表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疲れたおっさん、AIとこっそり魔法修行はじめました  作者: ちゃらん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/139

第28話 箱の中身と隠された地図



木の香りと、少しだけ金属の匂い。

みんなの息を飲む音が、同時に重なった。


祖父が腕を組み、うなずく。

「よし、開けろ。写真は撮った。逃げ道はない」

「ちょっと! “逃げ道”って言い方やめてよ」

母は笑いながらスマホを下ろした。


俺は、木箱の金具にそっと指をかける。

さっき感じた“ぴりっ”は、もうない。

(気のせいだったのか……いや、さっきのは――)


カチリ。


蓋が上がると、中にはさらに小さな黒い金庫。

角が丸い、昭和感あるやつだ。

祖父が「これだ」と言って、引き出しの奥から小さな鍵束を取り出す。


「ひいばあさんの箪笥から見つけた鍵だ。形が合う」

鍵を差し込むと、驚くほど滑らかに回った。


ギィ……。


開いた金庫の中には、古びた封筒と、厚紙の筒。

それから、緩衝材にくるまれた小箱がひとつ。

金目のものというより、静かな重さがある。


祖父が筒を手に取り、中身を引き出す。

「……なんじゃこりゃ」

広げられたのは、裏山の地図……ではない。

見慣れない様式の、土地の権利書だ。古い印影、古い字体。

でも、地名は見慣れすぎている。


「うちの……裏山、一帯?」

母が目を丸くする。

「ここの尾根から向こうの沢まで入ってるじゃない」

「そんな話、わしもばあさんも聞いとらん」

祖父の声が低くなる。「いつの間に登記を……」

《古い書式ですが、公的なものに見えます。日付は……戦後まもなく。固定資産税の扱いが気になりますね。》

(やめろ、リク。現実に引き戻すの早い)


封筒の中からは、さらに小さな紙束。

一枚だけ、端に小さな円と矢印みたいなものが描かれている。

まるで漫画の「つづきは次号!」のマーク。

……いや、違う。妙に、目がそこに吸い寄せられる。


「なにそれ、スタンプ? 付録?」

母がニヤニヤして覗き込む。

「宝の地図なら“×印”にしてほしいもんじゃ」

祖父まで笑う。



小箱を開けると、古い装飾品が少し。

宝石のついた指輪、銀のブローチ、真珠のイヤリング。

どれも手入れは行き届いて、地金の質が良さそうだ。

祖父母の顔が、そこで初めてほっと緩む。


一段落したところで、祖父が権利書を封に戻し、きっちりとまとめる。

「これは、わしで預かる。太郎、あの紙切れは、お前が持っとけ」

「あの紙切れ……って言い方。はいはい、ありがたく“落書き”もらいます」


俺は小さなメモを胸ポケットに滑り込ませた。

その瞬間、微かに紙が温かくなる。

(……気のせい?)


みんなで蔵を出る――そのとき。


「え……ちょっと。蔵、ピッカピカじゃない?」

母の声に祖父が振り向く。

「お、おお? 蜘蛛の巣ひとつない。床まで光っとる」

母は鼻をひくひく。「これ、レモンのような……でも違う香り」

(あ、やべ)

《クリーン魔法、調子にのってやりすぎです》

(もっと早く言え!)


俺は平然を装い、「窓開けて風通したらこうなった」と説明。

祖父母は「風で床が磨かれる家なんて聞いたことない」と首をひねったが、

最終的に「まぁ、きれいなのは良いことだ」で落ち着いた。


夜。

畳の部屋で一人、例のメモを机に置く。

手元灯だけが、白い四角形を浮かび上がらせる。


端に描かれた円――いや、“小さな魔法陣”に、そっと指を置いた。


(……ほんとに、ただの落書きじゃないんだろうな?)

《僅かな反応を検知。魔力の搬送路……微細ですが、あります》

(よし。行くぞ)


意識を一点に細く絞り、魔力をそっと送り込む。

まるで紙の繊維一本一本に、光を染み込ませていく感覚。

息をするのも忘れそうになる。


次の瞬間――


紙の上に、線がじわりと浮かび上がった。

薄い蛍光。墨のようで、光でもある。

一本、二本。やがてそれは等高線になり、記号になり、道になっていく。


地図だ。


《生成された図形を保存します。……座標化、完了。該当位置は、実家から徒歩二十五分圏内の山中です》

(やっぱり、裏山か)

《しかも“所有地”に含まれる範囲内。法的にも、倫理的にも、比較的動きやすいです》

(比較的、ね)


地図の端に、小さな印がひとつ。

“×印”ではない。けれど、そこに行けと言っている。

俺の指先に、紙がもう一度だけ、微かに温かくなった。


「……ひいおばあちゃん。マジで、何隠したの」


窓の外で、夏の虫が鳴いている。

胸の鼓動が、そのリズムに混ざっていく。


《太郎さん。明朝、探索計画を》

(了解。家族には……内緒で)

《内緒の定義に母上は含まれますか》

(そこ、つつくな)


***


翌朝。

「ちょっと、裏山ぶらっと見てくる」

台所で味噌汁の湯気に紛れながら、できるだけ軽い口調で言う。

「朝ジョギング?」

母が笑う。「えらいねぇ」

「無理すんなよ」

祖父が新聞の上から目だけ動かした。

「スズメバチもいる季節だから気をつけなさいよ」

「はい」


玄関を出る。

深呼吸。空気は湿ってるけど、山の匂いは好きだ。

《隠蔽、微弱。結界、薄膜。クリーンは“通常人間”相当で》

(学習速度が怖いんよ、君)


裏手の獣道に入ると、すぐに緑が濃くなった。

朝露を含んだ笹が、ズボンの裾を冷やす。

鳥の声、遠くの沢の音。足音を消すように、一歩ずつ。


地図のイメージを、頭に浮かべ続ける。

尾根を越え、右に折れ、小さな沢を渡って――


《前方三十メートル。自然地形と異なる“フラット面”を検知》

(フラット面?)

《岩肌の角度に対し、ひとつだけ直角が出ています。人工物の可能性が高い》


草木に覆われた岩場に出た。

苔むした巨石がいくつも重なり、夏草が隙間を埋める。

その一角――草の生え方が、妙に“均一”だ。


しゃがんで、手で草をかき分ける。

硬い。土ではない。石だ。

蔦を払うと、そこだけ四角い面が現れた。

磨かれて、うっすらと継ぎ目がある。


(……石室、っぽい)

《石を“動かした”痕跡も、微弱ですが残っています。開閉構造がありそうです》


心臓が、ひとつ跳ねた。


「……ほんとに、宝探しだ」


指先で継ぎ目をなぞる。

冷たい。汗ばむ手のひらが、石の温度をそのまま写し取る。

小さな穴が、左下にひとつ。鍵穴……ではない。丸い凹みだ。


《太郎さん。メモの“魔法陣”に似た比率です》

(つまり――)


俺は、胸ポケットから例の紙を取り出し、凹みにそっと重ねてみた。

サイズは違うが、比率はぴったりだ。

紙越しに、石の冷気。紙の温度が、微かに上がる。


《魔力、わずかに反応》

(いくぞ)


息を吸う。

魔力を、紙から、石へ――


岩場の向こうで、鳥が一斉に飛び立った。

ほんの一瞬、世界が静かになって。

次の瞬間、石の継ぎ目の奥から、古い空気が「ふっ」と漏れた気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんというwktk感
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ