第92話 黒字化と、不気味な壺依頼
最近は、あのニワトリが鳴く前に気配で目が覚めるようになった。
感知精度が上がったせいだろう。庭の片隅で動く白い羽毛の塊を感知して、「ああ、ニワトリだな」とわかる。
その安心感に二度寝しようと布団に潜り込むのだが――
「コケコッコー!!」
「……結局起こされるんだよな」
完全に生活のアラームになってしまった。
社畜時代は目覚まし三つ並べても起きられなかったのに……慣れって怖い。
布団から起き上がり、炊き立てのご飯を置いてあげる。
真っ白い羽毛が元気に突っつき始めると、つい頬が緩んだ。
「ほら、水もだ。今日も元気に頼むぞ」
プチウォーターで出した水を置き、次はカラス用の酒。
ただし最近は、ちょっと工夫している。
「……魔力同調、っと」
掌をかざし、湯呑に注いだ酒へ魔力を染み込ませる。表面に淡い光が走り、すぐ消えた。
「はい、これで“魔力酒”。飲み過ぎはまずいから一杯だけだ」
窓辺に置きながら、ふとつぶやく。
「……これ、ただの酒好きに酒与えてるだけか?いや、まぁカラスの言うこと聞いてたら、魔法の精度は確実に上がってるしな。先行投資...先行投資...」
そんな朝のルーチンを終えて、ようやく本題。
今日から「かみはら修理店」で修理したブランド品をネットに出品するのだ。
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「さて、写真撮影だな」
机の上に革バッグを並べ、自然光を狙ってシャッターを切る。
色落ちや小さな擦れは残したまま。仕上げすぎれば怪しまれる。
リクのアドバイスどおりだ。
《画像処理と出品文は私が担当します。太郎さんは撮影と梱包を》
「はいはい、俺は現場作業係っと」
自然に役割分担ができてきていた。
リクが販売担当(出品、説明文、価格調整、在庫管理)。
俺は修理と撮影・梱包担当。
思えば、社畜時代の「理不尽な押し付け」とはえらい違いだ。
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撮影を終えると、リクが淡々と数字を読み上げる。
《まずヴィトン。ジャンク仕入れ一個10,000円。補修済みなら一個25,000円から30,000円は狙えます。五点で125,000円から150,000円》
「ほう……数字で聞くと、やっぱすげぇな」
《次にグッチとプラダ。十点を一個4,800円で仕入れ。修理後は12,000円から18,000円。合計120,000円から180,000円》
「……一気にサラリーマンの月給超えてきたな」
《最後にコーチ二十点。仕入れ単価は3,150円。修理後は7,000から12,000円。合計140,000円から240,000円》
「合計……?」
《下限385,000円、上限570,000円。仕入れが166,000円。修理材料費や手数料を二割計上しても、純利益は170,000円から320,000円程度》
「……マジか」
思わず声が漏れる。
社畜の給料明細が脳裏をよぎった。残業百時間、疲れ果てたあの金額。
今こうして目の前にあるのは、三日もあれば直せるブランド品の山。
「これなら生活費は十分出るな……」
《ただし油断禁物です。安定するまではオークションがメインですが、サイトの実績も積みましょう》
「わかってる。欲張らずコツコツ、だな」
――その時。
ピコンッ!
スマホの画面に通知が踊った。
「おっ……売れた!?」
開くと、出品してまだ数時間のコーチの財布が即決で落札されていた。
「ほんとに売れた……なんか変な汗出るな」
《現実感が出てきた証拠です》
心臓がばくばくしていた。
でも、それは不安じゃなくて、妙な高揚感だった。
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昼を挟んで作業再開。
出品ラッシュの合間に、最後の改修作業――カウンターを取り付ける。
廃材を加工して作った板を据え付け、脚をビス止めして、天板をリペアで整える。
「……よし、これで完成っと」
見渡せば、一階から三階まで改修済み。
壁も床も天井もクロスで真っ白。
照明も新品、カウンターもついて、まるで本物の店のようだ。
「俺……ほんとに修理屋になっちまったんだな」
胸の奥がじんわり温かくなる。
社畜時代の「達成感のない忙しさ」とはまるで違う。
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夜、出品チェックを終えたタイミングで、新しいメールが届いた。
「……依頼か?」
添付写真を開いた瞬間、息が詰まった。
そこに映っていたのは――古びた壺。
土色にひび割れ、黒ずみ、ただの古道具に見えなくもない。
だが、写真越しでもぞくりと背筋が冷える。
本文にはこう書かれていた。
「知り合いから譲り受けた壺なのですが……。置いてから家族に不幸が続いています。
怖くて壊すこともできません。
もし可能なら、引き取っていただけないでしょうか」
「……いやいやいやいや」
思わず椅子からのけぞった。
「俺いつから曰く付き品の回収業になったんだよ!?」
《ですが、実績としては“壊さず直せる修理屋”。依頼が来るのは自然な流れです》
「自然で済ませていい話かよ!」
だが、心の奥でほんの少し――ワクワクしている自分がいた。




