第96話 飲み会と報告
仕事を辞めてから、初めての飲み会の誘いがきた。
送ってきたのは佐藤からのメッセージ。
「久しぶりにどうだ?」
なんでも小鳥遊も来るらしい。
会社を辞めてから、日数にすればそこまで経っていないはずなのに、正直少し懐かしく感じてしまった。
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場所はいつもの居酒屋。
暖簾をくぐると、油とタレの混じった匂いが鼻を突いて、なんだか「帰ってきた」気がしてしまう。
「おー、太郎!」
「太郎さん! お久しぶりです!」
佐藤と小鳥遊が、もう席に座って手を振っていた。
顔を合わせた瞬間、自然と笑いが込み上げる。
「お前ら変わってねぇな」
「太郎の方が変わったんだよ!」
店員がジョッキを運んできて、三人揃って――
「乾杯!!」
泡が弾ける音が心地よい。喉を通ったビールの苦味に、妙な懐かしさまで感じた。
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「太郎さん、雰囲気だいぶ変わりましたよね? なんか若返って見えるっていうか」
「ほんとだな。辞める少し前から活き活きしてたけど……今は完全に若いな」
二人がまじまじと俺の顔を見ながら首をかしげる。
「そんなに変わったか? まぁ、生活がガラッと変わったのは確かだな。やりがいもあるし、安定してきたのもあるけど」
「いや、見違えましたよ! やっぱり辞めて正解だったんですね」
小鳥遊の言葉に、思わず照れ笑いしてしまった。
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そこへ佐藤が、少し真面目な顔をして口を開く。
「実はさ、今日はちょっとした報告もあってな」
「ん?」
「太郎が辞めた後、俺と小鳥遊含めて――八人、一気に退職願出したんだわ」
「はぁ!? 八人!?」
「そしたら社長がさ、ブチ切れて退職願いを破り捨ててきやがったんだよ」
「うわぁ……容易に想像つく」
「でもな? 太郎が“退職願は二枚用意しとけ”って言ってただろ? みんなその通り二枚目出したんだ。そしたら社長、膝から崩れ落ちてな。あれは笑ったわ」
「はははっ! それは見たかった!」
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「いやぁ、あの時の社長ヤバかったですよ!」と小鳥遊が続ける。
「でも自業自得っすよ! 太郎さんが辞めた後、五棟建ての工程が思ったよりスムーズに進んだから、調子に乗ってでかい仕事受けてきて――で、下に丸投げ!」
「そうそう」佐藤が頷く。
「太郎の補佐やってた奴が、AIタスク管理とグループチャット真似したんだけど、全然回らなくてさ。むしろ酷くなった」
「アレは地獄でしたね。下請けの職人さん達も怒っちゃって、“もう降りる”って言い出すし。元請けもおかんむりで、切られる寸前ですよ」
「……それ会社大丈夫なのか?」
「いや、正直ヤバいな。元請けが大口だから、切られたら一気に傾く」
「しかも労基が入るって噂っすよ!」小鳥遊が声を潜める。
「誰がタレ込んだのかわかんないですけど」
「マジかぁ……」
俺は思わず背筋を伸ばした。
本当に辞めて良かった。
心の底からそう思った。
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「俺らも有休消化して、休みながら次に備える予定だ。実は俺、次の転職先もう決まってんだ」
「おお、それは良かったな!」
「で、小鳥遊は?」
「自分は親父の居酒屋を継ぐことになりました! もう高齢なんで」
「おおー! じゃあ今日は祝いの酒だな!」
ジョッキを掲げると、自然と笑い声が重なった。
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「それで太郎、今は何してんだ? はっきり聞いてなかったけど」
「俺か? 修理屋だよ。免許不要でできる修理は何でも受ける感じ。今は業者オークションでブランド品を仕入れて直して売るのがメインだな」
「えっ、それ転売ヤーじゃないですか!」小鳥遊が即座にツッコミ。
「チケット転売とかダメですよ!」
「一緒にすんなよ! ちゃんと古物商の許可取ってるし、修理してから売ってるから健全だっての」
「はははっ」佐藤が笑う。
「まぁ太郎がやるなら安心だな」
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「それで……ちょっとお願いがあるんですけど」
「ん?」
「実家の居酒屋、きたな◯ュランに出られるぐらい年季入っちゃってるんですけど……どうにかなりません?」
「おい、そんな古いのかよ」
「固定客はついてるんですけど、新規が入りにくいって言われてて……清掃とクロスの張り替えぐらいは考えてるんです」
「それくらいならいけるぞ。でも親父さんに了承を取ってからな」
「もちろんです! 了承取ったら見積もりお願いできますか?」
「おう、安くしとくから安心しろ」
「さすが太郎さん! 頼りになるー!」
「クロスだったら自分で貼れるんじゃないか?」佐藤が笑う。
「いやいや、不器用なんで安心を買うんですよ!」
「買い被りすぎると、クロスまっピンクにしちゃうぞ?」
「それは勘弁してください!」
店内に笑い声が響いた。
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店を出て、佐藤と小鳥遊と別れたあと。
ちょっとフラつきながら夜道を歩いていると、リクから念話が飛んできた。
《楽しそうでしたね》
「んー……楽しかったなぁ……。でも飲みすぎたかも……」
《アルコール濃度、推定0.08%。軽度酩酊状態です。セルフヒールをおすすめします》
「お前なぁ……俺の状態を数値で出すのやめろ。なんか人間味なくなるだろ」
《安心してください。人間味がなくても、太郎さんは人間です》
「フォローになってねぇよ!」
《セルフヒールでリセットしますか? それとも二日酔いコースを選びますか?》
「選択肢おかしくね!? 即リセットだわ!」
魔力を巡らせると、ふわっと頭が軽くなる。
さっきまでの酔いが嘘みたいに引いていった。
「……くぅーっ! 便利すぎてバチ当たりそうだな……」
《供物の酒代も浮きますし、神々的にも喜ばれるでしょう》
「俺が飲んだ分は神々ノーカウントだからな!? そこ混ぜんな!」
結局、帰り道はリクにずっとツッコんでいた。
でも――なんだか悪くない。
会社を辞めても、こうして笑いながら歩いて帰れるのは、すごく幸せなことだった。
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