第64話 中二病外壁、ただいま絶賛偽装中
配管と配線のリペアを終え、いよいよ壁そのものに取りかかる。
「よし、次は壁の補修だな」
俺は手のひらを押し当て、魔力を流し込む。
クリーンで埃とカビを吹き飛ばし、リペアで細かいひびを繕い、最後に――強度アップ。
じわじわと広がる黒い光。
気がつけば、壁一面が墨を塗りたくったみたいな漆黒に染まっていた。
「……おいおいおい。地下だけじゃなくて、地上階まで真っ黒って。わかってたけど......これ絶対ヤバいやつだろ!」
俺は頭を抱えた。
このまま全ての壁を補強したら、建物丸ごと黒塗りの館になる未来が見えてしまう。
「……まさか外から見ても黒くなってたりしないよな?」
不安になり、玄関を開けて外へ出る。
恐る恐る外壁を見上げると――
……真っ黒。
「ぎゃああああああ!!」
思わずその場にへたり込む。
壁一面、禍々しいほどの黒光り。
誰がどう見ても“中二病全開の怪しい建物”だ。
『太郎さん、落ち着いてください。現在は足場とシートで完全に覆われており、外部からは内部の壁面は見えません。』
「……つまり、外からはバレてない?」
『はい。ただし足場を撤去すれば、この黒塗り外壁が露出します』
俺は頭を抱えながら、黒い館を見上げた。
これじゃあ、せっかくのリノベ計画が―― 完全にヤのつく人たちのフロント企業ビル にしか見えない未来が待っている。
「……シート外せねぇじゃん。これ、外から見られたら絶対ヤバいやつだぞ」
『足場を撤去すれば、目立つのは避けられません。隠蔽カードの設定を切り替えるのが妥当です』
「え? 設定切り替え? ……そんな機能、あったっけ?」
『太郎さん、カードを作ったのはあなたです』
「え、えーっと……作ったのは作ったけど、細かい機能まで全部試したわけじゃなくてだな……」
『つまり、仕様書を作った本人が仕様を理解していない、と』
「うっ……耳が痛ぇ……!」
慌てて隠蔽カードに魔力を流し込むと、黒光りしていた外壁がぐにゃりと揺らぎ、元の「ボロ社宅」に見えるように切り替わった。
「おおっ! 戻った! 俺の怪しい秘密結社ビルが、ただの古びた建物に!」
本当は足場とシートでぐるぐる巻きなんだけど――隠蔽カードの力で、外からは“前からある古社宅”にしか見えない。
ちょうどその時、突き当たりの道を通りすがった軽トラのおっちゃんがちらっとこっちを見た。
「……あれ、まだ取り壊してなかったんだな」
そのまま走り去っていった。
「セーフ! 見事にスルー! 視線誘導ばんざい!」
『人通りは車中心で限定的ですし、そもそも突き当たりなので滅多に来ません。リスクはほとんどありませんよ』
「でも! 町内会の回覧板とか来たらアウトだろ! “あそこのお宅、黒光りしてました”なんて噂になったら即終了だぞ!」
『そこまで心配するなら、カードの設置場所を決めましょう』
「設置場所?」
『はい。常時発動させるなら、敷地の固定位置に置いたほうが効率的です』
「なるほど……でもどこに置く? リビングの机? 床下? 冷蔵庫の上?」
『冷蔵庫の上に置くのもやめてください。電磁波の影響で発動が不安定になります』
「それ冷蔵庫が勝手にワープゲート開いたらどうすんだよ!」
「……よし決めた。額縁に入れて、リビングができたら飾ろう」
カードを手にしながら、俺は未来のリビングを想像する。
壁にドンと飾られた額縁――その中に結界カード、隠蔽カードが収まっている。
……うん、ちょっと怪しいけど、毎日目に入れば魔力補充も忘れないだろ。
『額縁代、追加ですね』
「うっ……また費用がかさむのか」
リノベ費用のメモに“額縁 数千円”と書き込む。
微々たる額なのに、地味に財布に効いてくる。
「で……カードの件だけど、ずっと後回しにしてたよな」
俺は改めて残りの白紙カードを取り出す。
――あと三枚。
「結界と隠蔽はもう作ったし……残り三枚。
何かあった時の保険で“ヒール”を作っとくべきじゃないか?」
『良案です。建材や配管はリペアで直せても、人間の体は修復できませんからね』
「だよなぁ。ケガしてリノベ中止とか、一番もったいないし……」
俺はカードを見つめ、ふぅと息を吐いた。
リノベだけじゃなく、身を守る備えも必要。
“社畜強化”じゃなく、“おっさん防御力”を上げるために。
俺はそう実感するのだった。
……まあ明日も会社で残業なんだけどな!
ヒールカード? 最初に使う相手?
きっと自分だわ。




