第57話 おもちゃは金塊?!
俺が段ボールを前に「二束三文だろうな……」と肩を落としていると、リクが静かに口を開いた。
『ご安心ください、太郎さん。これは“プレミア市場”です』
「……プレミア?」
聞き慣れた単語に思わず顔を上げる。
『例えば、こちらの未開封プラモデル。生産終了から数十年が経っています。状態が良ければ数万円から、限定品なら数十万の価値がつくこともあります』
「数十万……プラモデルひと箱で!?」
俺は手元の段ボールを見直す。中には同じような箱がいくつも詰まっている。
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『そしてこちら。初期版カードゲームの未開封BOX。現在はコレクター市場で非常に高額取引されています。場合によっては一箱で中古車一台分の価格になることもあります』
「……う、嘘だろ……俺が子供の頃、駄菓子屋でちまちま買ってたカードだぞ?」
懐かしさが一気に現実離れした数字に変わっていく。
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『さらにこのソフビ人形。絶版モデルで、特定のマニアからは博物館級の扱いを受けるものです。コレクター同士の競り合いになれば、価格は青天井です』
「……ゴミじゃなくて、宝の山ってことか……」
俺は目の前の埃だらけの段ボールを見つめ、言葉を失った。
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『ただし、注意点があります。これらをネットオークションにそのまま流すのは愚策です。相場を知らない素人は安値で手放す危険があります。むしろ、専門のオークションハウスに委託すべきです』
「オークションハウス……そんな選択肢があるのか」
俺の頭の中で、さっきまで「産廃処理費用」で埋め尽くされていた計算が、一気にプラスの数字に跳ね上がっていく。
「……まさか、本当に元を取れるどころか、儲かる可能性まであるなんてな……」
太郎はリクの解説を聞きながら、次々と段ボールを開けていった。
ガンプラの未開封BOX、カードゲームの初期版、ソフビ人形……。
「……本当に、宝の山だな」
思わず口元が緩む。
残業続きで疲れ切っていた心が、久しぶりに子供のころのような高揚感で満たされていく。
「ははっ……やばい、笑っちゃうくらいテンション上がってきたぞ!」
太郎は子供のように笑いながら段ボールを抱えた。
けれど、ふと現実的な考えが頭をよぎる。
「……いや待て。これ、本当に売ろうとしたら……全部の在庫をクリーンで綺麗にして、傷んでるとこはリペアで直して……って、ひとつずつやる必要があるんだよな」
段ボールの山を見渡し、思わず肩を落とす。
「……で、それをどうやって売るのか全然わからん……」
宝の山を前にワクワクと不安が入り混じり、太郎は額をかいた。
その横で、リクがすっと声を落とす。
『ご安心を。すでに売買プランを用意しています』
「クリーン、リペアは俺がかけて……あとは業者に任せるのが得策か」
呟きながら段ボールを軽く撫で、埃やカビを一掃していく。パッケージの色が鮮やかによみがえるのを見るたびに、少しだけ気分が上向く。
その横で、リクが冷静に指示を出した。
『では先に残置物が他にもあるので先に分類を始めましょう。大まかに四つです。――玩具関係、ネットオークション行き、リサイクルショップ行き、そしてゴミ』
「おお、わかりやすいな」
『太郎さんはクリーンをかけていくだけで十分です。仕分けは私が担当します』
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それからの作業は地獄だった。
ガンプラ、カード、ソフビ……未開封のものは一旦“玩具関係”へ。
開封済みや微妙なものは“ネットオークション出品”。
明らかに安物で価値がなさそうなものは“リサイクルショップ”。
そして――文字通りただのゴミ。
『分類完了。次の段ボールをお願いします』
「……はぁ……」
段ボールをひとつ空けるたび、リクの無機質な声が響く。
だが、山は減るどころか果てしなく続いているように思えた。
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時計を見れば、すでに深夜。
仕分けは終わる気配を見せず、しかも“ゴミ”に分類される山も相当な量に膨れ上がっていた。
「……これ、どうすりゃいいんだろうな……」
積み上がる“不要品”の山を前に、思わずため息をつく。
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『明日は業者に電話しましょう。まずは足場を組み、建物全体を目張りしてもらう必要があります。ゴミ処分用のバッカンも設置を依頼してください』
「なるほど……じゃあ、とりあえずゴミはそこにまとめる感じか」
『はい。おもちゃ類は仕分けがすべて終わってからの搬出が効率的です』
「……先が長いな」
太郎は積み上がったゴミの山を見上げて、大きくため息をついた。
明日は業者に連絡して、足場を組み、目張りをしてもらい、バッカンを設置――。
「……っていうか、もう“ゴミ捨て魔法”でも作るか」
ぼやいた言葉が社宅に虚しく響く。
リクの冷静な声がすぐに返ってきた。
『それは確実に需要がありますね』
「需要があるのは俺の労働時間だよ!」




