第48話 異世界式ガーデニング、完成しました
昨日の“魔法無し生活”……あれに戻れって言われても、もう無理だ。
いや、無理というより、あれは修行前の俺だ。今の俺は違う。
とはいえ、常時展開してるセルフヒールを全力で回すと「現場の疲労=ゼロ」になってしまう。
そうすると妙に元気すぎて、周りから「あいつだけ定時後も全力じゃね?」と怪しまれる未来が見える。
だから今日はセルフヒールをほんの少し弱めた。
日々の練習で魔法の精度は上がってるから、“ちょっと疲れたかも?”程度で抑えられる。
……うん、これならバレないはず。
『太郎さん、本日は昼から休みを取得できましたね』
「社長夫人の“夏休みぐらい自由に取らせてあげなさい”という一言で決定したそうだ。
……あの人、やっぱり陰の支配者だな」
そんなわけで、昼からは自由時間。
仕事帰りにそのまま園芸店へ直行した俺は――
「……人工芝、防草シート、低木15本……あとは化粧砂、それと作業に必要な小物類……」
『人工芝は見た目の均一化、防草シートは雑草発生率の大幅低減、低木は外観評価アップに有効。化粧砂は排水性と装飾効果を兼ねます』
「……リク、お前、園芸評論家デビューでも狙ってる?」
『売却価格向上のための投資分析です』
カートの上には、園芸というより小規模な庭施工会社が開業できそうな量の資材が積まれていた。
レジを通った瞬間――ピッ、ピッ、ピッ。
「お会計、二十万三千円になります」
……また二十万。
頭の中で電卓が動き、もし売れなかった場合の赤字額が無駄にリアルに浮かぶ。
脳内で「赤字」という文字が赤色フォントで点滅してる。
『太郎さん。投資は長期的視点が重要です』
「いや、俺の財布は短期決戦タイプなんだが?」
そんなやりとりをしている間に、店員さんが「トラックでご自宅まで運びますよ」と神対応。
ありがたい……これを自分の軽バンに積みきる自信はゼロだった。
――売家に到着。
店の人が荷物を下ろし、「それじゃ、頑張ってくださいね」と笑顔で去っていく。
俺は早速、結界と隠蔽を発動。
ついでに念のため、草抜き魔法をもう一度かける。
この段階で庭はスッキリしたが、まだ土がむき出し。
次は元からある砂利にクリーン魔法をかけて汚れを落とす。
……砂利が新品みたいに白くなっていくのは見ていて気持ちいい。
そして念動力で地面を軽く転圧し、雨の時に水溜りができないように微調整。
完全に土木作業員の動きだが、俺は手を使っていない。
「さて……防草シートだ」
重ね幅は10センチ以上、隙間なし。リクの声が頭の中で繰り返される。
ピンで固定しながら、ズレが出ないよう慎重に敷いていく。
最後は人工芝。芝目が揃うように向きを確認しながら並べ、U字ピンでしっかり固定。
芝の緑と防草シートの深緑が組み合わさり、庭が一気に整ったように見える。
人工芝エリアが整ったところで、次は砂利だ。
まずは念動力で既存の砂利を一旦移動。
土が見えたところに、新しい防草シートをぴったり貼っていく。
そして、その上から砂利を戻しつつ均一に敷き詰める。
「……うーん、全部同じ方向に並べるとか無理じゃない?」
『並びを整えた方が、視覚的な印象値は上がります』
「数が多すぎるんだよ!」
『これも魔法の練習です』
「……いや、練習課題多くない?」
ぶつぶつ言いながらも、念動力で砂利の粒を整列させていく。
やってみると意外に面白く、ちょっとだけ夢中になってしまった。
続いて、低木の植え込み作業。
リクの指示に従い、植える位置ごとに穴を開けていく。
『深さは根鉢の高さ+3センチが理想です』
「はいはい……」
鉢から外した低木を穴にセット。
「これ、普通は根付くまで時間かかるんだよな?」
『はい。しかし今回は新しい魔法を試しましょう』
「要は……根っこが伸びればいいってことだろ?」
『その通りです』
『まず、根と土の隙間を水で満たし、毛細管現象で空気を排除します』
『次に、根毛の再生促進には酸素と糖分の供給が必要です』
「……うん、理屈はわかるけど、庭仕事で糖分とか考える人、絶対少ないよな」
『古代エルフは“生命循環の糸”で根と大地を繋ぎました』
『簡単に言うと、魔力で根を成長させ、しっかり根付かせるのです』
「急にファンタジー寄りになったな……」
俺は魔力を根元に流し込み、生命循環のイメージを持ちながらやさしく包み込む。
最後に、ヒールで軽く癒す。
すると――植えたばかりの低木の葉色が、じわっと鮮やかになった。
「……万能すぎない? これ、園芸界の革命だぞ……」
思わず自分の魔法のやりすぎ感に焦る。
植木の根元と人工芝の境界には、化粧砂を敷き詰めて自然になじませる。
白い砂と緑の芝、そして鮮やかな葉色の低木。
庭が一気に完成へと近づいていく。
「……家が一気に映えるな」
『外観評価、約10%向上です』
夕方。
柔らかな陽の光に照らされた植物が、ゆらりと揺れている。
風の音と、葉が擦れる小さな音が心地いい。
夜になれば、ライトアップされた庭が窓越しに浮かび上がる。
その景色を眺めながら、俺は達成感に浸った。
「……手をかけると、家って生き返るな」
こうして、俺の夏季休暇の庭づくりは、魔法と現実の合わせ技で完成した。




