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第18話


 

 目下の問題は、地上に戻ることともう1つ、あの異形の遺構機(レガシー)への対処だろう。

 

 異形の遺構機は、ミスティカドールサイズから放つ【ストリングレイ】で、あの程度のダメージしかなかったのだ。ライ兄様の【ライトブリンガー】の火力では、下手したら足止めすらできないだろう。

 他の【エクスプローラ】も、耐久性と精密動作にリソースを振っているため、できたとしても街への伝令くらいか。それでも、あの異形の遺構機のサイズを考えれば、追いつかれるどころか踏み潰されてもおかしくはない。

 

 そもそも、まずはこの地下空間から脱出することを考えなければならないのだ。このままでは、私は地底で短い生を終えることになってしまう。


「私の手持ち術式じゃ、あの高さを登ることはできないし、かといって術式で閃光弾を放とうにも、単純に射程が足らない……あれ、もしかしなくても詰んだ……?」


 頭を抱えてうんうんと唸っても解決策は出てこない。ひとまずどこかへ移動して、突破口を見つけなければ。

 そう思い、歩き出したその時。


〈──こっちだよ〉


 唐突に、声が聞こえた。この無慈悲な地下空間に、私以外の気配はないはずなのに。


 〈──こっちだよ〉


「っ!? 誰! どこから話しかけてるの! ってかこっちってどっちよ!」


 頭に直接響いてくるそれに誰何の声を投げかけるも、ただ遠い天井へと吸い込まれ、反響することもなく消えていく。


 〈そこから奥へ向かって。真ん中の大きな瓦礫を退けて〉


「急に超具体的な指示来るじゃん。もしかして聞こえてる?」


 だがそれに返答する声は聞こえてこない。どうも向こうからの一方通行のようだ。

 仕方ないので、言われた通り、この空間の奥まで慎重に向かい、それっぽい瓦礫を見つける。

 適当な術式で、その瓦礫を退けると、そこにはひしゃげた扉があった。元々錆びついていたのだろうそれは、大量の瓦礫にとどめを刺されたようで、軽く押しただけでいとも簡単に役目を放棄してしまった。


 〈そこから真っ直ぐ進んで、3番目の扉に入って〉


「リアルタイムのナビゲーション……さてはこっちのことが見えてるな?」


 他に手掛かりがない以上、この声に従っていくしかない。言われるがまま、朽ちた遺跡の中を駆け回っていると、段々と声が近くなってきたような気がした。同時に、私へと伸びる薄く細いマナの糸も見えてきた。おそらく、念話か何かをこうして飛ばしているのだろう。


 そうしてしばらく、指示に従っていくと、『12番封印ドッグ』と書かれた扉の前までたどり着いた。


 〈そこが終点。さ、入って〉


 軽く息を飲み、ノブに手をかける。鍵なんてものはとっくのとうに意味を喪っている。軋む扉を押し開け、中を覗くと、そいつ(・・・)はいた。


 扉から伸びる橋が、四眼の前まで続いている。灯のともっていない細い瞳は、どこか諦念のようなものを感じさせる。

 少し視線を下へと向ければ、銀灰の全身が目に映る。ところどころ、煤けたように残る紅が、時の流れの残酷さと孤独感を醸し出している。しかし、異様なまでに錆のない身体は、今にも背中のウィングを押し広げ、空へと羽ばたいてもおかしくはない。

 そして何より異様なのは、胸部に嵌め込まれたドールコアが、美しく情熱的な()()()()を放っていた。


 ほぼ完全な状態の遺構機(レガシー)、ミスティカドールが、そこにあった。


 〈はじめまして、ようこそ。君の名前は?〉


「……リファリード。リファリード・ケルビーニ」


 銀灰の機体から、ふっと息を呑む気配がする。


 〈……ボクは、特定戦域対応ミスティカドール・ネルニザントシリーズ、中距離航空支援タイプの3号機。みんなからは“銀紅”って呼ばれてたんだ。よろしくね、リファリード〉


「ネルニ、ザント……!?」


 とんでもない厄ネタを見つけてしまった気分だ。完全な状態の遺構機(レガシー)というだけでもかなりの大発見なのに、会話ができるミスティカドールとは。

 しかも、銘にネルニザント……国の名前を背負っている。どう考えても、この国の成り立ちに関わるものだし、気軽に触れていいものではない。


 〈さて、本当はゆっくりじっくりと、今の地上の世界について聞きたいんだけど……どうも、それどころじゃなさそうだよね〉


「うぇ、あ、うん……そうだけど」


 何故話せるのか、何故こんなところにいるのか、何故ドールコアが虹色ではなく深紅なのか。

 浮かぶ疑問は尽きないが、確かに今はそれどころではない。

 すると、金属の軋む音を立てながら、四眼のフェイスが上下に割れ、展開する。フラップになったフェイスの奥には、見慣れた「Y」字のスリット……ミスティカドールのコックピットがあった。


「ハッチが……えっ、まさか」


「Y」字のハッチが展開し、これまた見慣れた座席が露わになる。暗く沈黙していたはずのコックピットは、埃一つ立てることなく、新たな主人を迎え入れんと火を灯す。


 〈さぁ、ボクに乗って〉


 甘美な響きを以て誘う声に、私は一も二もなく頷き、飛び込んだ。

 どこか懐かしい匂いの漂う座席に座り込めば、すぐさまハッチが閉じ、目覚めの火を炉心に焚べ始める。


〈その眼を持つ君なら、どうすればいいかわかるよね〉


「また聞きたいことが増えたじゃん。もうどうにでもなーれっと!」


 言われるがまま、身体中に繋がれるマナの糸に身を委ね、意識を広げ溶かしていく。


〈「”同調開始”!!」〉


 マナの光に包まれ気がつけば、私は鋼鉄の巨人と一体化していた。自身の胸部や関節部から放たれる仄かな深紅の光によって、全身とドッグが照らされる。想像以上に軋む身体は、指を軽く動かすだけで甲高い悲鳴を上げる。

 

 だが私は、いつになく落ち着いていた。暖かな安心感に包まれている。”銀紅”から流れ込んでくるものは、己の全てを委ねてもいいと思える、春色の感情だ。


〈緊急起動プロトコル。応急修復術式起動……完了。損傷率24%。うん、戦闘に支障はない。けど、一部機能は制限されるね〉


 耳元で囁く声が聞こえる。意識を声の方に向けてみると、深紅の髪をポニーテールにまとめた、10代半ばほどの少女がふよふよと浮かび、柔らかな笑みを湛えている。少女の右腕は肘から先がマナの虹色を帯びており、指先で見えない何かを素早く操作している。


「……お、おばけぇ!?」


〈誰がおばけだ。ボクだよ、”銀紅”。君がボクと同調している時だけ見えるアバター……幻影の姿みたいなものだよ〉


 どこか呆れたような、面白がるような目を向けながらあっさりといいのける。全く聞いたこともない現象に思考がこんがらがり、言葉も出なくなる。声が聞こえた時点で何かしらの意思は持っているものと思っていたが、まさか人の姿を取るとは流石に予想外すぎた。


 「もう、何が何だかわかんないよ……あとで全部聞かせてもらうから」


〈バッチこい。知ってることならなんでも話そうじゃないか〉


 ”銀紅”のアバターがドヤ顔で胸を張る。その様がどこか幼気に見えて、少し微笑ましくなる。


〈まっ、それは後にするとして……〉


「今は、地上の遺構機の対処が優先、っと」


〈遺構機? ……あぁ、ティタンシリーズのことね〉


「ティタンシリーズ? もしかしてあのバカでっかいミスティカドールのこと?」


〈そ、あのバカでっかいやつ。複数基のドールコアを並列で搭載してバカでっかい出力を得ようっていう、試作シリーズのうちの1機。全部無人で動くようになってるの〉


 無人機……確かに、あの機体は突然動き出した。人の気配の全くない、前文明の遺跡の中で。

 無人で動くミスティカドールというのも全く聞いたことがないが……”銀紅”の時点で今更だろう。


 〈とりあえず、第0封印ドッグ、ティタンシリーズのいたところまで出よう。道案内はするよ〉


「でも目の前のブリッジが邪魔なんだけど」


〈どうせもう誰も来ないし、壊しちゃえ☆〉


「あっそ……もうどーにでもなーれっ!」


 節々の軋みはいつの間にかほとんど取れている。ブリッジをめがけて一歩踏み出ると、いとも簡単に拘束は解かれた。背部ウィングや、前腕部の四角柱型ユニットを支えていたアームも、末期の声を上げながら役目を終えていく。

 落下した固定アームや、スラスターから廃される余剰マナの風が、文明1つ分の埃を巻き上げ、再誕の狼煙を形作る。

 密かに上がった産声は、激動の未来を予感させた。


 

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