第60話 不良債権、ようやくスタートライン
土曜の朝。
まだ寝ぼけ眼のまま外に出ると、敷地前に一台のワンボックスカーが停まっていた。
「おはようございますッ! 東京から車でぶっ飛ばしてきました!」
降りてきたのはスーツ姿……だけど、目が異様にギラついている。名刺交換を済ませた瞬間、その目は社宅の中を見て輝いた。
(……いやほんとに来たんだ。普通、徹夜で来てテンションMAXってある?)
『太郎さん、相手の波動は興奮の極致です。まるで獲物を見つけた猛獣ですね』
「リク、そういうこと言うと本当に食べられそうに聞こえるからやめろ!」
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玄関を開けると、すぐに段ボールの山が視界をふさぐ。
天井近くまで積み上がった箱の列に、業者の目が点になった。
「こ、これは……!!!」
足早に一つの段ボールへ近づき、ガムテープをカッターで丁寧に切る。
出てきたのは未開封のガンプラ。さらに別の箱には初期カードBOX。
奥の方からは絶版ソフビ人形が顔を覗かせていた。
「……これ、全部まとめてですか?」
「え、ええ。ゴミだと思ってたんですけど……」
口にしてから、自分で自分にツッコミたくなる。
どこからどう見ても「宝の山」だ。
『これはゴミではありません。太郎さんの残業代50年分に相当します』
「例えが社畜すぎるわ!!」
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業者は膝をついて段ボールに顔を突っ込み、次々と中身を取り出していく。
「未開封……! しかも状態が……信じられない。まるで昨日工場から出荷されたみたいだ……!」
手袋をつけ、初期カードBOXを慎重に持ち上げ、光にかざして検品する。
その顔は完全に職人のそれだった。
「……保存状態が良すぎます。正直……偽物じゃないですよね?」
「えっ」
思わず変な声が出る。
(ち、違うんだ……魔法でピカピカにしただけなんだ……!)
『ご安心ください。正規品です。未開封であることも確認済みです』
(安心できるか! 俺の心臓が止まるわ! てか業者に言ってくれないと意味ないんだよ!)
「い、いや……倉庫に眠ってただけなんで……たぶん本物です……」
業者はカードBOXをそっと机に置き、電卓を取り出した。
パチパチと叩く指の速さは、もはや早送り。
「……これは……うん、これは……!」
「な、なんですかその含み笑い」
太郎は思わず半歩引く。
目の前の男は電卓を叩きながら、今にもよだれを垂らしそうな顔をしていた。
『太郎さん、獲物を前にした猛獣という比喩を撤回します』
「撤回?じゃあ何に変えるんだよ」
『今はまるで“宝を前にした亡者”です』
「怖っ!?」
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業者はついに電卓を置き、深呼吸して口を開いた。
「……オークションに出せば、総額で六百万から七百万はいきます」
「ろ、六百万……!?」
太郎の喉が詰まる。
ゴミだと思ってたものが、マンションの頭金レベルの額を叩き出すなんて誰が信じるだろうか。
「ただし、鑑定や出品の手続き、発送、保管、全部こちらで請け負います。その場合、手数料として三割をいただきます。残り七割があなたの取り分です」
「……ってことは……」
思わず頭の中で暗算する。
「……俺の取り分は……四百万以上……?」
「はい、最低でもそのくらいには」
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太郎はその場で固まった。
脳内に浮かんだのは、残業代の計算。
(……え、ちょっと待って?四百万って……残業代に換算したら何ヶ月分? いや何年分!?)
『太郎さん、これでリノベーション資金の心配もなくなりますね』
「いや、いやいやいや! ゴミがいきなり一財産って、逆に怖いだろ!」
業者はすでに段ボールをトラックへ運び出す算段をしていた。
完全に「金の匂いしかしない顔」になっている。
(……本当に、宝の山だったのか……)
浮かれる気持ちと同時に、太郎の背筋にひやりとしたものが走った。
『太郎さん。呪物の混入がないことを祈りましょう』
「やめろ、そういう不吉なこと言うの!」
業者が去り、社宅の中に静けさが戻った。
ドアを閉めて振り返ると、まだ残っている段ボールやガラクタの山が目に飛び込んでくる。
「……いや、メインは売ったけどさ。結局、こいつらどうすんだよ」
ひとりごちて、結局また汗をかくハメになった。
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自家用車の後部座席を目いっぱい倒し、段ボールを無理やり押し込む。
ミラーを見ると、視界がほとんど埋まっている。
「……ギリギリセーフ。いや、アウトか? まぁ、捕まらなきゃセーフだろ」
『太郎さん、それは社畜的発想です』
「黙ってろ!」
車を走らせ、例のリサイクルショップへ。
荷物を下ろした瞬間、店員の目が丸くなる。
「あ、あの……また来たんですか!?」
「え、えぇ……残業の副産物というか……」
苦笑いしつつ査定を待つ。
返ってきた金額は――トータルで 2万3千円。
「……うん、思ったより安いな」
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帰宅後は、オークション用の仕分け作業。
出し惜しみされて残った半端な品々を並べ、スマホで写真を撮っていく。
「なぁリク、こんなの本当に売れるのか?」
『光量を調整してください。あと背景は白に統一を。角度は斜め四十五度が最適です』
「なんで俺、AIにネット出品の指導されてんの……」
ぶつぶつ言いながらもシャッターを切る。気づけば机の上はプロの通販サイトみたいに整っていた。
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深夜。
すべての仕分けを終え、片付いた部屋を見渡す。
「……やっと片付いたな」
『残置物処理、完了です』
リクの報告に、思わず笑みがこぼれた。
「片付けだけでこんなにかかるとは...
やっと改築に取り掛かれるな」




