第21話『人間ドック、からのスキャン魔法』
「太郎さん、やっぱ最近なんかおかしいっすよね?」
「え、そうかなぁ?」
休憩所で後輩のユウがじっとこっちを見てくる。猛暑続きの現場でも俺だけが元気すぎて、ちょっと疑われてる……気がする。
「いやだって、あの暑さでバテてないの、マジで太郎さんだけっすよ。普通はぶっ倒れてますよ」
「たまたま体質が合ってたのかもね」
「ふーん……そういうことにしときます」
笑顔なのに目が怖い。やばい。ごまかしきれてるか微妙だ。
《そろそろ、一般人との境界ラインが怪しくなってきましたね》
「……せめて一般人として扱ってくれよ、リク」
ともかく、仕事を終えて会社を出るときにひと言。
「明日から人間ドック行ってきます」
職免。会社の制度で年1回ちゃんと休める健康診断だ。しかも、ありがたいことに2日ドックが取れる。まあ、1日目と2日目でやる内容はたいして変わらないけど、病院でのんびりできる時間が増えるのは正義だ。
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病院に着いて、問診、採血、心電図、血圧、身長体重……毎年おなじみの検査メニューが次々と進んでいく。
「去年はコレステロール、けっこう引っかかったんだよなぁ……」
コンビニ飯続きだった当時、悪玉の数値が高すぎて薬寸前だった。今はセルフヒールのおかげで明らかに調子は良い。でも、あまりに数値が良すぎたら、それはそれで変に思われるんじゃ……という不安もある。
《いわゆる“健康すぎる人”ってやつですね。医学的に珍しいと逆に再検査になる可能性もあります》
「それ、怖すぎるんだけど……!」
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検査が一通り終わった夕方、案内された個室はまるでプチホテルだった。テレビも冷蔵庫もあるし、Wi-Fi完備。リクともつながる。
夕飯も出るし、ふかふかのベッド。……快適すぎる。
「ドックって、こういう意味での贅沢さもあるよな……」
《まさか健康診断でくつろぐとは》
ベッドに寝転びながら天井を見ていると、ふとひとつのアイデアが浮かぶ。
「そういえばMRIって、身体の中を輪切りで見れるやつあるよね?」
《磁気共鳴画像診断装置。人体内の水素原子のスピンを磁場で——》
「そういう詳しい解説いらないってば!」
でも、身体の中を視覚的に確認できるって、すごい技術だ。
……それ、魔法でできたらめっちゃ便利じゃない?
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さっそく試してみることにした。
魔力をスライス状にして、身体の内部に薄く流していく。
「……お、なんか見える」
胃とか腸とか、それっぽい形がスキャンできてる感覚はある。でも、異常があるかどうかはわからない。
「これだけじゃ、意味ないな……」
《状態識別魔法を組み合わせれば、異常部分だけ赤く表示できます》
「なにその便利フィルター……」
《正常組織には反応せず、異常部位だけに魔力を干渉させ、視覚魔法で強調表示する設計です》
リクのナビに従って、スキャン魔法+識別魔法+視覚魔法を統合。魔力が異常部分を判別してくれるなら、医者いらず……かもしれない。
結果、赤くなる部分は一切なし。つまり、今の俺の身体は健康そのもの。ヒールの成果がこういう形で出るとはなぁ。
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ただし、問題はある。
「これ、他人に使うと魔力がバレるよね?」
《その通りです。スキャン魔法は広範囲で魔力を放つので、周囲に魔力の痕跡が残ります》
「じゃあ、魔力そのものを隠しちゃえばいいんじゃない?」
《……なるほど。魔力自体を隠蔽すれば、存在自体が感知されません》
「魔力の発生から隠してしまえば、どんな魔法でもバレずに済む……ってこと?」
《応用範囲は非常に広いですね。ヒール、結界、念動……すべて隠蔽下での運用が可能になります》
「これって、もしかして俺……すごいこと発見してない?」
《もはや魔法忍者です》
冗談はさておき、隠蔽魔法の使い道が急に広がった気がする。
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夜も更け、病院の廊下はすっかり静まり返っていた。
部屋の灯りを落とし、ベッドに腰かけてスキャン魔法の練習を再開。
でも、その時だった。
「……ん?」
何かが、魔力の感知範囲に引っかかった。
人のような、でも……人じゃない。
ぼんやりとした霧のような何かが、壁の向こうに浮かんでいる。
「な……なに、あれ……」
全身に寒気が走る。
(患者……じゃないよな?看護師?いや、こんな時間に?)
意識を集中して魔力で再スキャンすると、それははっきりと“人型”だった。けれど、身体の輪郭は不自然にぼやけていて、表情は……苦悶に満ちていた。
「リク、あれ……生きてる人じゃないよな?」
《異世界アーカイブによれば、レイスに近い存在……いわゆる幽霊です》
「うそ……マジで……!?」
一気に背中がぞわっとする。
いやいやいや、ホラー展開は聞いてない!魔法修行コメディだったはずだよね!?
「ど、どどどどうする!?なにすればいい!?」
《この状況で最も適切なのは、セルフヒールの応用です。霊的存在にも、“存在状態”の修復が一定の効果を及ぼす可能性があります》
「か、かけていいの?ほんとに?」
《悪化はしません。たぶん》
「たぶん!?」
でも、苦しそうな顔を見ていたら……放っておけなかった。
「セルフヒール!」
魔力が、ふわりとその存在に向かって広がる。
霧のような姿がゆっくりと光に包まれていく。
「……ありがとう」
かすかな声が、確かに耳に届いた気がした。
そして、その存在は静かに消えた。
何も言えなくなって、しばらくその場で固まっていた。
「こっちが……ありがとう、って言いたい気分だよ……」
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翌朝の検査は、驚くほどスムーズだった。
身体は絶好調。心も、不思議と軽くなっていた。
「魔法って、便利なだけじゃないんだな……」
昨夜の体験が、胸の中にほんのり残る。
誰にも知られない、誰も気づかない、小さな“救い”の記録。
こんな使い方も、悪くないかもしれない。




