第99話 結界と祠と
ニワトリの気配で目が覚めた。
「……おはよさん」
外に出ると、空気が澄んでいて気持ちのいい朝。
ニワトリにご飯と水をやり、カラス用には酒壺の酒をお椀に注ぐ。昨日植えた榊の苗木が気になって、庭の奥へ足を運んだ。
「……あれ?」
昨日まで五十センチほどだったはずの榊が、目測で一メートル近くまで伸びている。枝先に新芽がみずみずしく開いていて、とても昨日まで枯れかけていたとは思えない。
《スキャンします》
リクの冷静な声。次の瞬間、視界に数字や線が重なって見える。
《……原因は結界内の魔力濃度が高すぎることです》
「高すぎるって……そんなに?」
《はい。主な要因は二つと推測します。
一つ、建物全体を強度アップの魔法で強化したことにより、建材そのものが魔力結晶のような性質を帯びています。その魔力が結界内側に満ちていること。
二つ、ニワトリやカラスといった上位存在が結界内で過ごす時間が長く、その力の影響も重なっている可能性》
「……おいおい、なんかウチだけ異世界の温室みたいになってないか?」
《例えるなら……“魔力サウナ”です》
「そんな環境で毎日暮らしてたのか、俺……」
《現在、結界と隠蔽のカードで魔力痕跡を隠している状態なので、内部が空白地帯となっている可能性があります》
額を押さえていると、頭の奥にからかうような声が響いた。
『はははっ。やっと気付いたか。ワシらからすれば“ここには何かあるぞ”と看板を掲げているようなもので、分かりやすかったがな』
「わかってたなら早く言ってくれよ!!」
『そこに気付くのも修行のうちよ。しかし、今のお主なら逆に“見つからなくする”方法も容易いはずじゃろ?』
「……ああ。だから酒に魔力を同調させる練習をさせたんだな。
結界から漏れる魔力を周囲の環境に同調させれば、存在そのものを溶け込ませられる……」
《その通りです。波形を合わせれば、外部からの感知を限りなく抑えられます》
「やっておくわ。……で、結界内の魔力濃度が高いこと自体は問題ないのか?」
『問題ない』
「……いや、もうちょい早めに教えてくれても良かったんじゃないかなぁ……」
俺のぼやきをよそに、榊の若葉が朝日に照らされ、淡い緑の光を放っていた。
_____
今日は実家の稲刈りを手伝うことになっている。
先日、父から電話があったのだ。
『仕事を辞めて暇なら、稲刈り手伝ってくれんか』
そう言われた時、少し照れ隠しのように笑った父の声が頭に残っている。
高齢で身体にもガタがきているだろう。俺にも時間の余裕ができたし、迷う理由はなかった。
車を走らせ、実家が近づいたところで――ふと視界に懐かしいものが飛び込んできた。
「……あ」
通学路にぽつんと佇んでいた、小さな祠。
子供の頃は、毎朝そこを通るたびにぺこりと頭を下げていた。誰かがちゃんと手入れしていたのか、いつもきれいで、苔も少なく、花も供えられていた。
十年以上ぶりに見るその祠は、あの頃と変わらずそこにあった。胸の奥がふわっと温かくなる。
車を路肩に止め、トランクから酒壺を持ち出す。
これは父が酒好きだから、一度飲ませてみようと用意してきたものだ。けれど――少しだけ拝借。
祠の前にしゃがみ、置いてあった湯飲みへ静かに酒を注いで置いた。
「……いつもありがとうございます。地域が安全でありますように」
手を合わせると、頬をなでるように優しい風が吹いた。
不思議と、歓迎されているような気がした。
◇
実家に到着すると、さっそく稲刈りの準備が始まる。父はもう動き出していて、鎌やら手袋やらを軽トラから下ろしていた。
「父さん、あの祠、まだあったんだな」
「ん? ああ、あの小さいやつか」
「そうそう。子供の時、通学路にあって、毎朝挨拶してたやつ」
「ありゃ田の神様を祀っとる祠だ。見てみぃ、周りに田んぼばっかりだろうが」
「あー、やっぱりそういうのなんだな……」
言いながら、さっき供えた酒を思い出す。
俺が祈ったのは「感謝と地域の安全」。
「あっ、ダメじゃん。全然関係ないこと祈ってたわ」
思わず声に出して笑ってしまう。
父は怪訝そうに首をかしげたが、俺は苦笑いでごまかした。
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