第41話 工程開始
久しぶりに、自宅アパートのベッドで目を覚ました。
……やっぱり、自分の布団って落ち着く。
「ふぅ……家からの出勤、何日ぶりだろ」
『睡眠効率は平均より17%向上しています。やはり自宅環境の効果は大きいですね』
「いや、そんなデータ取らなくていいから」
朝食をかき込み、いつもの通勤ルートへ。
社畜の足取りでも、今日は妙に軽い。
——昼休み。
弁当をつつきながら、まずは水回り業者に電話。
「もしもし、お疲れ様です。ちょっと個人的な相談なんですけど……」
『なんだ太郎君、どうした?』
「趣味のDIYで、古い家をちょっと……」
『お、いいじゃん! 太郎君の頼みなら格安でやるよ。そういや余ってる部材あるから、それも安くしとくよ』
「マジすか!? ありがとうございます!」
……さすが顔馴染み。
下手に値切るより、普段から真面目に働いて信用を積んだほうが得だな。
続けて電気工事業者にも電話。
『廃墟? 電気は来てるだろうけど、古いなら交換になるかもな。でも太郎だから安くしとく!』
「感謝しかないです!」
そして材料屋にも。
「個人的に購入したいんですけど……」
『全然オッケーっすよ! 住所送ってくれたらすぐ送ります!』
——うん、人脈って偉大。
「初めて社畜やってて良かったと思ったわ……」
『それはつまり、社畜を続けろという暗黙の意思表示ですか?』
「違うわ」
残業終わり、まっすぐ売家へ。
「リク、オークションのチェック頼む。梱包いる時は教えて」
『了解。配送手配も進めます』
昨日立てた工程通り、まずは資材なしでできる作業から。
「まずは安全第一。結界、展開っと……」
ふわりと透明な幕が空間を覆い、ホコリの侵入を遮断。
——壁の作業。
古い土壁は、触れると手のひらに粉がふわっと舞い上がる。
それを防ぐため、結界の内側で念動力を発動。
空中で薄い板を剥がすように、壁面の表層が「パリッ、パリパリ……」と剥がれ落ちていく。
外した土壁は、床に落とす前にクリーンをかけて粉塵ごと消去。
これならマスクもいらない。魔法バンザイだ。
剥がしていくと、木の柱が顔を出した。
年季は入っているが、芯はまだ生きている。
ただし所々にヒビや虫食い跡がある。
「ここは……ついでにリペアっと」
魔力を流し込むと、ひび割れがじわっと閉じ、木目が若返るように色艶を取り戻す。
指で軽く叩くと「コン、コン」と乾いた音。
——よし、これなら資材が届き次第、断熱材もきれいに入れられる。
——次は屋根裏。
点検口の板を外すと、むわっと古い木の匂いと熱気が顔をなでる。
「うわ、サウナかここ……」
『屋根材の熱伝導率が高いのと、断熱材の欠如が原因ですね』
懐中ライトを片手に、よじ登る。
頭を上げた瞬間、梁の上に積もったホコリがふわっと舞い落ちてきた。
「はいクリーン!」
空間ごと吸い込むように、ホコリも蜘蛛の巣も消滅。
床板の色が二段階明るくなる。
梁の隙間をのぞくと、黒く染みた部分がある。
『ここですね。写真に赤丸をつけました』
スマホ画面を見ると、ピンポイントでマーキングされた写真。
「便利すぎるなリク」
指定箇所にリペアを流し込むと、木の黒ずみが薄れて均一な色に戻る。
まるで時間が逆行しているみたいだ。
瓦の裏面にもひびが入っていたが、これも魔力でつなぎ、強度を戻す。
普通なら屋根全体の葺き替えレベルの工事だろうが、魔法なら屋根裏から新品同然にできてしまう。
仕上げにコーキングを沿わせ、防水層を確保。
指で押しても弾力があり、これなら数年は安心だ。
——そして屋根。
「外はバレやすいから……結界と隠蔽、二重でいくか」
外壁沿いに透明な膜を張り、さらに魔力の気配を消す。
念動力で足場を組み、そっと屋根に上がる。
踏んだ瞬間、乾いた草の匂い。
視線を走らせると、瓦と瓦の間から草やツルが顔を出している。
「屋根でガーデニングすんなよ……」
『ツル性植物です。根ごと除去しましょう』
草抜き魔法を発動すると、根からズルッと引き抜かれた草が数十本、空中にぶら下がる。
それをまとめてバッカンへ投げ入れる。
詰まっていた雨樋には、枯葉と泥がびっしり。
リペアでひびを埋め、内部の水路を滑らかに整える。
「普通ならこれ、足場組んで何日もかかるやつだよな……」
『魔法があれば半日です』
「……まぁ、確かに」
最後に、交換予定の古い樋を外してバッカンに投げ込み、今日の作業は終了。
『進捗率12%、予定より半日短縮です』
「いや、その数字どっから……まあいいや」
汗を拭きながら、星空を屋根から見上げる。
魔法と工具があれば、たしかに早い。
でも、手を動かした分だけ実感が残る。
明日からは資材作業が本格化する。
腰の疲れも、なんだか誇らしく感じた。




