第83話 社畜卒業!!!
コケコッコー!!!
ニワトリの声で目を覚ました。
いつもと変わらない朝だ。
ただ、今日から「最後の1週間」が始まる。
棚からコーン缶をひとつ。
「ほい、おはよう」
庭先に置いた小さな器にコーンと水を出す。
横にはもうひとつ、カラス用の器。こっちは酒のプチウォーター割だ。
『プチウォーターだけではダメなんですかね?』
「まぁ、あれはこれが好きみたいだからな……」
小さな祠の前で一礼して、出勤の支度を整えた。
ちなみに昨日持って帰ってきた米は、炊飯器を持ってない事を忘れていてお預けだ。
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会社に着いて、すぐに呼び止められる。
「神原、例の五棟建の進捗はどうだ?」
「予定通りです。今日から仕上げに入れます」
胸を張って報告すると、上司は書類を持ち上げてニヤリとした。
「じゃあ次はこの新規案件、頼む」
「……いえ。申し訳ありませんが、それは受けられません」
「はぁ? お前、何言ってんだ」
「もう退職が決まってますし、これは残業前提ですよね。やりきれません」
ピタッと空気が止まった。
事務所全体が静まり返り、皆が息をのんでこちらを見ている。
「神原ァ……!」
上司が顔を真っ赤にして怒鳴りかける。
だが俺は、もう腹をくくっていた。
『ナイス判断です。まるで社畜の卒業試験ですね』
耳の奥にリクの念話。
思わず口元が緩みそうになったが、必死にこらえて真顔を保つ。
……耐えた。
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五棟建の現場へ。
「よし、今日もやるか」
深呼吸し、魔力を流す。
常時展開の結界。セルフヒール。隠蔽。
さらにこっそりと身体強化。
もちろんバレないよう、目立たないように。
木材を担ぎ、荷を運び、ビスを打つ。
作業員に紛れながら、あくまで“自然に”仕事をこなしていく。
隙を見ては各棟を回り、小さな傷をリペアで直す。
目立たないひび、塗装の欠け、床のきしみ。
全部、まとめ役の責任として。
「これだけは、完璧に終わらせてから辞めたいんだ」
誰に聞かせるでもなく、小さくつぶやいた。
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会社に戻ると、思ったより早く仕事が片付いた。
AIタスク管理とグループチャットの効果は絶大だ。
残業ゼロで、定時退社。
「おーい、太郎!」
佐藤と小鳥遊が声をかけてきた。
「飲み行きません?」
断る理由はなかった。
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「かんぱーい!」
グラスがぶつかり、喉に酒が流れ込む。
「いやー、太郎さん今日かっこよかったです!」
小鳥遊が勢いよく叫ぶ。
「あの上司がブチ切れたときの空気……マジで凍りましたからね」
「確かにな」
佐藤も笑う。
「よく言ったよ。俺なら絶対受けてた」
「俺もな、今までだったら受けてたよ」
苦笑しながら答える。
「でも、もう辞めるって決めてるし……吹っ切れたんだ。
無理なものは無理って。大事なもん削られてる気がしたから」
その言葉に、佐藤が真剣な顔でうなずいた。
「実はさ。太郎見てて、俺も辞めようって思えたんだ。今、転職先探してる」
「えっ!? 佐藤さんもですか!?」
小鳥遊が椅子から跳ね上がる。
「実は自分も……」
驚きながらも、心の奥がじんわり温かくなった。
――思ってた以上に、俺の行動は周りに響いてたのかもしれない。
みんな同じ気持ちを抱えてた。
その一歩を踏み出すきっかけになれたなら……やった意味はあったんだ。
ちなみにヒールで酔いを覚ますこともできた。
だが、この夜はしなかった。
3人でベロベロになるまで飲んで、思い出話に花を咲かせた。
社畜最後の1週間――その始まりに、ふさわしい夜だった。
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翌日からは社畜最後の仕上げだ。
五棟建の現場は、予定よりも早く完成した。
細かい修正もすべて終え、仕上がりは過去一番だと監督達や職人に褒められた。
「いやぁ、神原さん。最後にすごい仕事してくれましたね」
そう言われると、胸の奥がじんと熱くなる。
『達成感、というやつですね。ここまでの努力がすべて実った証拠です』
「ああ……やっとだな」
社畜としての最後の一区切り。
やり切った感と嬉しさが、じわじわと込み上げてきた。
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そして迎えた、最終出社の日。
机の上を片付けていく。
くたびれたファイル、色褪せた図面、付箋だらけの工程表。
15年の社畜生活が、すべてそこに詰まっていた。
引き出しを開ければ、折れたシャーペン、使いかけの付箋。
「また後でやる」と放り込んだままのメモ帳。
一つひとつ手に取るたび、記憶がよみがえる。
理不尽に怒鳴られ、深夜に現場へ呼び出された日。
机に突っ伏したまま夜を明かしたこともあった。
『太郎さん、これは“負債”ではなく、“軌跡”です』
「軌跡……?」
『はい。あなたがどれだけ踏ん張ってきたか、その証明です』
「……そうか」
少し笑みがこぼれた。
ただの紙切れや文具が、戦友のように見えてきた。
机の上を拭き終え、もう何も残っていない。
最後に、天板に手を置いた。
「……今まで、ありがとな」
指先に温もりが伝わる。
苦しさも、悔しさも、ここで全部味わった。
でも同時に、仲間と笑った瞬間もあった。
すべてを飲み込んで、この机は俺を支えてくれた。
『よく頑張りましたね、太郎さん。誇っていい時間でした』
リクの声に、こみ上げるものを抑えきれなかった。
ゆっくりと机を撫でて、深く一礼する。
「……じゃあな」
15年の社畜生活に、静かに幕を閉じた。
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会社を出た瞬間、空が妙に澄んで見えた。
胸の奥はぽっかりと空洞みたいで、けれど軽かった。
『空気が違って感じませんか? それは“自由”です』
「……自由、か」
呟いたとき、スマホが震えた。
画面には「○○警察署」。
「はい、神原です」
『神原様ですね。古物商の許可証が出来ましたので、来署ください』
短い連絡。
けれど、それは次の扉が開かれる合図のように響いた。
『社畜の終わり。そして、新しい挑戦の始まりです』
「……ああ」
自然と笑みが浮かんだ。
俺の足はもう、次の舞台へと向かっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
たくさんのコメント、ブクマ、リアクション本当にありがとうございます。
また、小説を書き始めたばかりで誤字脱字も多く、矛盾点も多いかと思いますが、ここまでお付き合いくださった皆さんのおかげでここまでこれました。
心からの感謝を申し上げます。
ありがとう
まだまだ続きますので、太郎共々よろしくお願いします。
魔法もどんどん作っていきたいのでこんな魔法あったら便利なのに!とかコメントいただけたら嬉しいです!
これからもよろしくお願いします!!




