第44話 財布のHPはすでにゼロ
多田さんとのやり取りで、俺は心に決めた。
——照明器具と偽装工作の道具を揃える。
「……ただなぁ」
ホームセンターに向かう車の中で、
頭の中に、恐ろしい事実が浮かび上がってきた。
「……照明器具代、予算に入れてねぇ……」
『確認します。最低でも各部屋、さらにトイレ・バス・キッチンにそれぞれ一つずつ設置する。
最低七カ所以上に照明が必要です。』
「え……七……?」
『はい。さらに購入者の印象を良くするため、適切な明るさの器具を設置するのが望ましいです。
あとはエアコンを設置すれば、初期費用が抑えられて“お得感”が増します。』
「……あ、あの……リクさん? 今の説明、俺の財布にクリティカルヒットなんだけど」
『計算します。工事費の交渉で浮く金額に、5万円程度追加すれば全て揃います。』
「……5万円……?」
『現金残高、現在——』
「言わなくていい!! 今の俺は精神的に脆い!!」
しかし、照明を全部後回しにするのも気持ち悪い。
「最低限だけ付けて、あとは購入者が好みで選べばいい」という方法もある。
でもそれだと、見学のときに部屋が暗く見えてしまう。
「……よし、腹をくくろう。全部屋に付けよう」
『財布のHPがゼロになりました』
「いや、まだだ。マイナスだ」
決意したら即行動。
——まずは照明器具を選びにホームセンターへ。
そして偽装工作のための小物も揃える。
店内に入ると、真っ先に家電コーナーへ向かう。
シーリングライト、スポットライト、キッチン用LED、防水仕様のバス用ライト。
「……やべぇ、もう一撃で瀕死だ」
だが今日はこれだけじゃ終わらない。
昨日の“涼しすぎる室内”事件を繰り返さないため、偽装工作用アイテムも必須だ。
「扇風機、作業用ライト、掃除機……っと。あ、これも」
カートはすでに満杯。
完全にDIYの買い物というより、潜入工作員の装備調達である。
脳内ではなぜか映画のスパイBGMが流れている。
『木工用の香りは売っていませんね。帰宅後に魔法で生成しましょう。』
「任せた……俺は財布のHPがもうマイナスに振れてる」
レジを通った瞬間、数字を見て現実に引き戻される。
魔法は壁を作れても、残高は作れない。これが現実だ。
荷物でパンパンの車を家の前に横付け。
さっそく玄関から運び込み、リビングに照明器具と偽装工作グッズを並べる。
そこへ、午前中の配線作業を終えた多田さんが戻ってきた。
「お、買ってきましたね」
「はい、これお願いします」
リビングのシーリングライトを渡すと、多田さんは慣れた手つきで取り付けを開始。
カチッと固定された瞬間、白い光が部屋全体に広がった。
『視覚的効果、良好です。』
その横で俺は、偽装工作の準備に取りかかる。
まずは扇風機を設置。
次に作業用ライトを適度に点けて「まだ工事中感」を演出。
掃除機をわざと見える場所に置き、アロマ魔法で木工の香りを薄く漂わせる。
リビングにふわっと広がる、ほんのり甘い木の匂い。
新品の床材の香りに混じって、「さっきまで作業してました」感が完成する。
「……完璧だな。あとはエアコンも……そこそこいいやつ付けるか」
『はい。リビング用で20万円前後です。』
「……に、にじゅう……まん……?」
『蘇生呪文の準備をしますか?』
「いや、もう遅い……HPどころか魂ゲージも消えた……」
俺は改めて部屋を見回した。
天井のライトは新品、エアコン(予定)はそこそこ高性能、室内は適度に作業中感を演出。
完全武装だ。
「……これ、魔法より準備のほうが大変じゃないか?」
『ええ。ドラゴンは鼻が利きますが、人間は“勘”まで働きますから。』
やれやれと笑いながら、時計を見る。
午後からは壁の作業が待っている。
工具と資材を確認し、深呼吸——。
そして俺は思った。
財布のHP? とっくにゼロだ。
今はマイナスの世界で生きている。




