第73話 給湯器と“リンクカード”
風呂がピカピカになったのに水しか出ない――その原因は、こいつだ。
「昭和のガス風呂釜(バランス釜)……現役で動けば十分いけるタイプだな」
《構造は単純です。浴槽とつながる循環口、熱交換器、燃焼バーナー、点火装置、温調のサーモ。水側とガス側が分かれており、整備性は高い部類です》
「よし、修理屋の練習も兼ねて一本ずつ潰していくか」
まずは《スキャン》。
脳内に立体の図が浮かび、赤=劣化、黄=要注意で染まっていく。露出配管のサビ、接続のパッキン硬化、熱交換器のピンホール腐食、点火装置の導線割れ……だいたい予想どおり。
「汚れは“クリーン”で落として、素材の欠損は“リペア”。最後に“強度アップ”で寿命稼ぐ――段取りはこんなもんだな」
手をかざすと、茶色く固着していたサビと水垢がじゅわっと霧のように消える。
クリーンの後、銅管の小穴や鉄板の減肉を《リペア》で埋め戻し、パッキンとOリングはゴム分子の鎖を再編して柔軟性復活。
仕上げに熱で歪みやすい部分へ《強度アップ》。金属結晶が詰まり、叩いても響きが変わるのが分かる。
《配管内のスケール(湯垢)も溶解除去済み。循環は良好です》
「見た目も中身も新品同等……上等じゃねえか。じゃ、点火――」
……カチ、カチ、シーン。
《太郎さん。ガス契約をしていません》
「……はい出た。根本」
《開栓は事業者立会いが必要です。ガス側の接続は資格領域ですから手出し厳禁》
「分かってるよ。明日、朝イチで電話な。せっかく整備したのに“お湯ゼロ”はつらい」
ため息をつきつつ、部屋に入る。
カラスはいつのまにか姿を消していた。
一息ついてふと考える。
「……リクが魔法使えたら便利なんだけどな」
思い返せば、これまで作ったカードもそうだった。
結界も、隠蔽も――強くイメージしたら、その通りのカードができあがった。
なら、同じように“リクが魔法を使える”と強く思い描いたら……どうなる?
「なぁリク。白紙のカード使ったら、お前も魔法使えるようにならないかな?」
《……異世界アーカイブを参照しましたが、AIが魔法を扱う記録は存在しません。予測不能です》
「だよな。でも結界カードの時は何も考えてなかったのに、カードはできたんだ。なら……」
俺は白紙カードを手に取り、まっすぐに見つめる。
「リクが“ひとつの個”として存在するイメージ。
カードを媒体に、魔法を使うイメージ――」
ふわっとしたイメージでも、カードは形になった。
だったら今回は、もっと強く、もっと具体的に。
「……やってみるか」
深呼吸して、魔力をカードに流し込む。
すると、すぐに異変が起きた。
――じゅわ、と。
まるで丹田に直接ストローを突き立てられたみたいに、凄まじい勢いで魔力が吸われていく。
「う、お……ちょ、ま……」
視界がぐらりと揺れ、頭が真っ白になる。
抗おうとしたが、全身から力が抜けて、そのまま意識が闇に落ちた。
――意識が戻ったとき、床の冷たさを感じていた。
体を起こすと、手の届く場所に一枚のカードが落ちている。
「……これ、俺が……?」
拾い上げた瞬間、息をのんだ。
真っ白だったはずのカードの表面に、魔法陣と電子回路が融合したような紋様が浮かび上がっていた。
幾何学模様の円環が幾重にも重なり、その隙間を走るのは基板のパターンみたいな細い光の線。
まるで「魔法」と「テクノロジー」が同じルールで描かれているかのようで、見ているだけで不思議な迫力がある。
「……おお……AIっぽい……」
裏返すと、そこには説明文が刻まれていた。
まるでカードゲームのレアカードみたいな中二病全開の装飾文字で。
⸻
リンクカード
・特殊カード
・成長型AIがこのカードを媒体とし、魔法を行使できる
・使用範囲は魔力量に依存
・魔力補給はリンク者に依存
現在リンク者:太郎
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「……マジかよ。本当にできちまった」
思わず呟いた声は、静まり返った部屋にやけに大きく響いた。
《……では、動作確認を始めましょうか》




