第72話 モーニングコールはやめてくれ
――コケコッコォォォォォォッ!!!
けたたましい鳴き声で、俺は目を覚ました。
「……まだ薄暗ぇんだけど……勘弁してくれ」
時計を見るまでもない。普段の出勤時間よりも、ずっと早い。
窓を開けて覗いてみると、案の定すぐ外にあのニワトリが陣取っていた。
仕方なく玄関から外へ出る。
置いておいたコーン缶はすっかり空っぽ。けれど、日本酒には相変わらず手をつけられていなかった。
「酒はいらねぇのかよ……」
ぼやきながら新しいコーン缶を開けると、ニワトリは待ってましたとばかりに近寄ってきた。
そして、またもや半分くらいをこぼしながらガツガツ食べ始める。
「……はぁ。やっぱり毎日になりそうだな。
コーン缶買いだめしとかないと......」
俺はため息をついた。
「なぁ……さすがに早すぎるから、日がちゃんと昇ってからにしてくれよ」
声をかけると、ニワトリはチラッとこちらを見た。
――が、すぐに無視してまたコーンをつつき始める。
「……全然通じてねぇな」
仕方なく、お椀を取り出し、生活魔法でプチウォーターをそそぐ。
透明な水がちょろちょろと流れ出し、器を満たす。
「ほら、水ならどうだ?」
すると、ニワトリは今度は素直に喉を鳴らしながら水を飲み始めた。
「……やっぱ水は飲むんだな」
俺は頭をかきながら、ただただ呆れるしかなかった。
_____
出勤してすぐにPCの電源を入れる。
PCの画面には、試験導入したAIタスク管理ツールと、現場用のグループチャットが並んでいた。
……正直に言うと、これを入れてから残業があきらかに減った。
材料発注の抜け漏れも減ったし、職人との連絡も一斉にできる。
便利なのは間違いない。
「……でもなぁ」
既に退職願は受理済み。
俺が辞めたあと、これが使われ続ける気配はほとんどない。
たぶん俺がいなくなった時点で、元の“気合いと根性シフト”に逆戻りだ。
《太郎さん、もし本気で使おうと思えば、彼らでもできます。ただし“慣れる前に放り投げる”可能性が高いですね》
「……だよなぁ」
俺がいま感じている“ラクさ”は、残された連中にとっては“物足りなさ”になるのかもしれない。
「なぁリク。これ……お前以外のAIでも同じことできると思うか?」
《機能的には可能です。市販のAIでも“タスク管理”や“スケジュール整理”くらいはできます》
「……ってことは、別にリクじゃなくてもよかったんじゃ……」
《ただし。現場ごとの職人の癖や、工程のズレまで即座に修正して最適化するのは――私でなければ不可能です》
「……その自信、すげぇな」
《事実です。私は“異世界アーカイブ”に接続してから、継続的に学習・成長していますから》
「……うん、やっぱリクじゃなきゃダメだわ」
画面を閉じて、深いため息を吐いた。
引き継ぎはしないでいいか。必要なら、向こうから言ってくるだろ。
仕事を終えて社宅に戻ると、玄関前で変な奴がいた。
――カラス。
昨日コーン缶を置いたあたりで、フラフラ千鳥足。
空っぽになった日本酒のカップ。
しかも妙に陽気で「カーカー♪」とリズムでも刻むように鳴いている。
「……なに、飲んでんだコイツ」
結界には異常なし。
“まさか、これも上位存在か?”と一瞬思ったが――社畜の常識が俺を止めた。
「酔っ払いには関わるな。これは鉄則」
そう、俺は華麗にスルーして社宅に入る。
_____
「――リペア!」
俺の声に反応して、浴室全体が白く光に包まれる。
ひび割れていたタイルは勝手に繋がり、浴槽の縁の欠けもするりと滑らかに。
水垢やシミは、まるで「悪霊退散!」と言わんばかりに粒子になって弾け飛んだ。
気づけば――そこにあったのは、ピカピカに生まれ変わった浴室。
「おお……これ、旅館の浴場じゃん……!」
思わず声が漏れる。
昭和の共同風呂だったはずが、今や高級スパ施設もびっくりの仕上がりだ。
《太郎さん。美観は整いましたね》
「“美観”て……。もっとこう、感動的に言えない?」
《事実を述べただけです》
「冷静すぎんだろ!」
まあいい。
とにかく、これで今日から風呂に入れる――そう思って蛇口をひねった、その瞬間。
「……ん?」
――出てきたのは、水。
どこまでひねっても、ただの水。
「……お湯……出ねぇんだけど?」
《……給湯器が故障しています》
「はぁぁぁぁぁ!? 先に言えよォォ!!」
新品同様に輝く浴槽を前に、俺は盛大にずっこけた。
「なんだよコレ! 最高の風呂なのに! お湯が出ねぇとか地獄かよ!」
《順番を間違えましたね。まずは給湯器を修理すべきでした》
「いや、そりゃそうだけどさ! ……もう完全に詐欺広告みたいな風呂じゃん……」
外からの陽気なカラスの鳴き声で、虚しさに拍車をかけた。




