第78話 生活拠点 確保完了
PCを閉じて、一息つく。
黒地に魔法陣めいたデザインで作られた「かみはら修理店」のサイト。
リクが勝手に作ったとはいえ、形だけでも世に出たわけだ。
「……となりゃ、とりあえず引っ越すか」
口に出した瞬間、胸の奥でズシンと重さが増す。
もう逃げられない。いや、逃げる気はないんだけどさ。
水回りは整った。
風呂もトイレも動くし、ガスも通った。
となると次は、生活拠点をこの社宅に完全移行するための準備だ。
「とりあえず寝室とリビングが欲しいよな」
《二階は三部屋あります。そこを加工すれば十分です》
「だな。……よし、二部屋をぶち抜いてリビング、残り一部屋を寝室にしよう」
⸻
二階に上がると、昔の社宅らしい、無駄に区切られた部屋が並んでいた。
正直、狭い。しかも黒い。
廊下にドアが並んでいる典型的な間取りで、生活導線はクソ。
俺は真ん中の壁を見据える。
「……これ抜くって結構怖いよな」
現場監督をやってりゃ、必ず叩き込まれる。
「ここは耐力壁だから絶対抜くな!」
「抜いたら家が潰れるぞ!」
耳にタコどころか夢にまで出てくるくらい言われてきた。
「リク、これ抜いて大丈夫か?」
《スキャン中……
通常なら門型フレームを設置して補強する必要があります》
「やっぱそうだよな……」
《しかし太郎さんが既に強度アップ魔法を全体に施しているため、この程度の壁撤去は構造上問題ありません》
「……便利すぎるだろ魔法」
⸻
俺はゴミ捨て魔法を発動する。
壁の部分だけを「消す」イメージ。
すると――
――スパッ。
音もなく壁が切り取られ、スッと消えた。
石膏や下地も残らず、隣の部屋が一気につながる。
「……おお、ほんとに穴が開いた!」
普通なら粉塵まみれで咳き込む場面だが、ゴミ捨て魔法ならそれもなし。
便利を通り越して怖い。
《廊下側の壁も撤去してしまえば、ワンフロアになります》
「それいいな。じゃあ廊下も退けるか」
同じようにゴミ捨て魔法で廊下の壁を消す。
結果――
ガラ~~~ン。
「……めっちゃ広ぇ……」
二部屋分をつなげた空間に声が響く。
これなら大きなソファも置けるし、作業机を広げても余裕だ。
⸻
残った一部屋を寝室にする。
ただし入口が廊下側にあると動線が悪い。
「なぁリク、寝室のドアをリビング側に移したい」
《問題ありません。ゴミ捨て魔法で既存のドアを削除し、壁をリペアで再形成、リビング側にドアを設置してください》
「じゃ、やっちゃうか」
古いドアを消し、新しいドアをリビングに直結。
これで寝室の使い勝手は格段に向上した。
⸻
「さて……次は床だな」
水平器を当ててみる――やっぱり少し傾いてる。
ペットボトル転がしたら勝手に隅に集まりそうなレベルだ。
《築古RC造ではよくあることです。沈下や歪みが放置された結果ですね》
「現場監督の俺が言うのもなんだけど……“これでよく住んでたな”って思うわ」
ゴミ捨て魔法で水平面を意識し、床をスパッと切り取る。
切断面は強度アップで黒光りしているが、ざらっとした質感。
「うわっ……めちゃくちゃきれいになったけど、こうなんていうか...」
《リペアで微細な段差を埋めれば、ほぼ完璧な鏡面仕上げです》
「高級ホテルのフローリングかよ……」
⸻
「……結局、エアコンも必要ないんだよな」
《結界で温度調整が可能ですので》
「すげぇよな。人類、空調いらずの世界に到達しましたー、ってやつだろ」
《ただし魔力消費は人類一名、つまり太郎さんが負担していますが》
「言い方ァ!!」
⸻
見渡せば、二階は完全に「リビング+寝室」だけの空間に変わっていた。
「……これで、生活の拠点としては十分だな」
《おめでとうございます。水回り、寝室、リビング――最低限のインフラが揃いました》
「ありがとう、リク。ようやく“住める場所”ができたな」
胸にジワっと熱いものが広がる。
今まで「社畜の仮眠場所」だったアパートから、本当に自分の家を作ったんだ。
まだ壁のクロスとか外装は手付かずだけど、一応の生活拠点は確保できた。
⸻
「……そういや、食堂のキッチンもリペアしたんだったな」
ピカピカのシンクとコンロが鎮座している。
水栓なんて新築並みに光ってる。
「でもなぁ……」
普段の俺の夕飯はコンビニ弁当かカップ麺。
今まで料理を楽しむなんて、考えることもなかったし、作ろうと思ったことも無かった。
「……結局、使うことねぇんだよな」
達成感が、一気に虚しさへと変わる。
《つまり、高級ホテル級のキッチンを持ちながら“湯沸かし専用シンク”にするということですね》
「言い方ぁぁぁ!!」
胸を張って笑うしかなかった。




