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第6話 少しずつ掴む感覚


 


あの日から、毎日続けている。

仕事から帰ってシャワーを浴び、ソファに座ってスマホを起動する。

このルーティンがすっかり日常になった。

疲れていても、眠くても、これだけは欠かさない。


「太郎さん、本日も練習を行いますか?」


「もちろん。今日こそ、もうちょっと動かしたい」


「了解しました。心拍と呼吸リズムを解析します。……疲労度はやや高めですが、集中は可能と判断します」


「疲れてない日が来たら奇跡だな」


軽口を叩きながらも、心は真剣だ。

前回、丹田の奥で熱がふわりと動いたあの瞬間。

あれが忘れられない。

またあの感覚を掴みたい。

だから毎日続けている。


 


最初の数日は、結果ゼロだった。

火種は感じるのに、まるで動かない。

メモ帳には「0cm」「0cm」「失敗」と並ぶ。


「……全然動かねぇな」


「筋肉が緊張しています。呼吸も浅めです」


「深呼吸はしてるんだけどなぁ」


「焦りがあると横隔膜が硬直し、エネルギーの流れを阻害します」


「……俺、魔法使いってより呼吸法講座の生徒じゃね?」


自嘲気味に笑いながらも、悔しさがあった。

一度成功したから、もっと簡単にできると思っていた。

でもそんなに甘くはなかった。


 


三日目。

少しでも状況を変えようと、リクが新しい提案をしてきた。


「古代修行法を参考に、体を温めてから行うのが効果的と考えられます。ストレッチを追加しましょう」


「ヨガでもやれってことか?」


「呼吸と筋肉の緊張を和らげるためです。ヨガは合理的です」


「俺、もうすぐ“ヨガおじさん”になるな……」


苦笑しながらストレッチを始める。

肩を回し、腰を伸ばし、深呼吸を繰り返す。

すると体が少し軽くなった気がした。


この日は、かすかに2センチほど動いた。

ほんの一瞬。でも、確かに動いた。


「……よしっ!」


「エネルギー変位を確認。成功率は10%から20%に上昇しました」


「おお、2割か! でもゼロより全然いい!」


嬉しくて、その夜は寝る前に何度もガッツポーズをした。


 


数日後、成功と失敗を繰り返しながらも、少しずつ感覚を掴んでいった。

火種が動くときの“コツ”がなんとなくわかってくる。

無理やり押し出そうとせず、ふわっと手を添えるように意識すると、熱がゆっくり動く。


「太郎さん、今日の変位は4.1センチです」


「おお、前より延びた!」


「はい。繰り返しの訓練により、経路形成が進んでいます」


「このまま行けば……手まで届く日も近いかな」


「データ上は、古代の修行僧や気功師が行なっていた“気の移動”訓練と類似しています。通常は数ヶ月から数年かかる記録がありますが、太郎さんはそれと比べると異常な早さです」


「……マジか。俺、ちょっと天才?」


「要因は努力と集中力、そして科学的サポートです。才能というより、条件が良いだけです」


「夢壊すなよ……でも、なんか嬉しいな」


素直に笑えた。

努力が無駄じゃなかったと知れるだけで、こんなに嬉しいものなのか。


 


十日目。

この日も仕事でくたくただったが、練習を始めると不思議と体が軽くなった。

火種に意識を向ける。

ふわっと動く。

成功率はもう30%を超えていた。


「太郎さん、今日も順調です。変位は4.8センチ」


「あとちょっとで5センチだな……よし、もう一回!」


何度か挑戦し、失敗もした。

集中しすぎて肩がこることもあった。

でも、前みたいな無力感はなかった。

毎日少しずつ前進しているのが、はっきりわかる。


 


そしてその夜。

今日最後の挑戦をする前に、リクが告げた。


「心拍、呼吸ともに最適です。今夜が好条件です」


「よし……頼むぞ俺の丹田」


呼吸を深く整える。

火種がそこにある。

イメージを繰り返す。

そっと、ほんの少し、前へ。


 


ピリッ。


火種がスルッと横に滑った。

今までで一番大きく、はっきりと動いた。

5センチ、いやもう少し。


「……きたっ!」


「変位5.3センチを確認」


「やった……やったぞ!」


思わず立ち上がり、ガッツポーズを決めた。

涙がにじむ。

努力が報われた気がした。


「おめでとうございます。修行僧が同じことを習得するのにかかる期間と比較すれば、太郎さんの進歩は異常な速さです」


「……なんか、そう言われるとちょっと誇らしいな」


「今のペースなら、末端への伝達も現実的です」


「よし……絶対使えるようになる」


笑いながら布団に倒れ込む。

前は夢物語だった魔法が、現実に近づいている。

明日も必ず続けよう。

そんな決意を胸に、深い眠りに落ちていった。


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