第58話 社畜、ゴミ捨て魔法を覚える
朝一で業者に電話を入れると、思いがけず返事は軽かった。
「今日ちょうど空いてるんで、夕方には足場と目張りやっときますよ。バッカンも置いておきますね」
段取りの良さに、太郎は思わず「助かるなぁ」と声を漏らす。
もっとも、その日の仕事は書類整理が山のように残っていて、結局会社を出られたのは夜八時を過ぎていた。ようやく社宅へたどり着いた太郎の目に飛び込んできたのは、組まれた足場と目張りの養生シート、そして駐車スペースに鎮座する大きなバッカンだった。
「おお……もう出来てる」
段取りだけでなく実行力まで抜群な業者に感心しつつ、売家で手に入れたランタンを取り出す。灯りをともすと、ぼんやりとした暖色が夜の社宅を照らし出した。
そして、建物全体に結界と隠蔽を施す。これで外からは中の様子が見えず、魔法をいくら使っても大丈夫だ。
「さて――思い切ってやるか」
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実際に仕分けを始めてみると、二階や三階からゴミを抱えて一階まで運び下ろすのが、想像以上に重労働だと気づかされる。
「……これ、魔法使ってなかったら筋トレどころの話じゃないな」
そうぼやきながら階段を降りる太郎に、リクが口を開いた。
「太郎さん、効率を上げるなら空間魔法の応用です。対象を“ゴミ”と強く認識し、別次元の収納空間に送るイメージをしてください」
「別次元?」
「はい。科学的に申せば、量子レベルで切り分けられた副次空間とでも……。そこに不要物を格納するんです」
「……なんかよくわからんけど、要は“ゴミ箱ポケット次元”だな」
試しに段ボールをイメージしてみると、ふっと消えて視界から消えた。
「おお! ……って、うわぁ!?」
次の瞬間、太郎の背後の壁が一部ごっそり消え失せた。
「おいおいおい! 壁持ってっちゃったよ!」
「魔力出力が過剰です。精密操作を意識してください」
青ざめる太郎をよそに、リクは冷静だった。
「ですが、壁を抜くリノベーション作業には応用可能ですね」
「……便利なんだか怖いんだか」
さらに練習を重ねるうちに、リクが補足する。
「空間内で“分解して資源化する”と強くイメージすれば、リノベーションの材料として活用できる可能性もあります。ただし――」
「ただし?」
「分解が難しいものは残ります。その場合は普通にバッカンへ捨ててください」
そうしてしばらく使っていると――。
「……あれ、入らなくなった?」
『容量がいっぱいです』
「ちっ、結局捨てに行かにゃならんのか」
バッカンにゴミを放り込みながら、太郎は苦笑いした。
「よし、この魔法は――“ゴミ捨て魔法”だ!」
その妙に庶民的な命名に、リクは無言で頷いた。
週の半ば、水曜から木曜にかけて、太郎は残置物の仕分けを再開していた。
二階は相変わらず玩具の山だが、三階に上がると様子が少し違った。そこには古びた椅子や長年使われたであろう机、時代を感じさせる洋箪笥まで置かれていたのだ。
「……こっちは生活感あるな」
埃を払いながら、太郎は分類のリストにチェックを入れていく。
家具や家電は「リサイクルショップ」へ。壊れているものや傷みが激しいものは「ゴミ」。
夜な夜なリクと一緒に箱を開けては、玩具、家具、雑貨……と仕分けを繰り返していった。
すべてが終わったのは、木曜の夜。
「……ふぅ、やっと全部分け終わったか」
『お疲れ様です、太郎さん』
肩の荷が下りると同時に、まだ山のように残る“修繕待ち”の物品を見て、太郎は深くため息をついた。
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金曜の夜。
太郎は再び魔法を起動させる。
――リペア。
かつて売家を改装した時に酷使したおかげで、魔法の精度は大幅に上がっていた。ひび割れた家具の表面は瞬く間に元の艶を取り戻し、欠けた陶器も継ぎ目なく繋がる。
「おお……すげぇ、前より速い」
ほとんどのものが、太郎の手にかかれば数秒で修復できた。
ただ、玩具関係は数が膨大だ。
「なぁリク、直すのは魔法だからいいけどさ……。
オークションに出すとか、そういう後の手続きに時間取られすぎないか?」
『はい。効率を考えれば、玩具専門店に一括依頼する方が得策です』
その助言に従い、太郎は即座に電話をかけた。
すると相手の反応は――予想以上だった。
「えっ!? 明日すぐに伺ってもよろしいですか!?」
ほとんど食い気味の勢いで、返事が返ってきたのである。
「えっ、そんな急ぎで?」
『……相手、かなり乗り気ですね』
「だな……」
しかも「東京を今から出発すれば、明日の朝一で到着できます」とまで言われてしまい、太郎は苦笑いしながら了承した。
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明日には専門の業者が来る。そうなれば、今夜中にやるべきことはひとつだ。
「よし、全部にクリーンとリペアをかけとくか!」
未開封のカードBOXには魔法のスキャンを使い、内部にまでクリーンとリペアを行き渡らせる。
ミニ四駆のパーツはひとつ残らず光を帯びて新品同様に蘇り、古びたソフビ人形もひび割れを消して艶やかさを取り戻していった。
太郎は額の汗をぬぐいながら、まるで子供のような顔で作業を続けた。
太郎はスキャンを終え、ひと息ついた。
「ふぅ……これで、やっと落ち着いたかな」
だが次の瞬間――。
スキャンの反応が、微かにざらついた。
胸の奥を撫でるような、冷たく嫌な感覚。
「……っ」
思わず背筋が伸びる。
『警告。今の波長……以前の“ランタン”に酷似しています』
太郎は無意識にランタンのことを思い出し、唇を噛んだ。
「……また、あの手のやつか」
今回の「ゴミ捨て魔法」は、読者の ふりかけご飯(田楽)さん からのご提案をきっかけに誕生しました!
実際に書いてみたら、太郎の社畜ライフにもピッタリで……めちゃくちゃ便利そうな魔法になりましたね(笑)
アイデアをくださったふりかけご飯(田楽)さん、本当にありがとうございます!✨
こうして一緒に世界を広げてもらえるのがとても嬉しいです。




