第20話 飲み会、それは現代魔法使いにとっての試練
仕事が一段落したタイミングで、社長が唐突に言い放った。
「今週末、飲みに行くから。みんな空けとけよー」
……はい、出ました、強制イベント。
「あと太郎、出欠取っていつもの店予約しといてくれな。頼んだぞ」
「……え、あ、はい……」
完全に「お前は来る前提」だ。選択肢という概念は存在しないらしい。
『ああ……人類から自由意志が奪われる瞬間、目撃しました』
「なに実況してんのリク……」
ため息をつきながらスマホを開き、いつもの店に予約を入れた。
ああ、金曜日……逃げ場なし、確定かぁ。
* * *
その週はいつもどおり、いやいつも以上に暑かった。
連日35度超え、まさに現場の殺人天気。
でも、俺には魔法がある。
結界魔法で空間を快適温度に保ち、
身体強化で重たい資材もヒョイと持ち上げ、
セルフヒールで疲労も腰痛もケア。
「いや〜、魔法ってほんと便利だな……」
『だいぶチートじみてきましたね』
「いいの、誰にも迷惑かけてないし」
誰にもバレずにこっそり使ってるんだから、セーフ。
きっとセーフ。
ただ――
どれだけ現場で魔法が使えても、逃げられないものがある。
そう、それが――飲み会。
いくら仕事でも、プライベートで社長の自慢話を延々聞かされるのは、精神的にしんどい。
「昔はなぁ」「根性が大事なんだよ」「今の若いやつは〜」
そんなセリフを、すでに何百回聞いたことか。
魔法で体力は回復できても、精神のダメージはどうにもならない。
『その場合は、精神治療魔法が必要ですね』
「そんな都合のいい魔法、まだないよ……」
* * *
金曜の夜、ついにその時がやってきた。
「かんぱーい!!」
「おつかれさまでーす!」
ガヤガヤと賑わう居酒屋の一角、俺たちは会社メンバーで円卓を囲んでいた。
社長、部長、先輩、同期、後輩たち……総勢10人。
例のごとく、俺の隣には社長がどっかりと座っている。
社長のジョッキはすでに3杯目。
テンションは最高潮。声がデカい。
「昔はなぁ!現場に水なんか持ち込んだら怒鳴られてたんだぞ!」
「はは……いや〜、今はいい時代ですねぇ」
「最近の若いのは甘い!根性が足りん!」
(きた……毎度おなじみの昭和スピリット……!)
『おっさんのヒール魔法では治療できない領域ですね』
「ほんとにな……」
そのあいだも俺は、お酒をちびちび飲んでいた。
久しぶりのビール。最初の一口は、正直うまかった。
けど、すぐに顔がポーッと熱くなってきて――
(……ん、これ、酔ってきたかも)
さすがに現場帰りで疲れてるし、アルコールがまわりやすい。
ってことで――
「セルフヒール」
魔法で酔いを抜く。
内臓回復・代謝促進を一瞬で起こす、俺専用の秘密兵器。
すると――
「……あ、スッとした」
『それもう、飲まなくてよくないですか?』
「気分だけでも大事なんだよ。大人の付き合いってやつ」
* * *
飲み会も中盤、ようやく社長のターンが一段落ついた頃。
同期の佐藤が、俺の顔をジッと見てきた。
「なぁ太郎、お前さ……最近、なんか違わない?」
「え、なにが?」
「いや、仕事のときの動きとかさ。前まで腰痛でヒーヒー言ってたろ?」
「たしかに。今じゃ階段をぴょんぴょん登ってるし、全然バテないっすよね」
と、後輩の小鳥遊まで乗っかってくる。
「いやいや、そんなことないって……」
「いやあるよ。マジで若返ってない?なに飲んでんの?」
「ストレッチと、あとは……気合い?」
『気合いですって。根性論は社長の専売特許ですよ』
「黙ってて……!」
冷や汗をかきながら、なんとか話をそらそうとするけど、
二人は完全に俺に興味津々モードだ。
「てか、マジで前と顔つきが違うんだよな〜。生き生きしてるっていうか」
「やっぱ秘密ありますよね?太郎さん、プロテインとか飲んでます?」
(ないないない!プロテインじゃない!魔法です!!)
心の中で全力否定しながら、愛想笑いを浮かべる。
ごまかすので精一杯だ。
でも、ちょっと……本当に、最近の変化が目立ってきたかもしれない。
『魔法の効果が、少しずつ体に定着してきたんでしょうね』
(リク、それ怖いやつじゃないよね?)
* * *
そんな流れのなかで、話題は自然と健康の話へ。
「そういやさ、健康診断の時期じゃね?」
「俺、去年の人間ドック、C判定だったんすよ〜。胃がなぁ……」
「わかる。俺もコレステロールで引っかかった。来週またドックだよ」
「え、太郎も?」
「うん、俺も来週……」
そこで、ふと思う。
(……セルフヒール、ずっと使ってるけど、大丈夫だよな?)
去年は軽く数値が悪かった記憶がある。
でも今は……毎日ヒールで回復してるし、明らかに体調はいい。
むしろ、良すぎるまである。
(ま、まさか……回復しすぎて異常扱いされたりしないよな……?)
『それはあり得ますね。もし“常人を超える再生力”とか記録されたら、普通にバレますよ』
(いやいやいや、それは困るって……!)
* * *
飲み会はその後、無事(?)に終了。
帰宅してすぐ、クリーンとアロマで自分のにおいをリセット。
クリーンをかけながら、ついでに湿気も飛ばしてみる。
服がふわっと軽くなって、まるでドライ機能みたいだ。
やっぱり居酒屋の煙って、服にも髪にも染みつくんだよなぁ……。
最後にいつも通り、魔力制御の訓練を済ませてから、ベッドに倒れ込む。
「……はぁ、疲れた……」
『でも、楽しかったじゃないですか?』
「……まあね。みんなの顔見れたし、悪くはなかった」
ほんのり酔いの残る夜。
魔法に助けられながら、それでも普通の社畜として、俺は生きている。
ただ――
来週の人間ドックだけが、ちょっと怖い。
「……ヒール、効きすぎてないといいけどなぁ……」




