第55話 定時帰りという異世界
先週一週間。
残業ラッシュで、俺の心はボロ雑巾みたいになっていた。
魔法で肉体は回復できても、精神はごまかせない。
「……さすがに、これ以上は無理だな」
車で出勤中に小さくつぶやくと、リクの声が響いた。
『社畜度、限界突破です。残業時間、健康ラインを大幅に超過。改善しないとヒールでも治せなくなりますよ』
「倒れる前に、何とかしたいんだよ……。なぁリク、残業減らす方法ってないのか?」
『簡単です。私に現場全体のタスク管理を任せてください。太郎さんは最終判断だけすればいいのです』
「……リクに任せる?」
『はい。さらにグループチャットを作りましょう。報告・連絡・相談はそこで即時対応。簡単な承認ならすぐに済みます』
なるほど。
それだけでも、会議の時間や書類回しは大幅に減るはずだ。
「……よし。社長に相談してみるか」
朝一の朝礼後、
「社長、ちょっとご相談があるんですが」
「ん?なんだ太郎。まさか三徹もできなくなったってわけじゃないだろうな!」
「いや、そうじゃなくて。効率を上げるために、AIに現場のタスク管理を任せてみたいんです。最終判断は僕がします」
「AI?なんだそれ、よくわかんねぇが……」
社長は豪快に笑った。
「面白そうじゃねぇか!やってみろ!現場は現場で考えて動くのが一番だ!」
(……絶対わかってないな、この人)
『理解度、ゼロパーセントです』
「……まぁ、許可が出たからいいか」
月曜朝一からのアパート五棟同時進行の現場会議。いつもなら資料の山と長い議題にうんざりする時間だが――今日は違う。
「えー……今日は新しい取り組みについて話があります」
会議室に集まった監督や職人たちの視線が、一斉に俺に向けられる。
心臓がドクンと鳴った。
「今回、社長から許可をもらい試験的に現場全体のタスク管理をAIに任せます。作業の優先度や進捗はAIが提示し、最終判断は僕がします」
ざわ……と空気が揺れる。
「……AIって、あの喋るやつですか?」
「パソコンに仕事任せて大丈夫かよ」
「俺ら、ロボットに使われるわけ?」
不安と戸惑いが混ざった声があちこちから上がる。
『落ち着いてください。私はロボットではありません。
皆さん初めまして、生成AIのリクです』
リクの声がスピーカーから軽やかに響いた瞬間、会議室が一瞬静まり返った。
「……先生?」
「いや、先生は違うだろ」
くすくす笑いが広がる。
俺は咳払いして、もうひとつの提案を出した。
「あと、グループチャットを作ります。報告・連絡・相談はそこで随時。簡単な承認なら即時対応します」
「へぇ、わざわざ会議で待たなくてもいいのか?」
「紙にハンコもらいに行かなくていいってこと?」
少しずつ、職人たちの目に光が戻る。
「もちろん、従来通り僕が最終判断をします。皆さんの意見を無視するわけじゃありません。ただ、無駄な時間を減らしたいんです」
しばし沈黙。
やがてベテラン監督の一人が口を開いた。
「……まぁ、太郎くんが責任持つなら、試してみてもいいんじゃないか?」
その言葉を皮切りに、反対の声はすっと引いていった。
『成否はこれからですが、確率的には残業時間が30%削減される見込みです』
「……本当に頼むぞ、リク」
それから、試験的に「AIタスク管理」と「グループチャット」が始まった。
正直、最初はみんな半信半疑だった。
監督の一人がチャットに「資材搬入のトラックが渋滞で遅れます」と送信。
すぐにリクがレスポンスを返す。
『了解しました。大工班の作業を後ろ倒しにし、先に電気工事を進めましょう。太郎さん、承認しますか?』
「……ああ、それでいい」
ポン、とチャットに「承認済み」の文字が表示される。
会議で待って判子を押すような時間はゼロ。
「え、もう決裁下りたの?」
「早っ! これなら現場止まらないな」
監督たちの顔に驚きが広がる。
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別の班からもチャットが飛んだ。
「資材置き場、もういっぱいで次の荷物が置けません」
『倉庫Bを空ける手順を提示しました。優先度の低い資材を移動してください』
「おお……順番まで考えてくれてるのか」
若手の職人が感心してスマホを覗き込んだ。
「太郎さん、これ、今までの“現場あるあるトラブル会議”が要らなくなるんじゃ?」
「……ああ、俺もそう思ってる」
⸻
その日の夕方。
いつもなら「今日の進捗確認」と称してダラダラ2時間はかかる会議が、チャットでほぼ完結していた。
「……え、もう解散ですか?」
「いつもなら今からが本番なのに……」
職人たちがぽかんとしながら時計を見る。
針はまだ午後六時前。
「……今日は、もう帰っていいぞ」
俺がそう言うと、会議室がざわめいた。
「マジか!?」
「まだ明るい時間に帰れるなんて何年ぶりだ……」
「ちょっと信じられねぇ」
笑顔と驚きが入り混じった声が、そこかしこから上がる。
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俺も心の中で小さくつぶやいた。
(……本当に、こんなに早く帰れるんだ)
時計を見る。
まだ空には夕焼けが残っている。
魔法で回復させなくても、今日くらいはぐっすり眠れるかもしれない。
『残業時間削減、第一段階成功です』
「……ありがとう、リク」
胸の奥にじんわり温かさが広がった。
本日も読んでいただきありがとうございます!
実は今回の「AI導入で残業削減」の流れ、読者のサバンナ様からいただいた感想を読んで「これだ!」と思い、早速取り入れさせていただきました。
社畜あるあるに偏りすぎないように……というアドバイス、とても参考になりました。
こうしていただいた意見を物語に反映できるのは、書いている自分にとってもすごく楽しいです。




