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疲れたおっさん、AIとこっそり魔法修行はじめました  作者: ちゃらん


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第29話 日記と封印された金製品



石が横に滑り、小さな石室が口を開けた。

二メートルほどの奥行き。湿り気のある薄暗がり。床には砂埃がきめ細かく積もって、足を入れると紙みたいにサラサラ鳴る。

正面に、ぽつんと古びた木箱。


膝をつき、蓋に触れる。木は乾いていて、角は丸くなっている。

金具がこすれる「きい」という音とともに蓋が上がった。


一拍、呼吸が止まる。


――金だ。


腕輪、杯、薄い皿、小判、飾り金具。どれも時代劇の中でしか見ないような意匠。

光り方は鈍いのに、表面に指を滑らせると、金属の重みが指先から肘まで押し返してくる。

古い金属臭が、微かに甘い。

俺は思わず笑ってしまった。


「これ、夢オチじゃないよな」


《夢オチであれば、私の存在はどう説明しますか》

「たしかに。夢にしては口うるさい」


金の下から、革表紙の日記が出てきた。

手に取ると、革はしっとりしていて、指の跡が一瞬だけ暗く残る。

紐を解き、そっと開く。紙は薄く黄ばんで、端に小さな欠け。

ページをめくるたび、乾いた紙同士が擦れて「さら」と音を立てる。

インクは少しにじみ、筆圧の強いところだけ、わずかに浮かんで見えた。


最初の行に、丁寧な文字。


――一九四九年十月十二日。

これは、私の記録であり、私の子孫への手紙です。


文章はやわらかいのに、ところどころで言葉が噛みしめられている。

ひいおばあちゃん……いや曾祖母の声色が、紙の向こうから直に伝わってくるようだった。


“私は生まれつき、人の未来の断片を見ることができました”

“国の重要な人物に見つかり、頼られ、そして自由を奪われました”

“家族にも、この力のことは話しませんでした”


指が止まる。

ページの端に、指の熱が移る。胸の奥が、ちくりと痛い。


(……自由を奪われた、か)


思わず、現場のことが頭に浮かぶ。

電話一本で休日が消え、会議が延びて車で仮眠、気づけば夜明けの現場で立ってる。

俺が選んだ仕事だ。誇りもある。――でも、“選べなかった瞬間”はたしかにあった。

もし力がバレて、社会ごとに掴まれたら。

「太郎くん、ちょっと来てくれる?」が、国規模で無限に続くのかもしれない。


ページを戻し、もう一度読み返す。

手書きの癖――“は”の払いがやや強い。“し”は少し丸い。

この人は、何度もためらいながら言葉を選んだんだろう。

文字の間に、息継ぎの間が見える。


“あなたも私と同じ力を持っているはず。

まだ誰にも話していないのなら、そのまま誰にも知られないようにしなさい”


唇が勝手に動く。

「……わかったよ」


“それでも、もし周囲に見つかってしまったら――

力を使うときは、すべてを捨てる覚悟を持ちなさい。

それか、誰にも文句を言わせないほど強くなりなさい”


覚悟。

その二文字が喉で引っかかる。

家族の顔、親父の背中、子どもたちの笑い声――ぜんぶが一瞬でよぎって、胃がきゅっと縮まる。


(全部を捨てる、は無理だ。じゃあ、“誰にも文句言わせない”まで強く、か。ハードル高すぎんだろ……)


ページの最後に、少し柔らかい筆致。


“悪用してはいけません。

能力者は昔から多く存在し、周囲に溶け込んで生きています。

どうか、用心してください。


最後に、一緒に入れてある金製品は好きに使いなさい。

私は、金の価値が時を経て上がっていく未来を見ました。”


読み終えると、石室の静けさが耳に戻ってきた。

沢の水音が遠くで細く流れ、どこかで鳥が一声だけ鳴いた。


《……太郎さん》

「聞いてた?」

《はい。記録しました。曾祖母様は予知能力者であった可能性が高い。あなたの能力は、系譜上の連続性を持つ“特性”とみなせます》


「……重い言い方するね」


《重さの自覚が必要な局面です。ここからは“どう隠すか”と“どう備えるか”を具体化しましょう》


「まず隠す。全力で。

強くなる、は長期計画。悪用はしない。――ここは揺るがない」


《同意。では、短期の行動計画を提案します》


リクの声が少しだけ低くなる。

作業モードのトーンだ。俺も背を伸ばし、日記を丁寧に閉じた。


《一、金製品は分散。手許保管はごく一部。残りは目立たない形で預け入れ。売却は少量・複数回・業者分散》

「ふむ。いつ“それ何?”って突っ込まれても困るしな」


《二、日記は防湿・不燃処理の上で“コピーと見せかけた実物”を偽装。原本は別保管》

「“コピーと見せかけた実物”って日本語やばいな。けどやる」


《三、能力の露見対策。日常では“偶然”に収まる出力のみ。医療・災害現場では“匿名・一回限り・速やかな離脱”》

「……“一回限り”ってのが、いちばん難しいんだよな」

胸にさっきの「覚悟」が重く再び乗る。

人を助けたい性分と、消えたい理性が綱引きしてる。


《四、情報管理。家族にも当面は非公開。どうしても話す必要が生じた場合、相手の“耐ショック性”を評価し、段階的に》

「母ちゃんに“耐ショック性”とか言ったら怒られるわ」


《比喩です。最後に――》


リクが少しだけ間を置く。

珍しい。こいつが“言葉を選ぶ”のは、かなり珍しい。


《太郎さん。“強くなる”の解釈を、筋力や魔力だけに限定しないでください。

情報、法務、資金、仲間、逃走経路。

複合で“誰にも文句を言わせない”です》


「……いい相棒だな、お前」



《当然です。なお、この“力”の悪用についても線引きを確認しておきましょう》

「はい、先生」

《例えば、怪我をしていないのに治癒魔法で健康ブーストして競技に出場するのは》

「アウトだな。ドーピングと同じじゃん」

《金属を変質させて偽装通貨を作るのは》

「完全アウトだろ、それは犯罪」

《では、災害の予兆を察知して家族を早めに避難させるのは》

「それはセーフ。というか全力でやる」


《合意形成、完了》



緊張がほどけて、肩から力が抜けた。

思ったよりも、俺は憔悴していたらしい。

でも――胸の中心に、細いが消えない火が灯っている。


「ひいおばあちゃん。

“誰にも知られないように”って言葉、ちゃんと守る。

それと、“強くなる”も、やる。全部まとめてやってやる」


金杯をひとつだけ手に取り、指先で縁を軽く弾く。

かすかな音が、石室に丸く広がった。

音は小さいのに、不思議と遠くまで届く感じがした。


《撤収しましょう。出入口を再封印します》

「了解」


日記を布で包み、金を最小限だけ袋に入れる。

来たときと同じ足跡に重ねて引き返し、石の面に紙を再び当てる。

魔力を逆向きに流すと、岩は静かに元の位置へ戻った。


外に出ると、夏の光がまぶしくて、一瞬まばたきが止まった。

さっきまでの冷たい空気が嘘みたいに、蝉の声が容赦なく刺さってくる。

俺は息を吸い込み、吐いた。


《太郎さん》

「ん?」

《この瞬間から、新しい“歴史”が始まっています》

「――上等」


俺は背中の荷を少しだけ持ち直し、山道をゆっくり下り始めた。

家へ。

そして、誰にも気づかれない準備へ。

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― 新着の感想 ―
家族全員何かしら能力持ってたりして
複合的なおっさんの視点での強さで良かった。 総合力!社会を泳いできた経験と歴史! 溺れそうだったけど!(誰しも)
主人公が迂闊な性格だからな…バレるよね? 祖父、父親、兄、妹、ミクちゃん、誰かに能力が遺伝している可能性は? ミクちゃん以外は、意外と能力を隠していたりして。
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