第97話 完全休養日?
朝――ニワトリの気配で目が覚める。
二度寝しても起こされるのがわかってるのに、つい二度寝してしまう。
慣れてきたのか、クセになってきたのか。いや、むしろ二度寝できる嬉しさが勝っている気がする。
「……おはよー」
仕方なく布団から出て、いつものルーチン。
ニワトリに「おはよう」と声をかけ、ご飯と水を。
カラスには酒を置いておく。
いつも通りの朝。ちなみに白兎は、神酒を渡したら満足そうに帰っていった。……けど、あれは絶対また来るな。たぶん「たまに来る」ってペースで。
家に入って、キッチンでコーヒーを一口。
リビングではランタンの優しい光がゆらゆらと揺れている。
「……このランタン、どれだけ付けといても油減らないんだけど。完全にご都合主義アイテムだよな。まぁ困ってないからいいけど」
テーブルにコーヒーを置き、次は額縁に入れてある二枚のカードに魔力を補充する。
最後に椅子に腰を下ろし、熱いコーヒーをもう一口。
――だいたい、これが毎朝の日課になっていた。
⸻
「なぁリク。ふと思ったんだけどさ」
《はい?》
「俺、魔法を覚えてからって……毎日なんかしてて、ゆっくり休んだ記憶がないんだけど」
《……事実です。太郎さんは魔法を覚えてから忙しくしていたため、休息日はほぼありませんでした》
「マジか」
《ただし身体的にはセルフヒールを常時展開しているため、問題はありません》
「……だよなぁ。たぶん生きるのに必死だったんだろうな。最近安定してきて、心にゆとりができたのか、全然休んでないことにようやく気付いたわ」
《気付くのが遅いですね》
「そこツッコむなよ」
俺はコーヒーを飲み干して、ひと息。
「よし。今日は完全休養日にしよう。社畜時代じゃ考えられなかった発想だな。ははっ」
《了解しました。ではネットの落札品の梱包等はどうされますか?》
「それも今日はやめとこう。落札者には発送が遅れるって返信メール出しといてくれるか?」
《こちらで対応しておきます》
「サンキュ。……せっかくだし、これからはたまに休み取るようにしよう」
《いいですね! “休むのも仕事のうち”って思えたら、ずいぶん気持ちが楽になりますよ》
「そうだな。連休とか取って旅行とか行ってみたいしな」
⸻
「……それにしても暇だな。なんか身体がムズムズする」
《まだ一時間も経過していません》
「……何していいのかわからないぞ」
朝からコーヒーを飲んでみても、テレビをつけても、落ち着かない。
完全休養日と決めたのはいいが、やることが無さすぎて逆に困る。
《では、一般的な休日の過ごし方を紹介しましょう》
「……お、おう?」
《散歩、街ぶら、カフェ巡り、映画鑑賞、スポーツ観戦、読書など。娯楽施設の利用も含まれます》
「街ぶら、か。……そういえば近くに商店街があったな」
というわけで、久々に外出。
商店街をぶらぶら歩いていると、派手な看板と電子音が耳に飛び込んできた。
「……パチンコ屋?」
大学の頃に行ったきりだ。懐かしさに足が止まる。
「……入ってみるか」
扉を開けた瞬間、違和感。
「……あれ? タバコの匂いがしない?」
俺の知っているパチンコ屋は、ヤニで壁も天井も真っ黄色だった。
ここは……空気がやけに澄んでる。
「禁煙になったのか? いやでも、パチンコ屋で禁煙とか……」
《はい。ホール内禁煙は2020年4月から全面施行されました》
「……マジか。じゃあ今の客はタバコ無しで打ってんの? それ考えられんな……」
《禁煙者にはむしろ好都合でしょう》
「……まぁ、確かに俺は吸わないから助かるけど」
ホールを見回すと、さらに驚いた。
「え? 誰も箱積んでないんだけど……この店大丈夫か?」
《最近は“スマパチ”や循環システムが主流です。出玉は台に内蔵のカウンターに貯玉されます》
「……えっ? じゃあもう、店員さんに“お願いします”って呼び出さなくていいの?」
《そうです》
「なにぃ!? ……いや、でもさ、箱を積んで優越感に浸るのが楽しかったのに!」
《太郎さんが打っていた時代の価値観です》
「……時代の流れってやつか……」
見覚えのある台を見つけた。
主人公が胸に七つの傷を持つ、あの伝説のシリーズ。
「お、これ後継機だな! 昔めっちゃ打ったやつだ!」
ワクワクしながら座ると――
《念動力を発動すれば、すべての玉をスタートチャッカーに入れられます》
「絶ッ対ダメだからな!! ほんと魔法使うなよ!」
《了解しました》
1000円をサンドに入れて打ち出す。
ガガガガッ――と派手な演出。
画面にはラオウ。対戦に発展。
「これは……来たろ!!」
ズバァァン!!
大当たり。
そこからはもう、嵐だった。
連チャン、また連チャン。
終わったかと思えば、数回転後に再び激アツ。
気づけば――出玉、6万発。
「……え、勝ちすぎじゃない?」
額にじんわり汗。
横の客がチラチラとこちらを見ている。
「リク……お前、何かしたか?」
《何もしていません》
「……ほんとに?」
《確率論的には説明がつきません。おそらく白兎様の“良縁”の影響でしょう》
「理屈で片付けんなっての……」
手元の出玉数を見ながら、ため息とも笑いともつかない息が漏れる。
勝ちは勝ちだし財布は潤った。けど――。
「……やっぱ、パチンコより修理してるときの方が楽しいな」
心の奥がじんわりと温かくなる。
直したときの手応え、誰かが喜んでくれるあの瞬間。
結局、それが一番の報酬なんだろう。
《太郎さん、立派な職人気質ですね》
「いやいや、まだ駆け出し修理屋だよ」




