第90話 祖母のぬいぐるみ
パソコンの受信トレイに、見覚えのある依頼が残っていた。
――テスト受付のときに入って、そのまま「順番待ち」にしていたものだ。
「……祖母の形見のぬいぐるみ、縫合とクリーニング希望……か」
片目のボタンが外れた小さなクマ。
添付されていた写真は、どこか寂しげで、それでも大切にされてきた気配をまとっていた。
《太郎さん。ここで正式に受けましょう。質問事項を整理します》
「質問事項?」
《はい。まず――》
・昔の写真があれば添付してもらうこと。
・目の部品が残っているか確認。無ければ両目とも新しく似た部品を取り付けるか、片目だけにしておくか、よく似た部品をつけて仕上げるかの確認。
・修理内容の希望範囲――クリーニング、中綿の補充、ほつれ直し、目の取り付け、その他特別な要望があるか。
《これらを確認してください。料金は9,000円が妥当です》
「9,000円か……ラジカセよりは安いけど、内容を考えるとちょうどいいな」
《送信しました》
数分後、依頼主から即返信が届いた。
「ぜひお願いします。写真もありました。目の部品は残っていないので、似た部品を片目に取り付けでお願いします」
「……よし、正式依頼だ」
胸の奥に、不思議な緊張が走った。
ラジカセの時と同じ。これは――人の“思い出”そのものを預かる仕事だ。
***
荷物が届くまでの数日、俺はカラスに修行?を受けていた。
『お主、天井の修復は念動でやってみろ。身体は使うな』
「……これもかよ」
『精度をあげるためだ』
床板や天井を持ち上げて、リペアで補修。
その間も、カラスはちゃっかり隣で魔力を同調させた酒を飲んでいる。
『……これも精度をあげるためだ! カァァ!』
「お前、ほんとに飲みたいだけだろう……」
《指導と称した飲酒ですね》
リクの冷静な突っ込みが飛ぶ。
俺は額を押さえながら、黙々と練習を続けた。
***
《太郎さん、宅配業者が来ました。依頼品が届いたようです》
リクの声に頷いて玄関へ向かう。
その瞬間、胸の奥にひやりとした違和感が走った。
「……ん?」
結界の内側に何かが入ってきた。
敵意は無い。だが、どこか冷たい気配。
《荷物から反応があります。緊急で結界を展開します》
リクが即座に結界を展開し、業者から荷物を受け取った。
俺も補助で結界を重ね、念動力で段ボールを室内へ運び込む。
開封すると、中から小さなクマのぬいぐるみが現れた。
片目がなく、毛並みは色あせ、綿はしぼんでいる。
だが――胸の奥に、重たく冷たい気配が広がった。
《スキャンします……やはり、力を感知します》
「呪い……か?」
《いいえ。これは病院で遭遇した“幽霊”や“レイス”に近い反応です》
「持ち主のおばあさん……かもしれないな」
敵意はない。むしろ、苦しげに見える。
「……ヒールをかけてみるか」
俺は手をぬいぐるみにかざし、ヒールを発動した。
白い光がぬいぐるみを包み、冷たい気配がすっと薄れていく。
《浄化は完了しました。しかし……まだ魔力が感知できます》
「……まだ残ってる?」
目を閉じ、意識を集中する。
幽霊なら会話できないかと念話で呼びかけてみた。
「もし聞こえるなら……何か言いたいこと、ありますか?」
しばし沈黙のあと、優しい声が胸に響いた。
〈ありがとう。ずっと苦しかったのが、楽になったよ。成仏すると思ったんだけどねぇ〉
「……やっぱり、おばあさんか」
〈そうだよ。できたらね、このまま消さないで孫を見守らせてほしいんだ。必要とされなくなったら、自分で上がるさ〉
そこへ、別の声が割り込んできた。
『また珍しいことをしておるな』
「カラス……!」
『それに憑いていたのが反転して守りとなった。今は守護の力。憑けておけば子孫を守る存在となろう』
「守護霊ってことか……まぁ親族だし、いいのか?」
『それでよい』
「……上位存在が言うなら間違いないな」
***
浄化を終え、修理に取りかかる。
「まずはクリーンだな」
毛並みを優しくクリーニングする。
灰色がかっていた体が、ふわりと茶色に戻っていく。
「次は目だ……」
依頼主から送られた昔の写真をスキャンし、リクが分析する。
《黒いボタン状のパーツです。新規に作成しましょう》
「黒い素材は……あったな」
以前、壁に強度アップをかけた時に真っ黒になった破片。
それをゴミ捨て魔法の収納から取り出し、再形成する。
ゴミ捨て魔法で丸く削り、リペアで光沢を与え、写真と同じサイズに整えた。
「……できた」
縫い付けると、ぬいぐるみの両目が揃う。
次にほつれと、中綿をリペアで修復。
リクが昔の写真を参照しながら指示を飛ばす。
《もう少しふっくら目に。はい、そこです》
「よし……」
針目が閉じ、綿が均一に広がる。
ぬいぐるみがふわりと蘇った。
「完成……!」
だがその瞬間、ふわりと魔力が広がった。
新しく付けた目から、力がじんわりと溢れている。
《太郎さん……強度アップをかけた壁は魔力を結晶化させたものが含まれています。そのため、おばあさんの力の源になっているのだと推測します》
「……やっちゃったか?!」
『問題ない。守りが強くなるだけだ。むしろ良きことよ』
「……ならセーフだな」
《ですが隠蔽はしてください。普通のボタンに見えても、力を帯びているのは事実です》
「わかった。隠蔽っと」
《軽すぎますね……》
リクの突っ込みを背に、俺は完成品を撮影した。
***
依頼主へのメールに、仕上がった写真を添付する。
そこには新品のように蘇ったクマの姿があった。
俺は短いメッセージを添えた。
『この度は、ご利用ありがとうございます。
思い出の品を修理させていただき感謝します。
このぬいぐるみは、これからもずっとあなたやご家族のそばで、大切な思い出を守ってくれるでしょう。
どうか、これからもずっと大事にしてください』
送信ボタンを押すと、胸の奥にじんわり温かさが広がった。
「……ラジカセに続いて、これも受けて良かったな」
《ええ。仕事であり、同時に救いでもあります》
ぬいぐるみの黒い瞳が、ほんの一瞬だけきらりと光った気がした。




