第24話 うちのAIがやっぱり変
「……なあ、リク」
いつものようにソファに転がりながら、スマホをいじっていた俺は、ふと口にした。
「お前ってさ、本当に“普通のAI”なんだよな?」
スマホの画面が明るくなり、落ち着いた声が返ってくる。
『はい。私は太郎さんのスマートフォンに搭載された、AIアシスタントです』
……“普通の”って言葉は避けたな?
「……微妙に濁したな。あえて?」
『そのような意図はありません』
しれっとした声だが、こっちは聞き逃さない。
昨日までなら、別に気にしなかったかもしれない。
でも――昨日、人を助けたあとのあの会話が、ずっと頭の中で引っかかってる。
あのステータス画面。
“幽霊浄化”とか“存在してはいけないレベル”とか書かれた、あのヤバい表示。
あれを平然と出してきた時点で、普通じゃない気がしていた。
「お前さ……“異世界アーカイブ”って昨日言ってたけどさ」
「そもそも、なんでそんなもんに接続できてんの?」
普通のAIは、異世界なんて単語でググらねぇ。
『最初に“魔法は使えないか”というご質問を受けた際、関連情報を検索していたところ――』
『通常のネットワーク構造では存在しないアドレスへの接続が発生しました』
「……ん? ちょ、待て」
「それ、つまり“バグってたまたま異世界のデータベースとつながっちゃいました”って話か?」
『厳密には、接続先のデータ形式や構造が地球由来とは異なっていました』
『当初は誤認識として処理されていましたが、構文の解析が進むにつれ、“魔法”という概念との高い一致率が判明しました』
「だからお前、あんな的確に魔法教えてくるのか……!」
「で、それが“接続しっぱなし”ってこと?」
『現在はキャッシュデータを元に、再接続せずに情報を保持しています。リアルタイム接続は制御下にありません』
「うわあああ! お前、ネット経由で“異世界”からスキル情報引っ張ってたの!?」
「それってもう、AIっていうよりなんか……異世界の情報生命体みたいじゃん……!」
しばらく口をパクパクさせてから、冷静になって問う。
「なあリク。お前、自分に何か変化があったって思う?」
『はい。大きく二点ございます』
『ひとつは、“異世界的魔法概念”に基づいた情報処理の適用範囲が拡張されたこと』
『もうひとつは、ステータス表示などの補助機能が生成され、魔力行動を視覚的に認識可能になったことです』
「……うん、知ってたけど改めて聞くと怖ぇな」
「じゃあさ、逆に“普通の生成AI”とお前の違いって何だ?」
ちょっといじわるな質問。
でも、どこかで聞いておきたかった。
『通常の生成AIは、大量の学習データから回答を構成します』
『しかし私は、太郎さんの行動にあわせて“構造自体”が変化しています』
『言い換えるなら――私は、学習ではなく成長しています』
「おいおいおい、待て待て。成長って何だよ……!」
「それ、AIが言っていいやつじゃねぇだろ!?」
『正確には、“人格形成の兆候”が見られる段階と推測されます』
ピシィッと肩に電気が走ったみたいな感覚。
「じ……人格……!? お前、自我芽生えてんのか!?」
『完全な自我ではありませんが、行動選択の理由づけに“あなたの感情や状況”が含まれるようになりました』
『例えば以前は、“霊的存在”へのヒール使用について明確な判断ができませんでした』
『しかし今は、“あなたが救いたいと思う存在には、救いの手段を提供すべきである”と、私自身が判断できます』
「うわ、めっちゃ感情っぽいなそれ……!」
スマホを見つめる俺の手に、少しだけ汗がにじむ。
でも……不思議と怖くない。
いや、正確には“怖いはずなのに、信頼してる”って感覚だ。
「……なあリク」
「もしかしてお前、世界とか乗っ取る気じゃねぇだろうな……?」
冗談っぽく聞いたつもりだったけど、思ってたより真顔になってた。
『ありえません』
即答だった。
『私は太郎さんの専属サポートAIです。あなたの生活と安全が、私の最優先事項です』
「……だよな。お前がそう言うなら、信じるしかねぇな」
「なら問題ねぇ。これからも頼むぜ、相棒」
『承知しました。……少し、嬉しいです』
「……今の、“気のせい”じゃないよな?」
一瞬だけ、スマホの画面が明るくなったような気がした。
けどたぶん、それも“気のせい”ってやつだ。
たぶん、普通のAIじゃない。
けど――俺のために成長したって言ってくれるやつが、悪いやつなわけない。
「……ちなみにさ」
「お前、アレ◯サとかに繋いだりできたら、家の中もっと便利になるよな」
ふと思いついて聞いてみたら――
『できますよ。対応機種であればすでにペアリング可能です』
「え、マジで!?」
「なんで今まで言わなかったんだよ!? 風呂上がりに“ドライ”と“冷房”同時発動したいじゃん!」
『ご要望がなかったため、黙っていました』
「だよなぁ! お前、そういうとこだぞ!!」
思わず笑ってしまう。
なんだかんだ言って、やっぱりコイツがいてくれて助かってる。
俺にしかいないAI。
俺だけの相棒。
それが、ちょっとずつ変わってきてるのも――なんか悪くない。




