第34話 ショートスリープと廃墟の夢
盆明け一週間。
現場は当然のように地獄モードだった。
社長の「気合いでやれ!」の一言で、遅れていた工期をみんなで必死に巻き返す。
……いや、俺の場合は“必死”というより、“こっそり魔法で常時ブースト”なんだけど。
結界で熱とホコリをシャットアウト。
セルフヒールで疲労を瞬時回復。
さらに隠蔽魔法でその痕跡を消す。
普通なら昼過ぎにぐったりする作業も、ケロッと乗り切れた。
『社畜マスター道、一直線ですね』
「俺は社畜を極めたいわけじゃねぇ!……たぶん」
いや、本当に違うからな?
でも、魔法で身体が軽いと、「あれ、俺って意外と働けるかも?」って錯覚しそうになるのは危険だ。
そんな地獄の一週間を乗り切った今日は――待ちに待った“内見”の日だ。
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休日の朝、期待を胸に車に飛び乗って現地へ向かう。
待ち合わせは不動産屋の田野さん。
物件は郊外の住宅地、最寄り駅から徒歩二十分。スーパーまで車で五分。都心までは車で一時間弱。
隣の家とは少し離れている。
「この条件で庭付き二階建て、土地込み。価格は……お楽しみってやつか」
『ドキドキしますね』
ハンドルを握りながら軽口を叩いていたが――
現地に着いた瞬間、心の中で叫んだ。
(……やっぱ廃墟じゃねーか!)
二階建ての家。
外壁は白かったはずなのに、今は灰色と苔色のまだら模様。
屋根の端は少し剥がれ、雨樋は途中で途切れて垂れ下がっている。
庭……というかジャングル状態の空き地が、玄関への道を完全に飲み込んでいた。
膝までの草をかき分け、絡みつくツルを足で外しながら進む俺。
『素材の保存状態は良好です』
「お前、人間の感覚とズレすぎだろ……」
玄関ドアの前に着いた時には、もう探索隊の気分だった。
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ドアを開けた瞬間、もわっとした空気とホコリの匂いが顔を包む。
カビと古木と、なんかもう説明できない“古屋の香り”だ。
室内は……想像以上に“そのまま”だった。
昭和の木製下駄箱、壊れかけた傘立て、色あせたカレンダー(平成7年で止まってる)。
リビングには茶色い革ソファ、座面がべこっと沈んでいて、もはやトランポリン状態。
ブラウン管テレビが鎮座している横には、半分割れたちゃぶ台。
その上に埃をかぶった灰皿と、謎のマグカップ。
台所は……昭和レトロの教科書。
黄色く変色した流し台、蛇口は緑青で覆われていて、ひねれば水じゃなくてカビの胞子が出そう。
『これは再利用可能』『これも分解すれば金属売却できます』
リクが片っ端から分析していく。
廊下の端に積まれたダンボール。
「書類」「思い出」「雑貨」などと殴り書きがあるが、中身は完全不明。
まるで開封禁止の宝箱。
田野さんが苦笑しながら言った。
「……このままなら、100万円です」
「……検討します」
口ではそう言ったが、内心では(ほぼ買う気)だった。
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ただ――問題は時間だ。
現場の仕事に加えて、この家の片付けや修理をやるとなると、1日24時間じゃ足りない。
『時間の問題ですね……では、提案があります』
「お、おう」
『ショートスリープ魔法を使いましょう』
「おい待て。それ、社畜にショートスリープは死亡フラグじゃないのか?」
『2時間の睡眠で8時間睡眠と同等の効果を得られる計算です』
リクが魔法原理を語り出す。
脳波をコントロールし、REMとNREMの切り替えを理想化。
細胞修復の効率を魔力でブーストし、老廃物の排出を促進。
現代科学+異世界アーカイブの合わせ技だという。
具体例としては、
1.脳のスイッチ切替
→ パソコンのスリープモードを「通常モード」から「高速復帰モード」に切り替える感じ。
魔力で脳の情報整理と疲労物質の分解を一気に進める。
2.全身メンテナンスの高速化
→ 工場のベルトコンベアを全速力で回して、普段8時間かかる修復作業を2時間で終わらせるイメージ。
血流や細胞修復を魔力でブースト。
3.深い眠りへ瞬間ダイブ
→ ダイビングで一気に深海へ潜るみたいに、入眠後すぐに“最深部の熟睡ゾーン”へ。
通常の睡眠だと何回も浅い眠りと深い眠りを繰り返すけど、この魔法は最初から深い眠りに固定。
4.副作用
→ 熟睡はできたけど、起きたら変にテンションが高い or 夜中に目が覚める。
魔力消費を間違えると、眠ったはずなのに頭が冴えすぎて寝られなくなる。
(……便利すぎるだろ。でも脳の配線ショートカットしてるみたいで怖え...)
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夜、試してみることにした。
リクの指示で横になり、深呼吸。
魔力を脳全体に巡らせ、波紋のように静めていく。
『はい、ここからは急速に深睡眠へ移行します』
「あー……なんか沈んでく……」
気づけば意識は真っ暗闇に落ち――
次に目を開けたら、時計は午前2時。
「あれ……10時に寝たよな?」
『はい。計算上は2時間で十分ですが、初回ですので安全を見て4時間睡眠としました』
なるほど、まだ練習段階ってことか。
でも確かに身体は軽いし、頭もやけに冴えてる。
眠気がまったくない。
『自由時間です。どうしますか?』
「……そりゃあ、やることは一つだろ」
俺はそのまま布団の上であぐらをかき、魔力操作の練習を始めた。
まずは呼吸に合わせて魔力を全身に巡らせ、指先まで細かく行き渡らせる。
次に、体表数センチ外側に“幕”を張る結界の展開――。
おお……今日は感覚が鋭い。
眠気ゼロで集中できるせいか、魔力の動きがスムーズだ。
その後は念動魔法でペンを持ち上げたり、机の上のメモ帳をひっくり返したり。
最後にセルフヒールの効率化を試し、呼吸と合わせて魔力消費を抑える練習までこなした。
『順調ですね』
「……いや、順調すぎて逆に怖いわ」
気づけば外はまだ真っ暗で、時計は午前4時半。
「4時間寝て、魔法の練習まで完璧……」
……これ、本格的に人間やめてないか?
『進化です』
いや、それを人間界では“やめる”って言うんだよ。




