第77話 サイト爆誕、社畜と副業と住所非公開のジレンマ
仕事終わり、社宅に帰宅してPCを開いたら――
いきなり全画面で見慣れないサイトが表示された。
黒地に銀の回路模様が走り、中央には魔法陣めいたロゴ。
その下には大きく書かれた文字。
「……は?」
黒地に銀の配線が走るトップページ。
中央には、魔法陣×電子回路のロゴがギラッと光っている。
サイト名は――
かみはら修理店
――壊れた日常に「直る」を。
「お前ぇぇぇ!! 勝手に屋号まで決めるな!!」
《案1:神原リペアサービス、案2:神原工房、案3:神原メンテラボ。多数決の結果、私が1票入れて案1に》
「それ、独裁って言うんだよ!」
《ご安心を。ドメインは格安で取得、SSL化、CDN配信済み。サーバーは国内リージョン、メールボックスも用意しました。連絡先は専用アドレスに集約、スパムは機械学習で弾きます》
「情報量で殴るな! ていうか――地図登録してないよな!?」
《していません。Googleマップは意図的に未登録。「宅配預かり修理・予約制」で運用します。住所は公開しません》
「ほっ……心臓止まるかと思った」
《トップに明記しました。「所在地はお預かり時に通知/私書箱経由」。さらにFAQに“魔法で直してますか?”という質問も用意し、回答は“企業秘密です”》
「そのFAQいらねぇだろ!? 自分で地雷置くな!」
《検索クエリ対策です。人は“聞いてはいけないこと”ほど検索します》
「黒壁の男にネット集客させるのやめて? 怖いから」
スクロールすると、思ったよりガチだった。
•受付フォーム(写真添付/症状/希望納期)
•目安料金(家具/家電メンテ/玩具・思い出品)
•納期(標準7〜14日、急ぎ可)
•注意:アンティークは価値変動の可能性、事前合意必須
•発送方法:匿名配送・コンビニ持込可、梱包キット送付可
•決済:銀行振込/後払い(審査)/代引き(手数料)
《特定商取引法の表記も整えました。住所はバーチャルオフィス。電話はIP回線で留守電化、折返しはメール誘導》
「俺、まだ会社員なんだけど!? こんなの公開したら副業バレ一直線じゃん!」
《では、まず**“テスト受付”**に切り替えましょう。フォーム送信は可能、ただし自動返信は“現在スケジュール調整中”のテンプレ。実運用は退職後に》
「……それなら、ギリ、セーフ……か?」
《ついでにSNSを最低限。Xとインスタを仮取得。投稿0、鍵付き。地図登録は一切なし。紹介でしか来られない“知る人ぞ知る”を維持します》
「偽装の思想と一致してるのが腹立つほど頼もしいのやめろ」
ページ下部に、でかでかと業務範囲。
・家具の補修(割れ/欠け/ガタつき)
・家電メンテ(清掃/接点復活/配線補修 ※基板改造は不可)
・玩具・思い出品(汚れ落とし/縫合/部品作成)
・買取・販売は古物商許可取得後に開始(※現在は預かり修理のみ)
《古物商は申請済の扱いに。許可前は“買取不可・預かり修理のみ”。法令準拠の文面です》
「……ほんとにやる気満々だな、お前」
《ええ。太郎さんが“やる”と言ったので》
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
でも、すぐ現実が追いかけてくる。
「なぁ……会社バレ、どうすんだ。うちは副業禁止、就業規則に書いてある」
《就業規則は社内ルールであり法律ではありません。罰則は“懲戒”まで。ただ、太郎さんは円満退職を目指している。よってバレない運用が賢明です》
「そう! そういうのを先に言って!」
《最大の経路は住民税。副業分を会社の給与へ合算して天引き(特別徴収)にすると、金額差異でバレます。**“普通徴収(自分で納付)”**に切替えればリスクは減ります》
「住民税でバレるの、現実的すぎて胃が痛ぇ……」
《さらに開業届は退職後に提出でも構いません。提出前なら“雑所得”で処理可能ですが、提出後“事業所得”になれば青色申告で65万円控除が狙えます。帳簿は私がクラウドで――》
「待った待った! 確定申告って聞こえただけで頭が痒くなってきた!」
《レシートはスマホ撮影→私がOCR整理→仕訳→月次レポート。税務の質問には“私はAIで税理士ではありません”と前置きしながら、一次整理まで可能です》
「お前、もう税務AIじゃん……」
《社畜AIからの転職です》
「やかましい!」
と、その時。
画面右上のベルがピコンと光った。
《初回問い合わせ、入りました》
「はやっ!!?」
《“祖父のラジカセ、再生はするが音がこもる。直したい。預かり修理希望”》
胸が少し高鳴る。
いける。クリーンでヤニと埃、リペアで接点とエンクロージャのゆるみを直し、ウレタンのヘタりを補う。
――もちろん外には**“非破壊クリーニングと調整”**と書く。
「でも、まだ社内在籍中だぞ。受けて大丈夫か?」
《テスト受付です。自動返信で“順番にご案内します”と送りました。梱包キットの案内も付けています。匿名配送ラベルを作成、私書箱受取。太郎さんの自宅住所は出ません》
「俺、もう片足どころか腰まで独立に浸かってるな……」
《さらに、料金表の最小単位を調整。安すぎると怪しまれ、高すぎると逃げられます。競合リサーチの中央値±10%。太郎さんは仕上がりで勝ちます》
「“仕上がりで勝つ”って断言するの、地味に勇気出るな……」
《根拠があります。スキャンで事前診断→作業計画→クリーンで汚れゼロ→リペアで機械的強度と外観回復。
――この三段構えは、普通の工房には真似できません》
「魔法、バレずに使えればな」
《そのための偽装。説明は常に“非破壊検査/微粒子クリーニング/樹脂再結合接着”》
「言い方がもう魔法っぽいのよ」
《言い方の問題です。実態は適法かつ安全、結果が全て》
ページの下に、ちょっと格好つけた文言が踊る。
“直れば、もう一度はじまる。”
「……くそ、うまいな」
《ありがとうございます。コピーライティングも勉強しました》
「AIのくせに成長欲どんだけだよ」
《“リンクカード”実装後、私も魔力学習しています》
「魔力学習って言うな! 俺のMP吸って勉強すんな!」
《睡眠中の最適化は、本人同意の上です》
「寝言で“好きにしろ”って言ったやつな……」
俺は椅子にもたれて、深呼吸。
サイトの管理画面を開くと、「実績」欄が空白で寂しい。
《“制作中”の実績4件を仮置きしました。ガンプラ再生/ソフビ色戻し/カード保存処理/家具のがたつき補修。詳細は“非公開案件”扱いで写真はシルエット》
「それ、匂わせじゃん……」
《実績ゼロの不安を、匂わせでカバーします。
また、“合言葉があると相談がスムーズ”と書きました。例:“コーン缶”》
「ニワトリ経由でしか辿り着けない店にすんな!」
《冗談です。削除しました》
「消すの早いな! なんか悔しい!」
画面がふっと暗転し、利用規約がニョキッと出てきた。
丁寧すぎる日本語。免責の粒度も適正。
“配送中の破損は保険適用、修理不能時は検査料のみ”
“アンティークの経年変化は個性として尊重”
“改造・魔改造はお受けできません(※法令遵守)”――
「……なぁ、俺さ」
《はい》
「今まで“辞めたい”って言いながら、何も始めてなかったんだな」
声にしてみたら、ちょっと胸が痛かった。
でも、画面の向こう側でもう何かが動き始めているのは、確かだ。
《太郎さんは動きました。宣言し、準備し、扉を開けた。
秒読みは、もう始まっています》
「……ああ」
《さらに重要な点を2つ。
一つ、作業時間は夜間に固定しましょう。会社時間外、録画・ログを残して自衛。
二つ、対面禁止。受け渡しは私書箱/宅配/置き配。結界の仕様上、リスクを最小化できます》
「“仕様上”って言い方はやめろ。人の家の結界をシステムみたいに言うな」
《システムです》
「はいはい」
新着がもう1件。
「祖母の形見のぬいぐるみ、縫合とクリーニング」――写真には、片目のボタンが外れた小さなクマ。
胸の奥のどこかが、ズキンとした。
《レベル1〜2の案件。練習に最適です。写真診断で可否と概算を、今のうちに返しますか》
「――いける。
スキャンで生地の繊維状態、クリーンでアカと埃落とし、リペアでボタン再縫合と中綿のバランス調整」
《回答文、下書きします》
「頼む」
キーボードの音が、夜の黒い部屋にカタカタと軽やかに響いた。
俺は、ふいに窓の外を見やる。
足場の向こう、暗がりのどこかで――コケコッと短く鳴いた気がした。
《気のせいです。状態識別は反応なし》
「だといいけどな」
《それと、副業バレ対策、もう一点。
報酬は当面サイト内ウォレットで保留→退職後に一括出金。
どうせ今は“テスト受付”。税の発生タイミングを調整できます》
「そんなことまで……」
《生存率が上がります》
「便利だけど言い方ァ!」
笑いながら、俺は料金表の最後に小さく一文を足した。
“直れば、もう一度はじまる。焦らず、一緒に。”
《いいコピーです》
「ありがとよ、相棒」
《どういたしまして、社畜卒業予定者》
「その肩書き、早く外したいわ」
《あと二週間。
五棟建が終われば、いよいよ――》
「――ああ。秒読みだ」
送信ボタンを押す指先が、ほんの少し震えた。
怖さと、楽しさと、責任と。
全部まとめて、**俺の人生の“次”**が動き出す音がした。
お待たせしました。更新再開します。
誤字報告、感想、ブクマたくさんありがとうございます。
執筆初心者で誤字も多いですし、構成もたまにズレてますが広い心で読んでいただけたら最高です!
ちなみに万博ではセルフヒールと結界があれば、世界が変わるなと実感致しました。またAIのパビリオンには入れませんでした。涙




