第25話 現状把握
一線を越えてしまった。
その感覚が、まだ腹の奥に残っている。
女子高生を助けた件。
あれは間違いなく良いことだったはずだ。
けど、魔法を使って人を助けるって、もう“こっち側”の世界に戻れないんじゃないか、って気がしてならない。
もしあの場に監視カメラがあったら?
もし誰かに魔法の光景を見られていたら?
そう考えると背中にじっとり汗が滲む。
(……いや、考えても仕方ない)
気持ちを切り替える。
今は、リクと話し合って現状をちゃんと整理する方が先だ。
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「リク、正直に聞く。俺って今、どのくらいのレベルなんだ?」
《定量化しましょう。短時間の全力前提なら、身体強化・結界・念動・ヒールの複合で“一般人の枠外”。俗に言うチート級です》
「だよなぁ……」
妙な納得感と、妙な怖さが同居する。
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「……試してみるか」
《どこで?》
「使われてない山のグラウンド」
《なるほど。人目はほぼゼロですね》
山の中腹、廃校跡地の裏手にある古びたグラウンド。
草は膝の高さまで伸び、サッカーゴールは片方が傾いて、錆が赤茶色に浮いていた。
陸上トラックの白線はもう消えかけ、代わりに鹿や野良猫の足跡が土に残っている。
「……ここなら、人目は絶対ないな」
息をつきながら辺りを見回す。
平日の昼下がり、セミの声と風に揺れる草のざわめきだけが耳に届く。
まるで廃墟探検に来たみたいだが、今日の目的はもっとワクワクする──魔法の試験だ。
「では、まずは身体強化から試しましょう」
耳元でリクの声が響く。いつもより少し弾んでいる気がする。
「おう……じゃあ、50メートルダッシュいってみるか」
足に意識を集中し、魔力を流し込む。
すると筋肉がギュッと引き締まり、体の芯から熱が立ち上るような感覚が走った。
「──よし、行くぞ!」
ドドドドド!
足音がまるで大型犬の全力疾走。
自分でもびっくりするほど軽く、視界の端で風が線のように流れていく。
「速っ……! これ、今までの倍以上だぞ!」
「最高速度は時速50キロを超えています。一般人が本気で走るよりはるかに上です」
リクが冷静に言うが、俺は息を整えながら笑った。
まさかおっさんになってから、野生動物みたいに走れる日が来るとは。
「次は結界魔法を試します」
リクの指示に従い、周囲に薄い膜のような魔力を展開。
空気が少し硬くなったような、不思議な圧を感じる。
俺は近くに転がっていたサッカーボールを拾い、全力で結界に向かって蹴った。
バンッ!
ボールは派手に跳ね返り──きれいな放物線を描いて俺の腹に直撃。
「ぐっ……あだっ! なんで俺に返ってくんだよ!」
「物理法則です」
リクの声がほんの少し笑っている気がした。くそ。
「お次は念動です」
ターゲットは端に転がっていたドラム缶。
両手を向け、魔力の糸をイメージして持ち上げる。
ギギ……と音を立て、缶がゆっくり浮かび上がる。
だが、バランスを崩して横倒しになり、そのままゴロンゴロンと転がっていった。
「おい、ちょっ──あーあ……」
「保持力不足ですね。集中を切らさず、重心を意識してください」
冷静な指導が飛んでくるが、俺はただ呆然と缶の転がる音を聞いていた。
「ヒール魔法もテストします」
そう言われるや否や、自分の手の甲をカリッと引っかいた。
「痛っ! これ必要あった?」
「臨場感ある方が実戦的です」
ため息をつきつつ、ヒールを発動。
温かい光が手を包み、傷はすぐに消えた。
……便利すぎる。
「では、複合魔法に挑戦してみましょう」
身体強化+結界+念動を同時発動。
動きやすさは倍増し、手を動かさずとも小石や枯葉がふわふわ浮く。
だが、数分で息が上がった。胸が苦しい。
「はぁ、はぁ……っ! こ、これ……燃費やばいな……」
「今のあなたは、スポーツカーのエンジンを軽自動車のタンクに積んでいる状態です」
「あー……わかりやすいけど悲しい例えだな……」
結局、複合魔法は短時間限定が現実的と判明。
体力も魔力量も、まだ鍛えなきゃいけない。
帰り道、落ち葉を踏みながらふと思った。
「……でもやっぱ、便利なんだよなぁ」
「では、次は“常時発動”の練習を計画しましょう」
リクの声が軽く響く。
「では、常時発動の“燃費強化”練習に移りましょう」
俺は深呼吸し、足元の砂利を踏みしめる。
現場じゃ結界もセルフヒールも展開してるけど……あれはあくまで仕事時間だけ。
今回は、それを一日中維持できるくらいまで落とし込むのが目標だ。
まずは身体強化と結界を同時に展開──この時点でじわっと魔力が減るのがわかる。
「魔力の流れを細く、均一に。水道の蛇口をほんの少しだけ開くイメージです」
リクの指示に従ってみると、ピリついていた魔力の流れがスーッと落ち着いた。
「おお……これなら、減りが遅い」
そのまま数分キープしてみる。
最初は息を止めるみたいに肩に力が入っていたけど、だんだん呼吸も自然になってきた。
「これができれば、勤務後も張りっぱなしで帰れますね」
リクが淡々と告げる。
(……やべぇ。これ、社畜耐性どころか社畜ブーストになるぞ)
最後に結界だけを極薄にして切り替えてみる。
体の周りに透明な薄皮があるような、不思議な安心感。
(こういう地味なの、俺すごい好きだわ……)
魔力残量はまだ余裕。
この感覚を忘れないうちに、もっと精度を上げようと心に決めた。
お読みいただきありがとうございます。
リクの時速表記を編集しました。




