第82話 供物はコーン缶だけじゃダメ?
ニワトリの鳴き声で目を覚ました。
最初は飛び起きるほど驚いたが、もうだいぶ慣れてきた。
まだ薄暗いけど、あの声が響くと「今日も始まるか」って気分になる。
「……はいはい、今行くからな」
玄関を開けると、やっぱり待っていた。
コーン缶を開けると、もう慣れた様子でつつき始める。
半分くらいは相変わらずこぼしてるが、それでも楽しそうに食べている。
その横に、プチウォーターで出した水を置く。
すぐに喉を鳴らしながら飲み始めた。
……こうなると、ほんと毎朝のルーティンだな。
「なぁリク。これってさ、毎回コーン缶で大丈夫なんかな?」
《一般的な“お供え物”という観点で考えると、主食である米、あるいは塩、酒、水が多いですね》
「やっぱそうか。米か……」
ふと、頭に浮かんだ。
実家は米農家だ。
米なら売るほどあるし、どうせならコーン缶より米を炊いて供えた方が、それっぽい気がする。
「よし、次の休みに実家行って米もらってこよう。……あ、そうだ」
頭の奥にもうひとつ、気になっていたことが浮かぶ。
曽祖母の金製品。
以前に、日記と一緒に見つけたやつだ。
今は裏山のあの場所で保管してるけど、有るのを知っててあれをそのままにしておくのはちょっと怖い。
社宅で管理した方が安心だろう。
《合理的です。いずれ換金や運用の判断も必要になるでしょう》
「おう……プレッシャーかけんなよ」
その休みまでの二日間は、相変わらず残業まみれの社畜生活。あと1週間で5棟建も完成すると思えば気は軽い。
佐藤と小鳥遊にも退職願が受理されたことは報告したし、付き合いのある業者にも挨拶は済ませた。
そして次の休み。
朝から実家に帰り、両親に会った。
仕事を辞めることも、そこで初めてきちんと報告した。
いろいろ驚かれたけど、「まぁ太郎なら何とかするだろ」と意外とあっさり受け入れてくれた。
「これからは自炊もしようと思うからさ、米を少し分けてくれないか」
そう言うと、親父は「おう、遠慮すんな」と笑いながら米袋をどんと置いてくれた。
やっぱり実家の米は重い。だけど、どこか安心感もある。
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両親に「ちょっと散歩してくる」とだけ告げ、足を向けたのは裏山のあの場所だった。
相変わらず、草木に覆われた岩肌の偽装は見事だ。
知らなければ、ここに石室があるなんて一生気づかないだろう。
「……何度見てもすげぇな。自然の隠蔽ってレベルじゃねぇぞ」
思わず声が漏れる。
あれだけ社畜経験で鍛えられた目でも、ただの岩場にしか見えない。
《社畜経験では偽装の目は鍛えられません》
まっ、まぁそれはいいとして、ふと頭に浮かんだ。
「……これ、社宅にも作れねぇかな? 宝物庫的なやつ」
《可能性はあります》
リクの声が落ち着いたトーンで響く。
《スキャンすれば施錠構造は把握できます》
「マジか……! でも、あの施錠の仕組みってどうなってんだ?」
《曾祖母様の石室は魔力で反応していました。紙に書かれた魔法陣――あれは見た目こそ模様ですが、実際は“解錠装置の鍵”です》
「解錠装置の鍵……?」
《はい。現代で言うなら、指紋認証やパスワード入力に近い仕組みです。
あの魔法陣は魔力比率を合わす鍵になっていて、魔力を流し込むと決められた比率に変換、内部の仕組みが作動し、石がスライドして扉が開く――そういう構造です》
「うわ……急に現代的になったな」
《仕組み自体は、電気で動く電子錠とほぼ同じです。ただし電気ではなく、媒体が“魔力”という点が異なります》
「なるほど……魔力パスワードか。しかも紙の魔法陣をかざして“比率合わせ”って……QRコード読み取りみたいだな」
《その通りです。石室は古いものですが、設計思想は現代のセキュリティ技術とよく似ています》
「なぁリク。これ……社宅にも作れる?」
《比率合わせの魔法陣の解析は完了しています。新規作成も可能です。媒体を紙ではなく、指輪や腕輪などのアクセサリーに刻印することで、より携帯性の高い解錠装置にできます》
「お、おお……未来のセキュリティすぎる……」
《正確には“過去から伝わる仕組み”ですが》
「リクが頼りになりすぎて、俺どんどんダメになりそうだわ」
《太郎さんはすでに、私なしでは目覚まし時計より役立たずです》
「リクさん、それストレートすぎて刺さるわ……」
石室の奥へ入り、ゴミ捨て魔法で金製品や古い日用品をすべて収納していく。
小判、金杯、飾り金具――どれも博物館級に見えるものばかりだが、俺の魔法が“アイテムボックス”扱いになっているせいで、全部すっきりと収納できてしまう。
「便利すぎるけど……扱い軽すぎてバチ当たりそうだな……」
《ご先祖様の遺品です。せめて丁寧に扱うという“供養”は忘れないでください》
「ぐっ……正論で刺してくるな……」
収納を終えた俺は石室を閉じ、実家へ戻った。
夕方には両親と一緒に晩御飯。久々にまともな米の炊き立てを食べて、腹も心も満たされる。
帰り際には、いつものおはぎを持たせてくれた母に感謝だ。




