第98話 廃棄予定から守りの杭へ
パチンコで6万発叩き出して、換金した財布の中身は分厚い。
……はずだった。
「……高圧洗浄機って、業務用は八万六千円もするのかよ」
ホームセンターの工具コーナーで値札を見て、思わず顔が引きつる。
横に並んでいる家庭用タイプは三万円台。しかし、吐出圧力が桁違いだ。
《小鳥遊さんの依頼には飲食店の清掃が含まれます。家庭用では疑われる可能性があります。ここは業務用を推奨します》
「……やっぱそうなるよな」
背中を押されるようにカートへ載せる。
さらに養生フィルム、養生テープ、スポンジ、バケツ、ゴム手袋、洗剤――。
カートの中身は、どう見ても業者のそれだ。
「……合計で九万六千円。パチンコで勝ったやつの半分が吹っ飛んだ……」
《これは必要経費です。領収書は私が管理します》
「あー、はいはい。経費計上できるなら、まぁ……パチンコで勝ったお金だと思えば儲け物か」
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カートを押して園芸コーナーの端を通り過ぎかけたとき、視界の端がぴたりと止まった。背丈五十センチほどの苗木――葉は茶色く、土は乾ききっている。それなのに、胸の奥がざわっと騒いだ。
「……待てよ」
人気のないのを確認して、そっとスキャンを走らせる。薄い、けれど確かな揺らぎ。今にも切れそうな糸みたいな魔力が、苗木の芯にかすかに残っていた。
《反応あり。榊です。神事に用いる“境の木”。清浄域の安定化と相性が良い種です》
「……境の木、か」
頭に浮かぶのは、家の奥の祠と、毎朝顔を合わせるニワトリ。それから、ふらりと現れては酒をねだるカラスと白兎。そっち側との縁が、気づけば日常に溶け込んでいる。
「ここで見捨てたら、俺の“直す”が泣くよな」
それは理屈というより、職業病に近い感覚だった。壊れかけの椅子も、ヤニでくすんだラジカセも、片目のないぬいぐるみも――“助けられるなら助けたい”。それで俺はここまで来た。
《もうひとつ。榊は結界の“杭”としても働きます。庭の守りを安定化させる可能性が高いです》
「……守りの杭、ね」
胸の奥で、勝手口の先に広がる気配の輪郭が少しだけ鮮明になった気がした。白兎にもらった良縁を、どこかに正しく返したい――そんな気持ちもある。良縁をもらったなら、こちらも“縁をつなぐ”手を差し出したい。
「……よし。連れて帰ろう」
店員を呼ぶと、「それ廃棄予定だから持って帰って大丈夫」と肩を竦められた。値札のないプラスチック鉢を抱え上げると、カラリと軽い。土も、もう限界だったのだろう。
◇
自宅に戻ると、まずはプチウォーターで土を潤し、そっと掌をかざす。
「……ヒール」
光が苗木を包み込む。
しなびていた葉がしゃんと立ち、枝の先に新芽が芽吹いた。
「……おお、マジか。前に売家で庭木に使った時より効きが良い気がする」
《この苗木自体に魔力があったため、太郎さんの魔力と高い親和性を持ったのでしょう。相乗効果で再生力が高まっています》
「なるほどな……やっぱり“素材”って大事なんだな」
感心していると、縁側の影から黒い影がひらりと舞い降りた。
『その木は榊か。庭の邪魔にならぬ、陽当たりの良い場所に植えてやれ』
カラスの声が頭に響く。
いつの間にか見ていたらしい。
「毎度さりげなく現れるな……」
苦笑しつつ、庭を見回す。
リクと相談し、駐車スペース横の端に決めた。邪魔にならず、日も差し込む。
「よし、ここだな」
俺は地面に手をつき、ゴミ捨て魔法を発動。
砂利と土がごそりと消え、丸い穴が現れる。
鉢から榊を取り出し、丁寧に根を広げて穴へ。
周囲を土で覆って固定する。
「これで定着した……かな」
だが、見栄え的にはまだ殺風景だ。
「あ、そうだ」
以前、強度アップで出た副産物――黒砂利。
あれをゴミ捨て魔法の収納から取り出し、榊の根元に敷き詰めた。
黒い砂利が、緑の葉を引き立てる。
「うん、これなら悪くないな」
最後にもう一度、プチウォーターで水をやり、ヒールを重ねる。
榊はさらに元気を取り戻し、葉の色が深まった。
《魔力は安定しました。これで庭木としても十分育つでしょう》
植え替えを終え、榊の若葉が風に揺れた時、思わずため息が漏れた。
「……こうやって“縁”を繋いでいくのも悪くないな」
俺の仕事は壊れたものを直すこと。けど、もしかしたら――縁の切れかけたものを結び直すことでもあるのかもしれない。
「なぁ榊って、どれくらいの大きさまで育つんだ?」
《通常は三メートル前後です。手入れ次第で庭木として適度に収まります》
「なるほど……これからは、うちで“もう一度はじまる”だな」




