第95話 神酒のご縁と修理屋の現実
『あなたが……最近噂の子ね?』
おっとりとした声が頭の中に響く。
白兎は小首をかしげて、くすっと笑うように耳を揺らす。
『八咫烏とは飲み友達でね。昨日も一緒に飲んでる時に“とんでもなく美味しいお酒がある”って自慢してたの。
それで跳んできちゃったのよ。しかも噂の子だって聞いたから、見てみたくてね』
「……やっぱりあのカラスか……」
じと目になる。情報漏洩の犯人は確定だ。
『それにしても、このお酒……本当に最高ね。
主様にも献上したいから、少し分けてくれないかしら』
「主様って……聞いたらヤバそうだから聞きたくないけど」
白兎は赤い瞳を細めて、にこりと微笑んだ。
『お礼に――そうねぇ。あなたなら大丈夫そうだし、良縁がくるようにしておいてあげる』
「縁って……俺に縁結びされても困るんだけど」
『大丈夫よ。恋愛だけじゃなくて、人や物事との縁も結ばれやすくなるって意味だから。』
「……それなら、助かるな」
思わず頷いてしまった。
でも目の前でお椀を掲げてお代わりを要求する仕草、居酒屋の常連感が強すぎるんだよ……。
そんな俺のぼやきをかき消すように、声がした。
『……なんでお主がここにおる?』
カラスが羽を揺らしながら姿を見せる。
『あら、昨日酔っ払って“旨い酒がある”って自慢してたじゃない。ふふっ』
『き、記憶にないのぉ』
カラスが目を逸らす。
俺は無言でじとーっと睨んだ。
「……一度に作れる量も多くないんだから、言いふらさないでくれよな」
『飲めんようになるのは困るから、もぅ他には言わんわい』
『どうかしらねぇ……ふふふっ』
……この二羽、絶対また飲んでる時に喋るだろ。
ご飯と酒壺を持って、奥の祠へ向かう。
鳥居をくぐる瞬間、少しだけ緊張する――でも、この空気にもだいぶ慣れてきた。
境内では、いつものようにニワトリが草をつついている。
その姿を横目に、俺は祠に、ご飯とお椀に注いだ酒を供えた。
「……毎回思うけど、前に置いたご飯と酒、どこに消えてるんだ?」
ちらりと横を見ると、ニワトリは無心で草をつついている。
「……お前か? いや、違うよな……。
……気にしたら負けだ。人間の常識で測れないことの方が多いだろうし」
深呼吸をひとつ。
俺は静かにお辞儀をした。
帰宅すると、リクが端末を光らせた。
《太郎さん、収支報告です。最初に仕入れたブランド品がすべて売却になりました》
「おおっ、マジか!」
《売上総額は51万円。仕入れ額が16万6千円。ここから手数料などを2割引くと――利益はおよそ24万5千円です》
「……24万5千円。すげぇな……これ、一回の仕入れで生活費まかなえるレベルじゃないか」
《ただし注意点があります》
「え、なんだよ」
《太郎さんの修理方法は魔法を使っているため、経費がほとんど発生していません。そのまま申告すると税務署に“経費ゼロの不自然な事業”として怪しまれる可能性があります》
「あー……なるほど」
思わず頭をかいた。
そりゃそうだ、収入だけ出てて、経費がゼロなんて現実的にあり得ない。人間社会の仕組みに合わせる以上、自然に見せないとまずい。
「で、経費ってどこまで計上できるんだ?」
《社宅の改修資材も対象にできます。合計1300万円のうち、作業場と地下倉庫として使用している部分――およそ三分の一程度を経費計上するのが妥当です》
「……それでも400万円超えか。デカいな」
《さらに、以前の売家DIYの際に購入した工具一式。21万円。これも業務で使っている以上、問題なく経費に含められます》
「おお……工具まで? でもさ、サイトに“家の修理”とかは書いてないだろ。記載してない作業の工具って計上して大丈夫なのか?」
《その点について提案があります》
「提案?」
《サイトの“業務範囲”に“生活まわりの簡単な補修・DIYサポート”を追加しましょう。家具や家電と並べて――例えば、棚の取り付け、壁や床のちょっとした補修、簡単な塗装など。免許が必要なリフォームや工事には触れず、あくまで“日曜大工レベル”に留めます》
「なるほどな……。それなら自然に工具も説明つくってわけか」
《はい。依頼者が“家具の修理ついでに壁の補修もお願い”と希望するケースは想定できます。サービスの幅を広げると同時に、経費の根拠にもなります》
「……お前、ほんとに商売上手だな」
《AIアシスタントですので》
「いや、そこはちょっとは謙遜してくれ」
ため息をつきながらも、心の奥では少し安心した。
これで数字の辻褄も合わせられる。
《帳簿処理は私に任せてください。領収書やレシートはスマホで撮影すれば自動で仕訳、月次レポートにまとめます》
「ほんとに全部やってくれるんだな……俺、ただ修理してるだけでいいのか?」
《はい。太郎さんは“直す”ことに集中してください。それが一番の強みですから》
「……なんか、社畜時代の“雑務全部押しつけられてた感”と正反対だな」
思わず笑ってしまった。
昔は“本業に集中させろ”と心の中で毒づいてたのに、今は逆に“修理だけやればいい”と言われている。
立場が変わると、こんなに気持ちが楽になるんだな。
《そして、サイトの更新も必要です。
先程提案したDIYサポートを掲げることで“修理屋さんっぽさ”が増します。家具・家電・玩具に加えて、“暮らしの困りごと”に手を差し伸べる印象を与えられます》
「……なるほどなぁ。今のままだと、ブランド品や古物修理ばっかりで硬すぎるもんな」
《そうです。一般依頼者が“ここに頼んでいいのかな?”と安心できる文言が必要です》
「じゃあ更新しておいてくれ。俺は……そうだな、次はあのひび割れた財布のリペアに取りかかるよ」
《承知しました。ページの文言調整とSEO対策も同時に行います》
「また横文字出た……SEOってなんだっけ」
《検索エンジン最適化です。簡単に言えば、検索した人に見つけてもらいやすくする仕組みです》
「……お前、ほんと万能すぎないか?」
《魔法と同じです。知らない人から見れば万能に見えるだけ。実態は“正しく組み合わせて使う”だけです》
「そういうとこ、俺と似てるのかもな」
太郎は小さく笑って、机の上の財布を手に取った。
魔法で革のひびをなぞりながら、ほんの少し気持ちが軽くなる。
やるべきことは山ほどあるけれど、それでも――今は楽しい。
レビュー本当にありがとうございます!!
作者は暗い夜道で1人、喜びの舞を踊ってます。w
周りに人が居ないのは確認済み!!




