第45話 タイムリミットは2時間
午後からの作業開始直前、俺は思い切って多田さんに聞いてみた。
「多田さん……このリビング用のエアコン、やっぱ新品だと20万くらいします?」
「うーん、そうだね。でも型落ちで良かったら、15万円ぐらいでこの部屋に合うやつの在庫あったと思うよ」
「ください!!」
食い気味に即答。
多田さんは笑いながら「じゃぁ今から取りに行って付けるわ」と言ってくれた。
「ありがとうございます!!!」
『……財布のHPが少し回復しましたね』
「誤差だよ、誤差」
多田さんが軽トラで出て行ったのを見送ると、俺は深呼吸。
そして、いつもの常時展開セットと敷地境界線に結界、さらに隠蔽を重ねる。
これで外からの視界を完全に遮断しつつ、作業中のケガも疲労もゼロにできる。
「リク、カメラで監視・報告頼むぞ」
『了解、では壁作業開始です。
元の建物自体が古く、先日の作業で土壁を剥がしたため、現在は外壁の板1枚状態です。
このままでは雨や湿気が侵入し放題ですので、手順通りにお願いします』
「おう。頼りにしてるぞ、相棒!」
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まずは外壁板の内側に透湿防水シートを貼っていく。
ロールを引き出し、タッカーでパチンパチンと固定。
魔法でシートを水平にピンと張ると、シワひとつない。
『これで雨は通さず、湿気は外へ逃がせます』
次に断熱材を寸法カットし、骨組みにぴたりと嵌め込む。
念動力で軽く押さえながら入れると、隙間なく均一に収まる。
『はい、防湿シートです』
半透明のフィルムを室内側に広げ、これもタッカーで固定。
これで室内の湿気が断熱材に入り込むのを防げる。
最後に石膏ボードを立てかけ、魔力で支えながら位置合わせ。
インパクトでビスを打ち込み、壁一面を白く仕上げた。
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『ここからはパテ処理です。乾燥魔法の初練習に挑戦しましょう』
「出たな新技……やるしかないな」
パテを練り、継ぎ目やビス穴に塗り込みながら、魔力膜を形成。
膜の中の空気をじわっと温め、湿気を外に押し出すイメージで魔力を流す。
「……お、固まってきたぞ」
『そのまま範囲を広げてください』
額に汗をにじませながら、壁一面を包み込む。
水分が抜けていく気配と、石膏の粉っぽい匂いがほんのり漂う。
「よし、乾いた!」
サンダーで研磨し、粉塵は結界内で回収。
養生テープをスッと貼ったら、いよいよクロスの出番だ。
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ロールから切り出したクロスを魔力で支え、接着剤を塗った壁にぴたりと合わせる。
ヘラで空気を抜き、端をカットして整える。
魔法と手作業の合わせ技で、継ぎ目もほぼ見えない。
『残り15分で全て貼り終えました』
「……もぅ時間が無いぞ。急いで偽装工作しないと」
俺はすぐに偽装工作に取り掛かる。扇風機を設置し、クロスを乾燥させてる風に作業灯で壁を照射、石膏ボードの切れ端を何個かおいたら 新品のクロスに、まるで“さっきまで作業していた”かのような雰囲気が混ざった。
外の魔法を解除し窓も全開にする。
『太郎さん、監視カメラに車が映りました。多田さんの軽トラです。』
そこへ軽トラの音が近づく。
多田さんがエアコンの箱を抱えて玄関に現れた。
玄関を開けた瞬間、多田さんが目を丸くする。
「……え、もう壁終わったの? さっき板貼ってたよね?」
「い、いやー……下準備さえできてれば意外と早いんですよ!」
我ながら苦しい言い訳をしながら、笑顔でごまかした。
「お願いします!」
多田さんが工具を広げて背板を固定し始めた、そのとき。
俺の頭にある考えがよぎる。
「……なぁリク。今のうちに屋根裏の断熱、やっといたほうが良くないか?」
『賛成です。夏場の内見時に室温の差は大きな印象になります。
今なら痕跡ゼロで施工可能です』
「痕跡ゼロって……どうやるんだ?」
『魔法は作業環境の改善に限定。
施工は物理作業、魔力は空気制御と粉塵遮断、断熱材搬入の補助にのみ使用します。
最後に隠蔽魔法で全域をリセットすれば、魔力痕跡は完全に消せます』
「よし、やるか」
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脚立を立て、屋根裏の点検口を開けると、むわっと熱気が吹き出した。
「……うわ、サウナかよ」
リクが即座に結界を展開し、内部の空気を涼しく保つ。
さらにホコリも遮断され、呼吸も快適だ。
念動力で断熱材の束を持ち上げ、屋根裏へ。
寸法を測ってカッターでスパッと切り、梁と梁の間にぴたりとはめ込む。
『その調子です。隙間は埋めすぎず、ふんわり置くことで性能を最大化できます』
「へいへい、先生」
結界が粉塵を閉じ込め、同時に掃除機で吸い込みながら前進。
作業音はほぼゼロ、魔法を使った形跡も残らない。
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最後の一枚を敷き終えると、リクが報告する。
『屋根裏断熱、全範囲完了。魔力痕跡は消去済みです』
「お疲れさまっと」
脚立を降りてリビングに戻ると、ちょうどエアコンの設置が終わったところだった。
スイッチを入れると、クロスの白と相まって涼しい風が心地よく流れ込む。
「おぉ〜、快適すぎる」
「……って、さっき屋根裏にいました?」
「え? いや、気のせいじゃないですかね!」
多田さんが首をかしげる横で、リクの声が響いた。
『効率、通常比で約3倍。段取りも完璧です』
「だから数字はいいって……」




