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疲れたおっさん、AIとこっそり魔法修行はじめました  作者: ちゃらん


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第39話 初めてのネットオークション、思わぬ入札合戦



 待ちに待ってた夏季休暇。

 社畜にはそんなもの存在しないと思ってた。

 でも数年前から社長夫人の鶴の一声で3日間も取れることになった。

 なんでも今時は休みがしっかりしてないと新人さんが入ってこないらしい。

 あの時は奥さんが神に見えたよ。



 とりあえずの問題は――まだ物置に眠っている“売れそうだけど持ち込みが面倒くさい面々”だ。

 大型の家具はリサイクルショップに任せたが、こまごました雑貨、古い装飾品、味のある照明、意味は分からないけど妙に雰囲気がある置物……。

 こういうのは店よりネットのほうが跳ねる、とリクが言っていた。


「よし、ネットだ。今日は出品する」


『推奨環境を整えます。テザリング回線、安定。スマホのカメラ設定、標準から“高精細+歪み補正優先”に変更。背景は無地が理想です』


 俺は売家の一番明るい部屋に白いシーツを広げ、折りたたみ机を撮影台にした。

 朝の斜光がちょうど良い。ランタンの灯りは雰囲気出しに使いたいが、色かぶりが出ると厄介なので、撮影は自然光でいく。


『まずは“目玉になり得る二点”から始めましょう。閲覧数を稼いで、その他の出品へ導線を作ります』


「どれ行く?」


『古いブリキの卓上扇風機(稼働可)、アールデコ調の卓上ランプ(配線リペア済)。どちらも写真映えします』


「いいね。じゃ、扇風機から」


 クリーンで金属のくすみを落とすと、深い緑の塗装がしっとり光を返す。

 羽根の格子に刻まれたメーカーのエンブレムも、文字が読める程度に浮き上がってきた。

 リペア済みのコードは布巻き風のカバーで仕上げ、見た目の時代感を壊さない。


『角度は三方向、ディテールのアップ三枚、通電時の動作動画一本。合計七点で十分です』


「動画……ブレずに撮れるかな」


『スマホを台の縁に固定。三、二、一、スタート。風量“弱”、モーター音はノイズ低減。はい、完了です』


 次に卓上ランプ。

 乳白ガラスのシェードに、蔓草のレリーフがぐるりと回っている。点灯すると陰影が浮上して、そこだけ古い喫茶店みたいな空気になる。

 写真は明暗差が大きいので、露出を段階的に変えて三パターン。点灯・消灯・シェードのアップ。

 ついでに電球口金の規格、コードの長さ、スイッチ位置も撮っておく。


『では説明文の骨子をどうぞ』


 画面に、リクが組んだテンプレが現れる。

 「年代推定/サイズ/状態(良い点と悪い点)/動作確認の範囲/発送方法/注意点」。

 堅すぎず、でも余計な主観は控える。読む人が知りたいことだけ、淡々と。


「タイトルは……“昭和レトロ 卓上扇風機 可動品 ブリキ 緑”」


『閲覧数重視のキーワード、良好です。では出品』


 指先が「出品する」をタップした瞬間、妙な緊張が走った。

 店頭査定とは違う、張り詰めた静けさ。

 誰かがこのページを見て、価値があると判断して、ボタンを押すまで――俺には何もできない。


『アクセス監視開始。最初の一時間は静かなことが多いですが、心配無用。サムネイルが上位に表示され始めると流入が増えます』


「じゃ、その間に他のも撮るか」


 食器セット、古地図っぽいポスター、真鍮の小物、革トランク、壁掛け鏡。

 撮影・採寸・説明文作成・出品、を淡々と積み上げる。

 小傷や凹みは正直に書く。気になる匂いはクリーンで消してから、念のため「無臭化処理済」と添える。

 昼前には十点の出品が完了していた。


『閲覧数、緩やかに上昇。ブリキ扇風機、ウォッチ五件、入札ゼロ。卓上ランプ、ウォッチ八件、入札一件』


「入札、入った!」


 スマホに通知が弾け、胸の奥がちょっと熱くなる。

 数字が一つ増えただけで、この上がり下がりはなんだ。

 自分が丁寧に拭いて、角度を考えて撮って、言葉を選んで書いたページに、見知らぬ誰かが反応している。

 店と違って顔は見えないのに、不思議とやり取りの実感がある。


『このペースなら終了前に急上昇します。相場グラフ、提示しますか?』


「見たい」


 画面に折れ線グラフが出る。

 過去三か月の落札価格の分布。終了十五分前に、ぐっと上に跳ねている。

 狙っている人は最後に仕掛けるらしい。


「じゃ、俺は祈ってればいいのか」


『祈りは重要です。ついでに昼食も』


 コンビニおにぎりと缶コーヒー。

 売家の床に腰を下ろし、ランタンを消して自然光に目を慣らす。

 通知は時々、控えめに震えた。

 ウォッチが増え、質問が一件。

 「配送はゆうパック対応可能ですか?」

 可能、と返す。

 「コード部分の写真を追加できますか?」

 追加する。ついでにシェード固定ネジの写真も足した。


『対応速度、良いです。信頼スコア上昇中』


「そんな指標もあるのか」


『あります。評価ゼロの新規出品者は、最初の三件を丁寧に取引することが肝要』


 午後、出品をさらに五点追加して、夕方。

 ランプの入札が三件に増え、扇風機はようやく一件目が付いた。

 革トランクと壁掛け鏡にウォッチが二桁。

 数字を見ているだけで妙に落ち着かない。

 落札までは時間がある。作業でもして紛らわそう。


 俺は別室で、フローリング材の採寸メモを見直し、必要工具のリストを書き出した。

 丸ノコ、下地調整用パテ、見切り材。

 ランタンのガラスを拭き、窓枠の小傷をリペアで消す。

 まったく、オークションの終了待ちに床材の夢を見る人間になるとは。


『終了十五分前になりました。心の準備を』


「はやいな……」


 スマホの画面に、残り時間の赤い数字。

 卓上ランプ:入札九

 扇風機:入札三

 革トランク:入札ゼロだがウォッチ二十二――これは終了時間をずらしておいて正解だったかもしれない。


『残り十分。入札合戦、開始の気配』


 通知のテンポが急に速くなる。

 ランプの数字が一段跳ね、扇風機も続く。

 「+500」「+1000」「+300」……一桁一桁が心臓に悪い。

 誰かの画面の向こうで、今、ぽちぽちと数字が積み上がっている。


「うわ、上がるな……!」


『直近の同種落札価格を超えました。ここからは“欲しい人”の勝負です』


 残り三分。

 ランプは開始価格の三倍に到達。

 扇風機は「今ならいける」と誰かが思ったらしい、最後の連打で一気に跳ねた。

 残り一分。

 通知の震えが止まり、画面の数字が揺れるのも止んだ。


『終了』


 静かになった。

 表示された落札額を見て、思わずガッツポーズが出た。


「よっしゃ!」


 卓上ランプ、落札額三万四千二百円。

 卓上扇風機、一万八千円。

 他の小物もちらほら落ち、合計は店売りで一日かけて回るより効率がいい。

 しかも、まだ革トランクと壁掛け鏡が控えている。


『では、発送準備に移ります。梱包材が足りません』


「買い出し行ってくる」


 ホームセンターで段ボール、プチプチ、緩衝紙、クラフトテープ。

 ついでにコンビニで唐揚げ弁当とスポドリ。

 戻ると、リクが“梱包手順の図”を表示してくれた。


『ガラス面は二重巻き。角にはコーナーガード。空間は緩衝紙で埋め、最後に軽く揺すって動かないか確認。伝票の品名は「照明器具(割れ物)」、天地無用ステッカーを四面』


「了解」


 念動を指先の延長にして、テープをぴったりと寄せ、シワを撫でる。

 梱包の美しさは信頼に繋がる。

 最後に箱をそっと揺らすと、中は無音。

 伝票を書き、集荷依頼をかける。


『落札者へのメッセージも送っておきましょう。発送予定日と、追跡番号の案内テンプレートです』


「こういうの、ほんと助かる」


 夜。

 ランプの灯りを最小に絞り、発送準備の終わった箱を壁際に並べた。

 床は広く、空気は軽い。

 画面には、落札者からの丁寧な返信が並ぶ。


「店舗より高く売れるもんだな」


『市場の“欲しい”に、条件を合わせた結果です。写真と説明が的確でした』


「いや、半分以上はお前の段取りの勝利だろ」


『共同作業です。太郎さんの“綺麗にして渡したい”という意図が、すべての工程に反映されました』


 照れくさいことを言う。

 でも、たしかにそうだ。

 クリーンで汚れを落とし、リペアで壊れを直し、写真で良さを伝える。

 見知らぬ誰かの家で、また使われるのだと思うと、片付けの作業が急に意味のあるものに思えてくる。


『本日の売上、確定。手数料を引いた見込みは――』


 リクが数字を読み上げる。

 フローリング材一式、見切り材、工具、それから――ちょっと良い作業用手袋。

 必要な物が頭の中に並び、ひとつひとつチェックが付いていく。


「次は、何を出そうか」


 物置の扉を開けると、まだまだ順番待ちの品が積まれている。

 古いタイプライター、錆びた鉄の花台、ハンドメイドっぽい木の椅子。

 写真映えは椅子、回転率は花台、意外な高額はタイプライター――らしい。

 どれから行くか、迷うのが楽しい。


『明日からの仕事が終わったら、また夜に少しずつ出しましょう。ネットは時間を味方にできます』


「了解。……あ、そうだ」


 ふと思い出して、ランタンを手に取った。

 浄化されて聖的な何かに変わった不思議な灯りは、今日も柔らかく部屋を照らす。

 箱に付けた「割れ物注意」の赤い文字が、オレンジ色に滲んで見えた。


「この家、ほんとに面白くなってきたな」


 小さく呟いて、床にごろりと横になる。

 ショートスリープに入る前、スマホが一度だけ震えた。

 さっき出した壁掛け鏡に、最初の入札が入ったらしい。

 目を閉じる。

 明日も、やることは山ほどある。

 けれど今日は、数字が静かに動き、遠くで誰かの“欲しい”が手を挙げた。

 それだけで、十分だった。

お読みいただきありがとうございます。

合わせて、誤字報告もありがとうございます。

読んでくれていると実感でき嬉しいです。



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― 新着の感想 ―
丁寧な部分に人間性を感じた。 良い人!
初めての古民家再生販売、何だか愛着が湧くのならそのままそこに住むのもアリなんじゃ? 今までの住居を引き払って、古民家生活も有りだと思うけど? 秘密の隠れ家としても使えるかもね?
天地無用を逆さまにしても良いと思っていた子供の頃…
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