第42話 財布のHPゼロ、外装の完成度100%
仕事終わり、真っ直ぐホームセンターへ向かった。
平日の夜でも、この店はやけに明るい。
入口付近の観葉植物コーナーを横目に、木材と塗料の匂いが混じった空気が鼻をくすぐる。
DIYブームのおかげか、以前より棚が賑やかだ。
「……いや、俺がやってるのはDIYじゃなくてリフォームだけどな。まぁ、細けぇことはいいか」
『第3通路、右側が工具売り場です。丸ノコと替刃は在庫豊富、インパクトは上位モデル推奨です』
スマホ画面に、リクが作った“おすすめ順リスト”が表示される。
その指示通り、丸ノコ、替刃、インパクトドライバー、ドリル、タッカー……とカートへ入れていく。
高額工具コーナーの値札を見て、足がピタリと止まった。
「……高ぇ」
『耐久年数と安全性を考えれば、初期投資として妥当です』
「いや、お前は払わないだろ」
悩んでいると、店員が「こちらはプロの職人さんも使うモデルで——」と説明を始めた。
心の中で(いや、俺プロじゃないし)とツッコミつつ、結局カートへ。
長く使えると思えば……うん、必要経費だ。
続いて資材コーナー。
防水塗料、防カビ剤、ローラー、刷毛、雨樋、固定金具……メモ通りに積み込む。
カートが山盛りになり、押すたびに“ギシギシ”と悲鳴を上げた。
念動力で浮かせたら一瞬なのに……と、指がうずく。
レジで会計。
——表示された金額は、21万6,480円。
「……ッ!!?」
胸に電撃が走る。
店員の「お支払い方法は?」が、なぜかスローモーションで響いた。
「……カードで」
レシートの桁を見ていると、額面よりも財布の体温が下がる感覚がする。
『工具と資材の品質を考えれば妥当です。長期的には安い買い物です』
「……こういう時はもう少し共感してほしい」
車に積み込み、売家へ。
玄関前には、昨日注文した資材が早くも搬入されていた。
木材、断熱材、コンパネ……並ぶ姿は、まるで小さな工務店の倉庫だ。
「リク、オークションと残置物は?」
『残り5点。落札済みの2点は明日発送予定です』
「よし、じゃあ外装を片付けちまおう」
まずは結界と隠蔽の二重がけ。
魔力の膜が、外界からこの空間を隔てる。
屋根に登ると、夜風が頬を撫でた。
足元の瓦は昼の熱をまだ少し残していて、踏むとほんのり温かい。
『瓦の構造は、表面の曲面が水を左右に流し、接合部の下へ入った水は下の瓦で受け流します。水の経路を正確に把握すれば、補修箇所も無駄なく済みます』
リクの声に合わせ、頭の中で水の動きを想像する。
雨が降り、瓦を伝い、溝を滑り、樋へと落ちる——その映像が鮮明になった瞬間、魔力が指先に集まり始める。
「……いくぞ」
リペアを発動すると、瓦のひびが静かに閉じていく。
ザラついていた表面が滑らかになり、月明かりをやわらかく反射した。
魔力が抜ける瞬間、足元から温もりが消え、かわりに軽い達成感が全身に広がる。
次は防水塗料。
「これ、魔法で塗れないかな?」
『念動力とクリーンの応用で可能です。ただし均一にするには高度な制御が必要です』
塗料をバケツからすくい上げ、念動力で空中に広げる。
しかし最初の霧化はムラだらけで、大粒の滴がポタポタと瓦に落ちた。
「うわ、全然ダメだ」
『粘度が高いので、魔力の振動数を上げてください』
言われた通り調整すると、霧が細かくなり、ふわりと屋根全体を覆った。
霧は瓦の曲面に沿って均一に広がり、表面に薄い光沢の層を作る。
二度塗りを終えると、色味が一段深まり、しっとりとした質感になった。
「……完璧だな」
『ローラーより37%効率的でした』
「細かい数字はいい」
最後に新品の雨樋を設置。
念動力で水平を保ったまま金具に固定すると、誤差ゼロで収まった。
勢いそのまま外壁へ。
一面ずつリペアで傷を埋め、防カビ・防水塗料を魔法散布。
「外だけ見たら新築じゃん」
『外装完了。進捗率38%です』
月明かりが塗り終えた壁と屋根に反射してきらりと光る。
風が通り抜けるたびに、瓦がかすかに鳴った。
——ここはもう、ただの廃墟じゃない。
手をかけた分だけ、確かに息を吹き返している。
胸の奥がじんわりと温かくなった。
今日はここまで。
明日は休みで、朝からガッツリDIYだ!!




