔立ちだが、肩程度に伸びた髪は母と同じ榛色だ。


「いつもはミスティカドールの中で寝るなんてことはしないです。2時間くらい堪能したら自分の部屋に戻ってます」


「いつも抜け出してたんだね……」


 優しい兄でも、どうやらここまで振り切れた妹の擁護はできないらしい。


「まぁリファのドール好きは今に始まった事ではないが……限度というものがあるだろう、限度というものが」


 頭痛を堪えるような父の言葉に、流石に申し訳なさが芽生える。ミジンコ程度だけれど。


「いいではないか! 乗っただけではドールは動かん。それに、調弦はかなり気を遣う。バイザーを被っただけで調弦できる者なぞ、一握りの天才しかおらんよ!」


 豪快に笑い飛ばす祖父だが、父の頭痛はどうやら余計にひどくなるだけだったようだ。


 ただ、いつまでもこんな話をしているわけにもいかず、各々で主神への祈りを捧げ、朝食を摂る。どうやらこの国は一神教の国らしいが、私はその辺がよくわからないので、適当に真似をして済ませている。


 そうしてしばらくは朝食に舌鼓を打っていると、不意に父が会話の内容を切り替えた。


「そうだリファ。今日の起動実習だが」


 キタ!!


 内心で叫びつつ、机の下で小さくガッツポーズをとる。

今日はこれをずっと楽しみにしていたのだ。

 

「私とライルが、それぞれ自身の乗機に乗り込み、機外サポートを行う。コックピットにおけるサポートは、ララトリアが行う。義父上が機外で、計測機器の記録を行う。このような配置になるが、いいな? 質問だったり不満があれば、今のうちだ」


「はいっ!! 大丈夫であだっ!?」


 ビシッと背を伸ばした瞬間に、つい力が入りすぎて、机の下に手をぶつけてしまった。

 平和な笑いが、食堂に響いた。




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