第87話 初納品、そしてまた現実
修理を終えたラジカセを、段ボールに丁寧に収める。
緩衝材をぎゅっと押し込み、外箱が揺れても中の本体が動かないように固定する。
養生テープを貼り終えた瞬間、ふっと息が漏れた。
「……よし、完了」
手のひらに残るテープのベタつきと、作業後の静けさ。
たった一台のラジカセだけれど、初めて正式に“仕事”として修理したことを思うと、胸の奥にじわじわと熱が広がってくる。
段ボールを抱えて外に出る。
夕方の空気は少し冷えて、仕事終わりのサラリーマンや学生たちが行き交っている。
俺だけが少し違う時間を生きているようで、妙に足取りが軽かった。
コンビニに入り、匿名配送の端末でラベルを発行する。
伝票を貼り、レジで店員さんに預ける。
「こちらでお預かりしますね」
差し出されたのは控えのレシート一枚。
ただの紙切れなのに、その重さに思わず息を呑む。
「……巣立ってったな」
《ただの“物”ではありませんよ。依頼主にとっては思い出の一部です》
「……だな」
外に出ると、夜風が頬を撫でた。
たった一件の仕事だけど、今日、確かに俺は一歩を踏み出したんだ。
***
夜、自宅の机に戻り、湯呑みに温かいお茶を注ぐ。
パソコンの前に座ると、リクがすぐに話しかけてきた。
《さて、太郎さん。初仕事の結果を整理しましょう》
「……だよな。数字、出るの怖いけど」
画面に表示されたのはシンプルな表計算。
売上、経費、利益――そのすべてが白と黒の数字で突きつけられる。
《売上:15,000円。返送料:1,200円。梱包資材や消耗品でおよそ500円。粗利は13,300円程度です》
「……一万三千円。三時間くらいでこれなら、悪くない数字だよな」
《はい。単発の仕事としては十分です。時給換算すれば4,000円を超えています》
「おお……社畜時代よりは全然マシだ」
思わず笑みがこぼれる。
けれどすぐに、現実が胸を冷やしていく。
「……でも、これじゃ食えないな」
《そうです。高単価の依頼を一つこなしたとしても、月に数件では生活費に届きません。
やはり“別の柱”が必要です》
「別の柱……」
《提案します。古物商許可証を取得した今、太郎さんは**業者オークション(古物市場)**に参加できます》
「業者オークション……?」
《はい。古物商許可証を持つ者だけが入れる、業者間の取引市場です。免許証の提示と会員登録が必要ですが、年会費無料の所もあります》
「……年会費無料?」
《ええ。運営元が手数料で利益を取る仕組みなので、登録だけならハードルは高くありません》
リクの声は冷静で、言葉は淡々としている。
でもその一つひとつが現実を切り開く鍵に聞こえた。
《そこで扱われるのはブランドバッグ、時計、財布、ジュエリーなど。しかも状態の悪い“ジャンクロット”も多い》
「ジャンクって……つまりゴミみたいなやつ?」
《はい。ベタつき、色あせ、糸ほつれ、金具破損。人が“価値なし”と判断したものです。ですが――》
「俺にとっては宝の山ってことか」
《その通りです。クリーンとリペアがあれば、費用をかけずに新品級へ戻せます》
言われてみれば、あのラジカセだって埃とヤニに埋もれていたのを甦らせた。
バッグや時計なら、もっと変化は分かりやすいだろう。
《例えばブランドバッグ。仕入れ数千円、修理後に数万円。時計も、壊れロットを1本500円で仕入れ、電池交換と磨きで3,000円以上で売れるケースは多々あります》
「……それなら、生活基盤にできるかもしれないな」
《はい。そして販売先は多様です。ネットオークション、リサイクルショップへの卸、あるいは再び業者オークションに出すことも可能です》
「買って直して、また市場に戻す……」
《それで回転率を上げるのです。魔法修理ならコストゼロ。利益率は最大化できます》
数字の羅列が現実味を帯び、心がざわついた。
食えないかもしれないと不安になった数分前とは違う。
目の前に「食っていけるルート」が、はっきりと見えた。
「……俺でもやれるか?」
《やれます。いえ、太郎さんにしかできません》
その言葉は、まるで契約書にサインを迫るみたいに重かった。
けれど、不思議と怖くなかった。
机の片隅に置いた送り状に目をやる。
今日、巣立っていったラジカセ。
感謝のメールは、きっと明日以降に届く。
でもそれを待つ前に、俺は次のステップを踏まなければならない。
「……よし。決めた」
《はい》
「次は――業者オークションに挑戦する」
《準備万端です》
「……でもその前に、炊飯器買わなきゃな」
《……そこからですか》
次回――かみはら修理店、業者オークションデビューか?!炊飯器が先か?!
お読みいただきありがとうございます。
こんな流れになりましたが、これが正解かどうかわからない。。。ただ皆さんに楽しんでいただけるように執筆しますので、応援お願いします!!




