第37話 深夜の草抜き魔法、爆誕
平日の残業終わりに売家へ行って作業していると、やっぱり思っていたより進みが遅い。
とはいえ、魔法でやっているから肉体的な疲れはほとんどない。
むしろ作業している時間そのものが楽しいから、帰るころには妙な充実感がある。
それに最近は、ショートスリープの精度が上がってきた。
ついこの前までは四時間睡眠で日中ぼーっとしていたのに、今では三時間で八時間睡眠と同じだけの回復ができている。
これもセルフヒールや結界、隠蔽の常時発動魔法のおかげだろう。
……ただ、それが効きすぎているのかもしれない。
今日の昼休み、小鳥遊が妙に真顔で近寄ってきて、こう言った。
「太郎さん、最近ヤバい薬でもやってます? なんか……オーラ出てますよ」
心臓が止まるかと思った。
まさか魔法の影響で“元気すぎるオーラ”が漏れているとは。もっと社畜感を滲ませなくちゃヤバいかもしれん。
空き家を買ったこともまだ会社の誰にもバレていないし、しばらくは趣味のDIYです。で押し通すつもりだ。
――さて、それはそうと、今日は庭の草抜きをしようと思う。
現在時刻、二十二時。
この暗がりの中で黙々と草刈りをしている奴を見かけたら、ほぼ通報案件だろう。
ランタンを玄関にかけてライトのカモフラージュ完了。
庭に立つと、夜露でしっとりと濡れた草が、腰の高さまで伸びて揺れていた。
蔓が塀に絡み、太い茎が土を割って押し上げ、地中には複雑に絡んだ根のネットワークがあるのが足元の感触で分かる。
「……これ、手でやったら何日かかるんだろ」
小さくため息をつく俺に、リクの声が弾んだ。
『では、新しい魔法を作りましょう』
「おっ、来たな」
『生活魔法の延長として、草抜き専用の複合魔法を構築します。根の感知、土の緩和、根の引き抜き、焼却、整地――全てを一連の工程にまとめます』
「聞くだけで便利そうだな」
リクが魔力配分の指示を出す。
三割を探査に、五割を土ほぐしと引き抜き、残りを焼却に回す。
俺は足裏から魔力をじわりと地面に流し込み、深呼吸した。
視界の奥に、庭全体の地中構造が立体的に浮かび上がる。
太い根は黒く、まるで地中を這う龍の背骨のよう。
そこから枝分かれする細い根は蜘蛛の糸のように絡み、土粒の隙間にまで入り込んでいる。
「……地下、想像以上にジャングルだな」
『まずは土をほぐします』
リクの合図と同時に、根の周囲の土がふわりと緩んだ感覚が伝わってくる。
足元から、ほんのり暖かく柔らかな風が吹き上がるような、不思議な感触。
「じゃあ、引き抜くぞ」
念動力を重ねた瞬間、地面が静かに波打ち――次の瞬間、庭の草が一斉に「スポポポッ!」と音を立てて宙へ舞い上がった。
夜空に向かって、緑の滝が逆流したみたいに勢いよく伸び、月明かりを背にシルエットを作る。
『……想定より三割増の出力です』
「いや、思ったよりも根が軽く抜けてビビったわ」
次は焼却工程だ。
焦げ跡を残さないよう、低温を意識して熱を流す……はずが、
「……なんで凍ってる!?」
庭一面に霜が広がり、白く輝く氷の結晶が月光を反射している。
『温度制御が逆方向に行きました』
「スケートリンク作る予定はないぞ!」
三度目、魔力を丁寧に分割して、土をほぐす→根を浮かす→引き抜く→柔らかい熱で処理、の順に実行。
根と種がぱちぱちと音を立てて燃え、わずかな焦げ香とともに消えていく。
仕上げに整地を加えると、地面はふかふかで均一、まるで耕した畑のようになった。
「……よし、これで完成だな」
『草抜き魔法、成功です。範囲拡張も可能ですが、魔力消費が増えます』
「うん、今日はこれで十分だ。名前は……やっぱ“草抜き魔法”でいいや」
『命名、簡潔で良いと思います』
真っさらになった庭を見渡すと、たった一晩で外観が見違えるほど整っていた。
片付いた庭を見渡し、満足して家に戻る。
残置物の仕分けを再開。
リクが「ネット販売用」「リサイクルショップ行き」「保留」の三つに分類していく。
「この時計、すげー年代物っぽいけど?」
『動きません。修理すれば売れる可能性があります』
「じゃあ修理リスト行きだな」
木箱に詰まった古い食器セットは、クリーンで磨くと金縁が浮かび上がり、まるで高級ホテルの備品のようになった。
一方で、古びた木彫りの熊は……
『市場価値はゼロです』
「え、これ価値ゼロなの? なんか哀れになってきた」
壊れかけた家具もリペアの精度が上がってきていて、以前よりも仕上がりが滑らかだ。
引き出しの動きもスムーズで、木目の色艶も自然に整う。
『異常な早さで進化しています』
「まだ人間でいさせてくれ!」
分類した品は物置に移し、次の休み――朝からリサイクルショップに売りに行く予定を決めた。
週末が少し楽しみになってきた。




