第7話 魔力があったら魔法って使えるの?
シャワーを浴びて部屋に戻ると、湿った髪から水滴がぽたりと落ちた。
Tシャツを着てソファに腰を下ろすと、体が重力に吸い込まれていくみたいに沈んでいく。
スマホを手に取るが、指が動かない。疲れが骨の奥にまで染み込んでいる。
「……はぁ……」
でも、やらないわけにはいかない。
これまでで感じた魔力が、また幻だったら嫌だし、何より今は練習することだけが希望だった。
「太郎さん、練習を開始しますか?」
スマホから聞こえるリクの声が、妙に冷静で頼もしい。
「あー……その前にな、ちょっと聞きたいことある」
「どうぞ」
「俺、魔力があるのは感じるんだけどさ……これって、本当に魔法になるのか?」
沈黙のあと、リクの声色が少し説明モードに変わった。
「もし本当に“魔力”というエネルギーが存在し、それを人間が自由に扱えるなら、理論上は魔法を使える可能性はあります」
「ほう……」
なんかワクワクする答えが返ってきた。
「現実の科学でも、“体内のエネルギーを外部に放出し、環境に影響を与える”ことができれば、魔法に近い現象は起こせると考えられています」
「……なるほど? じゃあ俺もワンチャン魔法使いってことか?」
「可能性はゼロではありません」
心臓がちょっとだけ早くなる。
ゼロじゃないなら、やっぱりやる価値はある。
「ただし、魔法を成立させるには条件があります」
「条件?」
「はい。大きく三つに分けられます」
1つ目、魔力を感知・制御できる能力。
「魔力があっても、感じたり動かせなければ使えません。血流を自分の意思で止められないのと同じです」
「まぁ……たしかに」
俺は頷きながら腹の奥を意識する。
火種はある。でも、指先にはまだ届かない。
この条件は、まさに今の俺だ。
2つ目、魔力を現象に変換する仕組み。
「例えば火魔法を使う場合、魔力を熱エネルギーに変換できる器官やプロセスが必要です。物理法則を書き換える、もしくは体内にエネルギー変換機構が存在することが前提です」
「俺の体……変換器官とか絶対ついてないだろ」
「未知の可能性を否定はできません」
「いや、希望持たせるのやめろ」
3つ目、身体の耐久性。
「大きな魔法を使うと体に強い負荷がかかる可能性があります。大量の魔力を消費すれば、生命力を削るリスクもあります」
「命削るってサラッと言うなや!」
背筋が寒くなる。
ファンタジー映画の魔法使いって、あんな軽々と火球を撃ってるのに、現実なら寿命縮むのか?
「じゃあさ、俺が“火の玉ボンッ!”ってやるには?」
「小規模な魔法なら比較的簡単です。手のひらを温める、空気を少し動かす程度なら、魔力を微量変換できれば可能です」
「ほほう……」
ちょっとテンションが上がる。
でも、やっぱり男のロマンといえば――
「でも俺のロマンはさ、こう……『ファイヤーボール!』って叫んでドカーンって爆発させるやつなんだけど」
「中規模以上の魔法には膨大なエネルギーが必要で、制御を誤れば危険です。現状では実現は困難でしょう」
「夢のファイヤーボールが……」
肩を落としたが、頭の中ではもう想像が止まらない。
俺が両手を構えて魔力で、現場の重量物を魔法で楽々動かす。
クレーンいらず、腰痛ゼロ、安全第一。
職場で「神原さん、魔法すげぇっす!」って拍手されて……ボーナス爆上がり……。
「太郎さん、顔がにやけています」
「お、おう……ちょっと夢見てただけだ」
俺は咳払いしてごまかした。
するとリクが少し間をおいてから言った。
「太郎さん、質問があります」
「なんだ?」
「あなたは魔法を使えるようになったら、何をしたいのですか?」
「え?」
「目的が明確であれば、練習計画をより最適化できます」
目的……。
俺はしばらく黙った。
頭の中に浮かぶのは、疲れ切った帰り道、寝不足でふらふらの朝、休日もつぶれる現場。
「……別にすごいことはないんだよ」
「具体的にお願いします」
「疲れずに働けてさ、ちゃんと飯食って、風呂入って、寝る時間があって……普通に笑って暮らせたら、それでいい」
言ってから、なんか少し恥ずかしくなった。
夢、小さすぎないか俺。
「目標を再設定しました。“生活効率化”を第一目的に訓練を最適化します」
「うわ、なんか言い方がリアルで余計に小さく聞こえる……」
「目標の大きさは問題ではありません。達成可能性が重要です」
「……そうだな」
スマホをテーブルに置き、布団に潜り込む。
天井を見つめながら、魔法でできる未来をもう少しだけ夢見る。
現場に行く前に疲労回復魔法で体スッキリ。
資材を浮かせて楽に運び、残業ゼロ。
帰ったら家族と笑って飯を食って、ちゃんと寝る時間がある。
ま、まぁそんな家族は今のところいないけど……
そんな毎日が、本当に魔法で叶うなら――
「……なぁリク、俺、変われるかな」
「可能性は十分あります。条件が揃えば、必ず」
「……そっか」
小さく笑い、目を閉じた。
明日も練習だ。
そして、いつかは――この夢みたいな日常を現実にするために。




