第8話
ある日、私は街へと赴いていた。
ここはケルビーニ領の領都、リンドルト。私たちケルビーニ辺境伯家が居を構える街であり、最も活気のある街である。
「ふ〜んふ〜んる〜るる〜♪」
「おっ、リーちゃんおはよう! 今日はご機嫌だね!」
「あっ、八百屋のおばさん! おはよーございまぁす!」
大通りから少し外れた、住人たちがよく買い物をする露天通り。
ここを通っていると、すぐそこで八百屋を営んでいる中年くらいの恰幅のいい女性に話しかけられる。結構な頻度で顔を合わせるから、もう気楽な仲だ。
「今日はほら、あれですよ! 月刊ミスティリアの発売日!」
「あぁ〜、そういやぁそうだったねぇ」
月刊ミスティリア。
国内最大手出版社が毎月発行する、ミスティカドールに特化した雑誌だ。
最新鋭機の情報や、ベテランパイロット、エースパイロットたちへの取材。他にも量産型機の内部構造とか、その辺りの雑多な内容を取り扱っている。
実はこれも国が主導するプロジェクトの一環で、国民の、主に子供達に向けて、ミスティカドールに興味を持ってもらおうという目的で発刊されている。
が、最近は内容がコアな部分に寄っているため、どちらかというとマニア向けの情報誌のような扱いがされている。
「んっふっふっふ、なんてったって今月は、私の兄が取材されてますからね!」
「なぁるほど、それでいつもよりご機嫌だったんだねぇ」
そう、私の兄、ライルネントが学園主席の凄腕パイロットとして、今回取材を受けていたのだ。
兄と”ライトブリンガー”は、半年前に発生した、学園内魔物発生事件において、なんと中Dランクの魔物2体を同時に相手取り、1人でかつ無傷で討伐してしまったらしい。
中Dランクといえば、正規軍の”突撃機”と”守衛機”の2機で相対して、ようやく互角というレベルである。
隊長級のパイロットでもなかなかできないような偉業を成し遂げた兄は、既に国や軍からも目をつけられており、学生ながら現在大注目されているのだ。
「身内が名声を高めたってなりゃあ、そりゃめでたいねぇ。じゃ、めでたいついでにどうだい、今日入ってきた新鮮なりんごだよ!」
「おっ、おばさん商売上手ですね〜、1個……いや2個!」
「まいど! 追加で1個サービスしておくよ!」
「やっふぅ! 太っ腹ぁ〜ありがとうございまぁす!」
紙袋に3個の新鮮なりんごを詰めてもらい、代金を渡して紙袋を受け取る。
すぐに1個取り出して、軽く服で汚れをこすり落としてからかじると、シャクっという音と共に、口の中に果汁の爽やかな甘さが広がっていく。
「ん〜! 美味しい! やっぱおばさんとこのりんごが1番美味しいですね!」
「あっはっは! 嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」
しれっとりんごのステマをしつつ、おばさんと別れて目的の場所へと向かう。
向かう途中でも、時折露天の店主や井戸端会議をしていたマダムたちに声をかけられる。
自分で言うのもなんだが、なかなかにこの街に馴染んでいるのだ。
ちなみに、住人たちには私の身分は明かしていない。いないが、私の言葉の節々からおそらく正体はばれているのだろう。それでも気のいいおじさんおばさんたちは、ただの”リーちゃん”として、気安く接してくれる。とてもありがたいことだ。
そんな感じで交流を深めつつ、目的の場所へとたどり着いた。
露天通りの一角に開いた、庶民向けの書店である。
この国は、識字率がとても高い。
なぜなら、幼い時から文字や一通りの四則演算などを教会で学ぶからだ。
10歳になれば、国民は全員、ミスティカドールのパイロット適性測定を受ける。これは、本当に受けてみるまで結果がわからないのだ。
だからこそ、もしもいい結果が出て学園に通うとなった時に困らないようにと、一通りのことを学ばせる親がとても多いのだ。
当然、国の方もわかっているので、教会側に援助を出して、学習を推奨しているらしい。
その上、植物紙もかなり出回っているため、製本も容易にできるのだ。
これは前文明から遺された技術の1つであり、今でも完全に再現できる。触り心地が前世で言うところのコピー用紙に近いのがなんとなく難点だが、それでもいくらでも紙を使えると言うのはとても大きい。
なので、こういった庶民向けの書店というのが成立しているのである。
「こーんにーちはー」
カランコロンとベルを鳴らしながら、扉を開けて書店へと入る。
店内にはいくつもの本棚が並んでおり、それぞれに所狭しと本が収まっている。
店の奥にはカウンターがあり、そこで店主がカウンターに突っ伏し、静かに寝息を立てていた。
「こんにちはー、いやおはようございます?」
「んぉ……あぁ、君か。おはよう」
近寄って声をかければ、むくりと起き上がり、わずかにマナが流れ込むメガネをすちゃりと装着する。見た目は初老の細い男性だ。白髪の混じった茶髪が四方八方にはねており、不摂生の証か頬が若干こけている。だがその手はがっしりとしており、力を使う仕事をしているのではないかと見せさせる。
そして1番際立った特徴は、その瞳だ。
瞳の焦点が、合っていない。
「おはようございます、ルーズベルト先生。また何かいじくってたんですか?」
「あぁ、まぁね。どうしてもアイデアが浮かぶとねぇ」
初老の男性、ルーズベルトは、書店の店主であると同時に、凄腕の魔道具師でもある。
魔道具師とは、その名の通り魔道具を制作する職人だ。
私の左目にかけられた偽装のモノクルは、ルーズベルトに造ってもらったものだ。
そしてルーズベルト自身がかけるメガネも、彼の造った魔道具の1つである。
彼はとある事件がきっかけで、盲目になってしまったのだ。
そしてそれを補うために、仮想の視界を得ることのできる魔道具を造ったのが、魔道具師としての始まり、らしい。
というのも、その辺りのことは全て私の生まれる前の話なので、そんなに詳しく聞いたことがないのだ。
だから、なぜカムフラージュに書店を営んでいるのかもわからないし、なぜこれほどまでに精巧な魔道具を造れるのかもわからない。まぁ人には1つ2つくらい秘密があるものだ。私にも大きな秘密がある。
「で、いつものアレ、あります?」
「あぁ、取り置いてあるよ」
「ぃやったぁ!!」
月刊ミスティリアが取り置いてあると聞いて、諸手を上げて喜びを顕にする。
何せ、内容がコアだからと言いつつもかなりの人気誌なのだ。いつもすぐに売り切れてしまうから、私はあらかじめ、1冊を取り置いてもらえるようにルーズベルトにお願いしているのだ。
「君も好きだね、ミスティカドール」
「そりゃだってもう、あんなどエロいものがあって、好きにならずにいられますか!」
「その感覚は一生分かりそうもないなぁ」
私の賛同者は現れなさそうな気がしてきたが、しっかりと代金を支払い、ウキウキとスキップをしながら、屋敷への帰路へとついた。




