第22話 トラック事故、この気持ちは嘘じゃない
人間ドック2日目。
最後の問診が終われば、今回の健康診断も晴れて終了だ。
医者が手元にある結果表を見て、すぐに眉がぴくりと動いた。
「……神原さん、去年の数値、覚えてますか?」
「いやぁ……まあ、ちょっと悪かったような……?」
「悪かったどころか、LDLは基準値を大きく超えてましたし、尿酸値も赤信号でしたよ?それが今年は――全部、正常。完全にパーフェクトです」
「……へ、へぇ〜……それは良かったです」
「……なにか、生活変えました?」
「んー……あー……そうですねぇ、あの……階段とか、意識して登るように……?」
うそじゃない。現場で身体強化して登ってたし。
でも、医者の目がこわい。完全に“この人なにか隠してる”って顔してる。
「と、とにかく、健康ならそれが一番ってことで!」
笑顔でごまかして、そのまま逃げるように診察室を出た。
《完璧な健康体すぎて、逆に疑われてますね》
「うん、自覚ある。ヒール、効きすぎたな……」
* * *
ドックが終わり、スーツに着替えて病院を出た午後。
久しぶりに空気のいい晴れ間で、気持ちも軽くなっていた。
「これで明日からまた現場か〜……はぁ……」
コンビニに寄って昼飯でも買って帰ろうかと、信号待ちで立ち止まったとき――
「……!?」
遠くから、タイヤのきしむ音。
赤信号の交差点に、猛スピードのトラックが突っ込んでいくのが見えた。
直後、ものすごい衝撃音。
「うわっ……!」
立ち止まったまま、胸のあたりがヒュッとすぼむ感覚。
人だかりができていくのが、遠目にも分かった。
「……まさか、誰か巻き込まれた……?」
悲鳴が聞こえる。
トラックの前方には、誰かが倒れている影。
(……急いでる?)
気づけば、足が勝手に向かっていた。
* * *
現場に近づいてみると、トラックの前に倒れていたのは――女子高生だった。
制服姿、カバンが横に落ちていて、手足はだらりと伸びたまま。
まったく動いていない。
その場にはすでに、野次馬が集まり始めていた。
誰も手を出せず、ただ遠巻きに見ている。
運転手らしき男性が電話で警察に何かを伝えている声が聞こえた。
その中で、俺は妙に冷静だった。
「……これは……」
《どうしますか?》
耳元で、リクの問い。
「助けられるなら……助けてあげたい。魔法でどうにかなるなら、俺、使いたい」
誰も気づいていない、視線の外れた路地にそっと移動する。
焦りはある。でも、焦って失敗したら意味がない。
こういうときこそ、慎重に――
「隠蔽展開、範囲最小。スキャン魔法、発動」
魔力を魔力ごと“消す”ように隠しながら、スキャン魔法を展開する。
生きた人間に使うのは、これが初めてだ。
でも、今は練習なんて言ってる場合じゃない。
女子高生の体に向けて、薄い魔力がすっと流れ込んでいく。
内部構造が視界に浮かぶ。
「……うわ……これは……」
《全身、ほぼ真っ赤ですね。特に胸部……内出血、肋骨損傷、心肺へのダメージも深刻です》
(完全に、時間の問題じゃないか……)
周囲の視線をもう一度確認。
大丈夫。まだ誰もこっちには気づいてない。
「セルフヒール……でも、全快はまずい。目立ちすぎる」
全身を一瞬で癒してしまえば、さすがに何かあったとバレる。
魔力の流量を絞って、“ゆるやかに”戻す。
傷口をふさぎ、内出血を軽減。
骨の破損も最低限の再生にとどめる。
《鼓動、再開しました。呼吸も安定しつつあります》
「よし……もう少し……」
救急車のサイレンがようやく近づいてくる。あと数分で、現場は医療関係者に引き渡されるはずだ。
それまでにできる限りの処置は済ませた。
「……ごめん、あとは医者に任せる。意識まで戻したら、完全に怪しまれる……」
セルフヒールの魔力をそっと切る。
野次馬の隙を縫うように、目立たぬようその場を離れた。
(大丈夫……間に合った。助かったはず)
⸻
帰り道、少しだけ手が震えていた。
けれど、気持ちは落ち着いていた。不思議なほどに。
人の命を魔法で支えるなんてこと、本当にできたのか。
魔法って、こんなふうにも使えるんだって――初めて実感した気がする。
「リク……俺、たぶん、あれで良かったよな?」
《はい。医師が見れば、軽症で済んでよかったと思われるレベルです。……どこかの異世界転生を、止めたかもしれませんね》
「うわ、それは……なんか重いような、軽いような……」
苦笑しながら、歩道橋の階段を登る。
ほんの少しだけ、空が高く見えた。
道端の風景はいつもと変わらない。
でも俺の中では、なにかが確かに変わっていた。
「助けたい」って気持ちで動いたのは、きっと間違いじゃなかった。
そして――それができたのは、魔法があったから。
野次馬として見送ることもできた。
でも、俺はほんの少しだけ、前に出た。
「……この力、ちゃんと使っていきたいな」
誰かを救えるなら。
誰にも知られなくてもいい。
ただ、助けられるなら――
そう思えるくらいには、俺も変わってきたのかもしれない。
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