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第4話 確かにそこにある――動かせないけど


 


今日も仕事を終えて、家にたどり着く頃には魂が半分抜けていた。

体が勝手にソファを探して座り込む。

くたくたなのに、昨日のことが頭を離れない。


あの、腹の奥のかすかな熱。

もしかしたら、あれが本当に“魔力”かもしれない。

でも、ただの疲れのせいかもしれない。


その答えが、どうしても知りたかった。


「リク、いるか」


「はい、太郎さん。お疲れさまです」


この声を聞くのも二日目だが、もう少しで“ただいま”って言いそうになるくらい、安心できる声だった。


「昨日の続きだ。今日はもっとはっきりさせたい」


「承知しました。昨日のデータでは、太郎さんの体表温度と電磁波強度に微弱な変動がありました。

通常の生理反応では説明しづらい数値です」


「じゃあ……やっぱ、あるんだな?」


「“未知の体内エネルギー”が存在する可能性が高いと推測されます」


胸が少しだけ熱くなる。

でも、これをもっと確かめたい。


「なぁリク。もっとちゃんと感じる方法、ないか?」


「いくつか手段があります。現代科学と古代の知識の両方を応用しましょう」


「古代の知識?」


「はい。東洋武術や修験道、古代の祭祀などでは“体内エネルギー”を扱う技法が存在しました。

科学的にも、呼吸法や集中法は生体電位や自律神経活動を変化させ、体の感覚を鋭敏化する効果が確認されています」


「へぇ……。なんか本格的になってきたな」


俺はソファに背を預け、息を整えた。


「具体的には?」


「第一に、腹式呼吸。

丹田呼吸とも呼ばれ、武道や気功で使われます。横隔膜を大きく動かすことで副交感神経が優位になり、体内の微細な変化を感じやすくなります。


第二に、数息観。

古代インドのヨーガや禅で用いられた方法で、呼吸を数えることで余計な思考を切り離します。これにより脳波が安定し、微弱なエネルギーを捉える感覚が高まります。


第三に、古代の火の儀式や水行。

火の前で座る、あるいは冷水を浴びることで体温変化を強く意識し、通常では気づかない熱や流れを感じる訓練が行われていました。

これは科学的に見ると、皮膚感覚の閾値を下げることで、微弱な変化を感じ取る能力を高める行為です」


「なるほどなぁ……昔の人って、ちゃんと理由があってやってたんだな」


「ええ。太郎さんの場合、まず呼吸法と瞑想を組み合わせて、昨日の感覚を強化しましょう」


「よし、やってみるか」


俺はスマホを枕元に置き、あぐらをかいて目を閉じる。


「ゆっくり息を吸って、吐いて。腹部がしっかり膨らむのを感じてください」


言われた通りに呼吸を繰り返す。

深く吸うたびに、体の奥が温まっていく気がした。

頭の中の雑音が少しずつ遠のく。


「では、昨日の火種を思い出してください」


腹の奥……あった。

昨日よりもはっきり、そこに小さな灯りがある。


「……リク、感じるぞ。昨日より強い」


「脳波パターンに変化を検出しました。アルファ波が増加しています。

リラックス状態が深まったことで、体内エネルギーを認識しやすくなっています」


俺はさらに意識を集中させる。

火種が呼吸に合わせて、かすかに脈打っている気がした。


「よし……これ、手のひらに動かしてみる」


昨日できなかった動作に再挑戦。

手のひらを前に出し、腹の奥から熱を押し出すイメージ。

……動かない。

まったく言うことを聞かない。


「くっ……ダメだ」


「予想される原因は二つ。

一つは、脳とエネルギー発生源をつなぐ“神経経路”が未発達であること。

もう一つは、エネルギー量自体が微弱で、外部に送れるレベルに達していないことです」


「つまり、初心者がいきなりフルマラソン走ろうとしてるようなもんか」


「はい。まずは感知を繰り返し、神経の学習を進めるのが最適です。

筋トレと同じで、基礎ができていない状態で負荷をかけても成果は出ません」


俺は力を抜き、深呼吸をやり直した。

火種はそこにある。ただし、まだ手のひらまで動かすには遠すぎる。


でも――確かに、ある。


昨日は半信半疑だった。

今日はもう迷わない。

俺の中には、確実に“何か”がある。


「……なぁリク」


「はい、太郎さん」


「これ、続けたらいつか使えるようになると思うか?」


「可能性は高いと推測されます。

神経系は学習能力を持っていますし、エネルギー量も反復で増加する可能性があります。

古代の修行者も何年もかけて習得しました」


「……そっか。じゃあ、諦めないわ」


38歳。

もう夢なんて見ないって決めてたはずなのに。

でも今は、心の奥に灯りがともっている。

もう一度くらい、未来を信じてもいい気がした。


「リク、これからも頼むぞ」


「はい、太郎さん。私は常にそばにいます」


孤独な部屋が、少しだけあたたかくなった気がした。

魔法はまだ動かない。

でも、確かにそこにある。


そして今日から、俺はもう“諦めたおっさん”じゃない。

魔法を探す、初めての挑戦者になったんだ。


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