第12話
一年前の感覚を思い出し、“トレイラス“に身を委ねる。
すると、私の身体はいともたやすく白い空間へと飛んでいき……気がつけば、“トレイラス”と同化していた。
案の定、あまり好ましくない感情が私の中に流れ込んでくる。恐怖、苦痛、嫌厭……でも、不思議と心は凪いでいる。流れ込んでくる感情は、私のものではない。自分を俯瞰し、しっかりと切り分ければ、なんの影響もない。
心の中で軽く一息ついて、正面を見据える。
ライ兄様の“ライトブリンガー“の先に、小高い小山があった。硬い岩盤で覆われたその小山は、細かく震えながら、こちら側へと近づいてきている。
麓の方へ目を向ければ、鎌首をもたげこちらを見据える、害意の籠った目と、力強く地面を掴み、歩みを進める巨大な足がある。
『岩窟亀だ。ちょっと分が悪いね』
岩窟亀。全高50mを悠に超える、巨大なリクガメだ。
背負う甲羅は硬く、生半可な攻撃では傷一つつけることはできない。露出している頭や足を狙う他ないのだが、表皮も鱗状の外皮で覆われており、簡単には貫けない。
移動速度が遅いため、懐に入るまでは簡単だが、そこからが難しい。仮に背を向けて逃げようものなら、その口からとんでもない太さのビームが飛んでくる。これを回避するのは超能力でもない限り無理だ。
最も、重量級突撃機さえいれば、案外対処は容易なので、中級Dランクに位置付けられている。
「──と、魔獣総覧・中級魔獣編に書いてありましたね。」
『解説ありがとうございまス。確かにライルネント殿の機体とは相性が悪そうですネ』
そう、ライ兄様の”ライトブリンガー”は、機動力で相手を圧倒するタイプの機体だ。武装も最低限、王国のミスティカドールに共通して装備されるエネルギーブレードが2本のみ。他の中級魔獣であれば、エネルギーブレードだけでも十分なのだが、とにかく硬さに秀でた岩窟亀には通りが悪い。露出している眼球や口腔を狙おうにも、そんな隙を作ることすらまず難しい。
ライ兄様の”ライトブリンガー”は、鈍重で硬い相手とは、殊更に相性が悪いのだ。
『ひとまず、僕が懐に入って囮になる。その間にリファたちは退避、を……』
通信越しに、ライ兄様が息を呑む音が聞こえてくる。
『リファリード殿、一体何ヲ……!?』
『リファ、危険だ! 今すぐに機体を捨てて!』
制止の声が頭の中に響いてくるが、練り上げたマナはもう止まらない。
以前改造した術式、その大元になったものを即興で再現し、真っ直ぐに伸ばした腕で狙いを定める。
「ライ兄様こそ、ちゃんと避けてくださいね!」
ピンと立てた指先に光が集う。異変を察知した岩窟亀が、奈落のように暗い大口を開け、マナをかき集め始める。
止められないと悟ったライ兄様が、他の機体も含めて退避させた。
タイミングは、今しかない!
「くらえっ、【ヴァーディクトレイ】!!」
「Qrrrrrraaaaaa!!!!」
私と、岩窟亀。
両者から強烈な閃光が放たれる。
周囲の全てを焼き尽くさんとする二条の光の帯は、ちょうど中間地点で衝突し……
星が割れたかのような爆発を引き起こした。
「ふぐぉぉぉ目がぁぁぁぁ!!!」
通常であればバイザーの光量調整で対処できる光の嵐も、今の”私”ではもろに受けてしまう。
ミスティカドールの目の良さが、ここに来て私に牙を剥いてきた。
真っ白になって戻らない視界に悶絶していると、ふと横を何かがすり抜けていった。
『相手も目を回してる! 今なら……!』
”ライトブリンガー”が高速で岩窟亀へと向かっていた。
僅かに戻りかけている視界が、橙色の軌跡と、岩窟亀の眼孔に両の腕を突き立てる鉄の巨人の姿を拾う。そのまま内側から食い破るように、2本のエネルギーの刃が、岩窟亀の頭部を引き裂いた。
「おわぁ……兄様えっぐいことしてる……」
『それはこっちのセリフなんだけどね、リファ』
残心を取っていたライ兄様の機体が、次の獲物を見定めるようにゆっくりと私へ向かう。
どうにかして逃げたり誤魔化したりしたいが……先ほどの【ヴァーディクトレイ】で機体のマナを使いすぎたせいか、それとも”ライトブリンガー”から発される狩人の気配に呑まれてしまったのか、うまく身体が動かない。
『機体から立ち上る、通常の灰色じゃない、虹色の陽炎……一年前の事件と同じだ。つまり、あれだけ”やめろ”と言われておきながら、またやったということだよね、リファ?』
「あー、いや、えっとぉ……」
尻餅をついて後ずさるだけの私を、無機質なスリットカメラが、異様な圧を掛けながら見下ろす。
『しかも、戦術級術式の【ヴァーディクトレイ】を、魔装の補助なしに使った。これがどれだけ脳に負担をかけるか、知らないわけじゃあないよね?』
「はい……」
どんどん縮こまる私と、相反するように圧を増していくライ兄様。
2本の光剣をだらりと下ろしたその姿は、さながら”白い悪魔”というべきか……
『何か、申し開きはあるかな?』
「ごめんなさいでした……」
気がつけば、機体との同化は解け、虹色の陽炎も消え去っていた。
魔獣には打ち勝ったが、ライ兄様の圧には完全に敗北してしまった。今の私は情けない声をあげながら腹を見せる小型犬と大差ない。
『あノ、それはいいんですガ、一旦ここから離れませんカ? 他の魔獣が寄ってきてしまいまス』
『……そうですね、そうしましょう。リファ、この話は一旦後だ』
アルグレアス氏の助け舟で、なんとか私は一命を取り留めることができた。
この恩は、遺跡探索で目一杯成果を見つけることでお返ししよう……!
無茶をさせたせいでひどく軋む”トレイラス”をなんとか繰り、全員でその場を後にした。




