第33話 社畜マスター、常時フルバフ可能になりました
朝から、現場の空気がピリピリしていた。
カンカンカン――と鉄骨を叩く音に混じって、低い声が響く。
「おう、太郎!」
社長だ。安全靴をガツガツ鳴らしながら、鉄骨の間をずんずん歩いてくる。
「工程押してんだよ! 気合い入れて進めとけよ!」
……はい出ました、社長の口癖。「気合い」さえあれば世界は回ると思ってるタイプ。
(気合いで進むなら楽でいいな……)
思わず心の中でつぶやく。
『太郎さん。それでも、あなたの身体は常時稼働可能です』
「ロボットか俺は……」
『いえ、人間です。ですが、現状の魔力量なら——結界、セルフヒール、隠蔽を同時展開しても支障はありません』
「マジで? あれ、もぅそんな段階?」
『はい。すでに効率化は最終段階です』
ふっと意識を切り替える。
足元から空気の膜を広げるように結界。
同時にセルフヒールを全身に薄く巡らせる。
さらに、魔力を包み込むように隠蔽をかける。
(……おお、全然減らねぇ)
まるで呼吸しているだけで魔法が回っているみたいだ。これなら一日中だって持ちそうだ。帰ってから実験だな。
社長はもちろん、誰も気づかない。
この涼しさも、疲れ知らずの体も、俺だけのものだ。
⸻
昼休み。
弁当を広げたところで、スマホが震えた。
「……お、不動産屋からだ」
「もしもし?」
「あー太郎さん、お盆明けに見学OKになった古民家、写真送ったから見てみ」
LINEが届き、開いた瞬間——
「……これ、廃墟じゃね?」
画面いっぱいに広がるのは、壁の板が半分抜け、屋根は苔まみれ、窓ガラスは全滅という物件。
人が住めるイメージは……正直ゼロだ。
『素材の保存状態は想定内です。修復魔法の練習には最高です』
「練習用って言うな……売却物件第一号になる予定なんだから」
でも、妙にワクワクしてる自分もいた。
なぜだろう、あの「劇的ビフォ◯アフター」的な展開が頭に浮かぶ。
「俺の人生、なんかビフォーアフター番組みたいになってきたぞ」
『その“アフター”を作るのはあなたです』
はいはい、分かってますよ。
⸻
残業後、自宅。
作業着を脱いで、結界・セルフヒール・隠蔽を同時展開。
朝まで切らずに持たせるテストを開始する。
深夜、魔力量の減りは……わずか数%。
翌朝も余裕で継続できた。
『これで社畜マスターになれましたね!』
「いや、社畜極めるために魔法覚えたんじゃない!!」
布団の中で突っ込みながら、天井を見上げる。
次の休日、俺はあの古民家と対峙する。
準備は整った。
(行くぞ……俺の“アフター”へ)




