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第38話 残置物が思わぬ現金に



 朝、ランタンの柔らかな光で目を覚ました。

 寝袋の中はまだほんのり温かく、畳の匂いと古木の香りが混ざった空気が喉に心地いい。

 ショートスリープ三時間でも頭は妙に冴えている。

 ここ数日、夜は売家に泊まり込みだ。風呂は入っていないが、全身にクリーンをかければ肌も髪も新品同様。魔法の恩恵をこんな形で感じる日が来るとは思わなかった。


 今日は日曜日。

 平日の現場仕事は休みだが、家の改修は休みじゃない。

 せっかくの休日、朝から売却回りを一気にこなすことにする。


 顔を洗い、コンビニのおにぎりと温かい缶コーヒーで簡単に朝食を済ませる。

 物置に並べたダンボールや家具を見回す。

 クリーン済みの陶器や磨き直した食器箱、リペアで蘇った家電。今日はこいつらを現金に変える日だ。



『積み込みは重量バランスを考えましょう。重い物は車の後方、軽い物は上段。割れ物は左側面に集約して固定、緩衝材は二重。途中で急ブレーキがあっても動かない配置を作ります』


「りょーかい。じゃ、テトリス職人の出番だな」


 念動力で箱がふわりと浮く。

 俺は視線だけで軌道を描き、荷台の奥へ吸い込ませる。

 リクが示す簡易ホロの枠にぴたりとはまり、次の箱、次の箱。

 割れ物の箱の周囲には、魔力の薄い膜を重ねて“こすれ防止”の即席クッションにする。

 最後に工具箱を通路側へ置いて、完了。


 エンジンをかけ、まだ朝の八時過ぎの道路に出る。

 信号で止まるたび、バックミラー越しに荷台を見る癖が抜けないが、箱は一つも微動だにしない。

 リクの采配はやっぱり軍隊レベルだ。


「なあリク、今日の“予想売上”ってどんなもん?」


『下限七万円、上限十二万円。中央値は九万円前後。リサイクルショップの査定次第で変動します。骨董系は専門店の方が期待値が高いです』


「お、二桁見えてるじゃん。フローリング材、良いのに行けるな」


 十分ほど走って、駐車場の大きなリサイクルショップに到着。

 搬入口には台車が何台も出ていて、スタッフがテキパキ動いている。

 受付のカウンターで、エプロン姿の女性が笑顔で迎えてくれた。


「査定品はこちらに置いてください。お名前とご連絡先をこちらにお願いします」


「はーい。これと、これと……あとこっちの木箱も」



箱を抱えた瞬間、体がふわっと軽くなる。

身体強化をかけているから、まるで発泡スチロールでも持っているみたいだ。

スタッフさんは「ありがとうございます!」と笑顔で台車を押してくれる。

外から見れば、ただ少し力持ちな人間が荷物を運んでいるだけ。魔法だとは誰も気づかない。



『搬入完了。状態は良好、匂い残りもゼロ。クリーン処理の効果は十分です』


 査定は一時間ほど。

 待っている間、広い店内を散策する。

 入口近くの目立つ棚に、真っ赤なレトロポップの炊飯器。値札は2,980円。

 奥の家具コーナーでは、使い込まれたダイニングテーブルが6,800円。

 工具コーナーでは、中古の丸ノコが12,000円。……あ、これ、型番違いだけど欲しいやつ。


「この店、値段つけるの絶妙だな。安すぎず、高すぎず」


『回転率最適化です。ネットより低いが、持ち込みの利便性込みの価格。買い手にとっても心理的に手が出しやすいレンジです』


「じゃ、ネットに回すのは“映えるけど持ち込み向きじゃないやつ”だな。覚えとこ」


 レコードの棚で、知らないジャズの盤を手に取る。

 表紙の紙が日焼けして、角がつぶれて、やけに格好いい。

 元の持ち主も、こんなふうに棚から抜いて眺めたんだろうか、なんてどうでもいい想像をしていると、カウンターから呼び出し。


「お客様、査定が出ました」


 心拍数が一段ギアを上げる。

 期待すると裏切られる、を何度も経験してきたはずなのに、やっぱりこの瞬間は胸が騒ぐ。

 差し出された伝票。

 紙の上で、数字がすうっと目に入ってくる。


「……おお」


 古い茶器セット……25,000円。

 木箱入りのガラス食器……10,500円。

 ブリキのおもちゃ……1,800円。

 そして木彫りの熊……200円。


「200円は……まあ、そうだよな」


『予測通りです。茶器は箱書きと状態が高評価、ガラス食器は欠け無しが加点。熊は造形と材質が量産域ゆえ』


「量産域の熊って言い方やめろ。熊に謝れ」


 合計は63,000円。

 予想の中央値にちょい届かないくらい――でも十分だ。

 俺は迷わず「現金で」を選び、封筒を受け取る。


「よし、第二ラウンド。骨董屋だ」


 リクが“専門店案件”とタグづけした二点――古い置時計と漆塗りの盆――を助手席へ。

 街の古い商店街のはずれ、ガラス戸越しに軒先の風鈴が光る骨董屋に入る。

 鈴がちりんと鳴り、奥から年配の店主がゆっくり現れた。

 白髪に、長年の癖が刻まれた指先。目が良い。


「いらっしゃい。……ふむ、良さそうな包みだ」


 新聞紙と薄紙を外し、置時計をそっと差し出す。

 店主は両手で受け取り、文字盤を傾け、裏蓋のネジを撫で、耳に寄せて一度だけ息を止めた。

 コチ、コチ、コチ――わずかな振り子の律動。

 そこで初めて、店主の目に小さな灯がともる。


『反応、良好。相手の興味サイン検出』


「(見りゃ分かる)」


「動く。針の戻りもいい。……整備、しましたね?」


「軽く。全体の歪みも取ってます。精度まではいじってないです」


「正直でよろしい。……で、いくらがご希望で?」


 その質問は、いつでも少しだけ怖い。

 欲を言ったら笑われるかもしれない。

 安く言えば、そこで終わる。


『四万円提示が来るはず。そこから五千円上積みの余地あり』


「(じゃ、こっちは静観で)」


 店主は数秒沈黙し、顔を上げた。


「四万でどうだね」


 来た。

 喉が乾くのを誤魔化しながら、俺はほんの少しだけ眉を下げる。


「……もう少し、なんとかなりませんか。整備ぶん、こちらも手間かけてます」


 店主は口の端を上げ、指で時計の足を軽く弾いた。

 コッ、と木が乾いた音を立てる。


「若いのに、筋がいい。四万五千。これが店の誠意だ」


『合格ライン』


「ありがとうございます。お願いします」


 現金の重みは、リサイクルショップの封筒の上に、さらにもう一冊重なったみたいに感じた。

 続けて漆の盆を出す。

 黒に近い溜塗りの表面に、店の灯りが鈍く溶け込む。

 縁の反りが上品で、裏の足もきれいだ。


「これは……なかなか。漆は少し乾き気味だが、造りが良い。……一万二千」


『相場妥当。ここは通過で』


「お願いします」


 店を出て、日向に立つ。

 夏でもないのに、頬に当たる日が少し熱い。

 封筒をそっと押さえて、深呼吸。

 合計は――十万円を超えた。


「十万、突破。よし」


 帰り道、助手席の封筒を見てニヤける。

 これで資材も工具も揃う。


 売家に戻ると、ランタンが柔らかく室内を照らしていた。

 荷物を片付け、クリーンで全身と服を整える。

 シャワーじゃないが、肌も髪も新品同様になり、心まで軽くなる。


 畳に腰を下ろし、今日の成果と資材リストをメモ帳に書き込む。

 封筒は見える位置に置き、にやりと笑う。


『次の予定は?』

「明日からはまた仕事だな。次の休み……夏季休暇に朝からネットオークションやるか」


 ランタンの光が、まるで次の作戦を応援しているように揺れた。


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― 新着の感想 ―
木彫りの熊さん「…200円…解せぬ」
AIっぽい活躍で◎
木彫りの熊は、お腹か足の裏に焼き印or刻印がある・木材の種類・サイズ・鮭の有無・ニス塗装などで、査定価格に反映されます。 ちなみに、有名なタヌキの置き物も同じように査定されます。
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