第50話 社畜卒業? 想定外の数字
田野さんが来るまでの時間、俺とリクは「どうやって完成までの早さを説明するか会議」をしていた。
『案1:突如目覚めた天才DIY職人設定』
「……いや、そんなもん信じられるか。急に手先が器用になった人間、絶対裏があると思われるだろ」
『案2:親戚一同を総動員』
「うち親戚少ないし、来てたら近所にバレるわ」
『案3:古の技術“倍速作業法”を会得』
「それもう魔法だろ! 余計怪しいわ!」
『案4:特殊な青汁を飲んだら超人化』
「お前、健康食品のステマみたいなこと言うな!」
ひとしきりギャグみたいな案を潰していった結果、最も無難な答えにたどり着く。
「……DIY以外は業者に頼んだってことにしよう。実際、水回り工事や外構は業者入ってたし」
『合理的ですね。しかも契約書や領収書も存在しますから、突っ込まれても問題なしです』
「そうそう。電気・水回りはプロに任せました〜、でいける」
これで最低限の疑いはかわしつつ、魔法全開でやった部分は闇に葬れる。
昼すぎ。玄関チャイムが鳴った。
「どうも〜、お久しぶりです。……と言っても1ヶ月ぶりくらいだけどね」
田野さんは相変わらず明るい笑顔で現れ、早速玄関から中へ足を踏み入れる。
「……あれ? 太郎さん、これ……建て替えたの?」
「い、いやいや、建て替えてないですよ。ほら、最初にお話ししたとおり、リノベーションで……」
「だよね? でもこれ、ほぼ新築みたいだよ?」
ぎくっ。
「……あー、まぁ、壁や床は自分でやったんですけど、時間がかかるところは業者さんにお願いしまして」
「ほぉ〜、なるほど。電気とか水回りの工事なんかは確かにプロじゃないと無理だよね」
田野さんはさらっと納得し、探るような追及はしてこない。
(……助かった)
「まぁ、ちょっと早過ぎる気もするけど。こんな物件仲介させてもらえるだけで、うちは売上かなり上がるからいいんだけど」
『現実的でありがたい対応ですね』
リクの淡々とした感想を無視し、俺は胸をなで下ろす。
「では、早速だけど内覧させていただきますかね」
こうして、プロの目で家の隅々まで見られる内覧会が始まった――。
田野さんはメジャーを片手に、リビングから順に見て回る。
コンセントの位置や窓の開き具合まで細かく確認していくあたり、さすがプロだ。
「……床、すごくいいですね。隙間も段差もない」
「ありがとうございます」
『実際はセルフヒールで筋肉疲労を飛ばし、魔法で微調整しています』
(黙っとけ!)
「水回りも新品同様ですね。……あ、いや、新品ですよねこれ」
「ええ、ここは業者さんに」
「やっぱり。今風のキッチンにしとかないと嫌う人多いんだよね」
そんな感じで、終始スムーズに進む内覧。
壁、床、窓、天井、庭……ほぼ全域を確認された。
細かく聞かれるたびに少し冷や汗をかくが、なんとか乗り切れた。
「さて……」
玄関で靴を履きながら、田野さんが手帳を開く。
「売り出し額は……そうですね、3980万でいきましょう」
「……え、なんて?」
「想定売却額は3800万くらいで見ています」
「えっ……これ、リノベーションですよ?」
つい素で聞き返してしまう。
「いや、ほぼ新築みたいになってるし、立地的にこの地域の新築は4500万ぐらいするんだよ。このクオリティならこの値段でもすぐ売れると思うよ」
「……すぐ売れる……」
『太郎さん、耳から魔力が漏れそうなくらい動揺してます』
たしかに、俺の中では「頑張ったリノベーション物件」くらいの感覚だった。
でも、魔法全開の結果は、プロ目線でほぼ新築評価――。
「……あ、はい。業者さんが頑張ってくれたおかげです」
田野さんはニヤリと笑った。
内覧が終わり、田野さんの車が走り去る。
静けさが戻った玄関で、俺はしばらく立ち尽くしていた。
『計算完了。売却予想額3,800万円、総費用約450万円……差し引き純利益は――およそ3,350万円です。総費用の内訳は必要ですか?』
「……一応、聞いとく」
『売家購入:100万円、工具・材料:60万円、業者工事(水回り・電気):245万円、照明器具:5万円、エアコン:15万円、庭の材料費:20万円です』
「……なんか、俺の労力だけタダみたいじゃない?」
『はい、労働力と魔法力は“非課税資産”扱いです』
「いや資産じゃなくて俺だぞ!?」
『さらにここから仲介手数料と税金を反映します。仲介手数料は(売却額×3%+6万円)×10%消費税=132万円。課税対象は 3,800万 −(450万+132万)=3,218万円、短期譲渡税率39.63%で約1,275万円。――最終手取りは約1,943万円です』
「……二千万、届かないか……! いや十分すぎるけど!」
『国と仲介の取り分は、安定して大きいです。
社畜卒業の準備は整いました』
「これだけじゃ、安心してブラック卒業なんてできねぇよ!」




