第69話 危険物排除そして財布の赤点滅
「……作業始めるにしても、やっぱ問題はアスベストだよな」
築古RC造の建物。
この年代の社宅なら、断熱材や吹付材にアスベストが混じってる可能性が高い。
現場監督やってると、いやでも耳に入ってくる話だ。
「下手に削ったら飛んで肺に入って、一生出てこないやつだろ。発がん性って聞くし……怖ぇな」
《正解です。通常は資格を持った業者が、飛散防止のために濡らして剥離、二重袋に密封して産廃処分場へ運びます》
「処理費用がエグいってやつだな。……あれ、マジで解体費より高いって聞いたことあるぞ」
《珍しく正しい知識です》
「おい、“珍しく”ってなんだ」
とはいえ、俺の場合は事情が違う。
壁ごと強化してあるせいで、すでにアスベストは完全に封じ込められている状態。
処理済みといってもいいはずだ。
……だが、それでも気持ち悪い。
残っていると思うと、どうにも落ち着かない。
「なぁリク。これ、ゴミ捨て魔法で根こそぎ取れないか?」
《可能です。スキャンで元の構造体だけを残し、それ以外をゴミ捨て魔法で切り取ればいいだけです》
「マジかよ……袋詰めも処分場もいらねぇのか」
《ただし溜め込み続けると、空間がアスベストで圧迫されます》
「……地味に嫌だな。じゃあ消せる方法は?」
《元は鉱物です。分子構造を再構成すれば“ただの石”に戻せます》
「は? 石綿って……名前の通り石なのか」
《はい。天然のケイ酸塩鉱物を繊維状にして利用したものです。
元に戻せば、ただの岩石や砂利です》
「……だったら変換して庭に撒けばいいな。花壇の下地とかに使えるし」
《ただし太郎さんが強化した石綿ですので、未知の物質に変質している可能性はあります。
しかし無害化は可能と推測されます》
「言い方!」
俺はスキャンで範囲を指定し、ゴミ捨て魔法を発動した。
構造体以外の層を一気に切り取り、魔力空間に収納。
そして切り取った物質を砂利サイズに凝固して排出する。
床に転がったのは、真っ黒な丸砂利。
「……うわ、見た目まで黒いのかよ」
《強化の影響です。ですが危険性はゼロです》
「いやぁ……魔法便利すぎるだろ」
ビニール袋も防護服もいらない。
そこからはひたすら作業の繰り返しだった。
二階、三階、そして一階――。
各部屋を回ってスキャンをかけ、怪しい層をゴミ捨て魔法で片っ端から削り落としていく。
壁、天井、床下。どこもかしこも黒い壁ばかりになったが、余計な層はすべて消えていった。
「……やっぱり各部屋にちょこちょこ仕込まれてたな」
《はい。昭和期の建物では当然です。太郎さんは無料でやっていますが、実際なら撤去費だけで数百万円は下らないでしょう》
「ほんと業者が聞いたら泣くな……」
最後にむき出しの配管周りに取りかかった。
地下のパイプスペースを覗くと、巻き付けられた保温材が黒く固まっている。
元はアスベスト入りの巻き材だろう。
「……これも取っておかないとな」
スキャンで配管本体を残し、周囲の層をゴミ捨て魔法で削除。
不要物が消え去り、むき出しの古びた鉄管が姿を現した。
「……やっぱサビがきてるな。これじゃ不安だ」
《強化すれば解決します》
「よし――強度アップ!」
魔力を流し込むと、鉄管が黒い光に包まれ、表面が硬質化していく。
くすんだ鉄管は重厚に輝く黒いパイプへと変貌した。
「……これで安心だな」
《ええ。防錆性も付与済みです。もはや半永久的に使えるでしょう》
「やっぱ魔法って便利すぎるわ」
こうして社宅の内部からアスベストは完全に消え去り、配管まで強化を終えた。
真っ黒で不気味な空間になったが、少なくとも安全性は最強レベルだ。
「……よし、これで解決」
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「なぁリク。ざっくりでいいから……内装の資材費って、どれくらいかかるんだ?」
《おおよそ2700万円から4000万円です》
「……詰んだ。ここまで手をかけたけど、更地にして売りに出した方がマシじゃねぇか……」
《太郎さん》
リクの声が、妙に落ち着いて響く。
《魔法があれば大丈夫です。まず、結界魔法で温度調整が可能ですので、断熱材は不要です。ただし、火災延焼防止のために不燃材は残した方がいいでしょう》
「……なるほど、それはいるな。」
《さらに床面は、ゴミ捨て魔法で鏡面仕上げにし、ワックスで仕上げればピカピカで黒光りします。高級ホテル顔負けの床になりますね》
「黒光りって……言い方よ」
《壁はクロスを直接貼ると湿気の問題や、糊の接着不良が発生します。そのため石膏ボードが必要です。天井も同様です》
「……結局手間は減らねぇのか」
《ただし、こうした調整を踏まえても、他の雑費を含めて総額1300万円程度で揃います》
計算を聞いた瞬間、俺は天を仰いだ。
「……この家買ってから2000万が一瞬で消えるとか、マジで胃に穴あくわ。おもちゃの売上分しか残らねぇじゃん。これで会社辞めるとか、正気じゃねぇよな……」
思わず弱音が口をついて出る。
数字の重みは、社畜生活で何度も味わってきた“予算オーバー”の現実そのものだった。
《ですが、住環境も確保済みです。残り資金で十分運営可能です》
「……“十分”って、そういう言い方が一番信用ならねぇんだよ」
《太郎さん、社畜を続けるにせよ辞めるにせよ――決めるなら今しかありません。数字はただの数字。動くかどうかは、あなた次第です》
冷静すぎる相棒の声に、心臓を鷲掴みにされた気がした。
資金が減って不安はある。けれど、その声が背中を押す。
「……やるしかねぇか。
明日の朝一で材料屋に電話だな。
リク、リストアップ頼んだぞ」
俺は、残り少ない残高を睨みながら小さく息を吐いた。
作者より。確実にお読みください。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回の話では「資格なしのアスベスト撤去」など、現実世界では完全にアウトな工事について触れました。
これはあくまで物語上の演出であり、作者も主人公も違法行為を推奨する意図は一切ありません。
実際に同じことをすれば、重大な事故につながります。
どうか現実で真似はしないでください。
太郎が無茶をできるのは「魔法」と「フィクション」の世界だからこそ。
読者の皆さまには安心して笑っていただければ嬉しいです!




