第19話 社畜モード発動、魔法がなかったら孤独死してる
アラームの音で目が覚めた。
「……はぁ」
自然と、ため息がこぼれる。
今日からまた一週間、地獄の社畜生活が始まる。
月曜日の朝は、やっぱり憂鬱だ。
でも……このひと月で、ちょっとだけ変わった。
魔法を覚えて、ほんの少しだけだけど、日々のしんどさがマシになってきた気がする。
この連休では便利な魔法も開発できたし、きっと今日は先週よりラクなはず。
「よし……がんばろう」
そんなふうに自分に言い聞かせて、
まずはライト魔法で部屋の明かりをつけた。
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朝ごはんは、冷蔵庫の残り物のパン。
それをブラックコーヒーで流し込む。
飲み終えたマグカップをクリーンで洗浄。
染みついてたコーヒーの跡が、スッと消えていく。
「わ、ほんとに便利だなあ……」
うがいもウォーター魔法で済ませてしまう。
『このままいくと、水道代ゼロも夢じゃないですね』
「さすがにそれは無理だって……」
リクのツッコミを受け流しながら、仕事の準備を整えた。
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会社に到着して、まずは今日の予定を確認。
図面を手に、現場へと車を走らせる。
空は雲ひとつない晴天。……っていうか、暑すぎる。
「……え、今日って38度?」
ニュースでは、40度を超える地域も出てきたらしい。
日本の夏、もはや修行場。
熱中症アラートもバンバン出てるし、今日は特に注意が必要だ。
「クーラーボックス……よし、冷えてる」
職人たち用に、キンキンに冷やしたスポーツドリンクを用意してきた。
現場で誰か倒れでもしたら、笑えないからね。
そして俺は――
「……よし、いまのうちに、結界魔法、展開……」
こっそりと空調結界を発動。
周囲に悟られないように、風と温度をさりげなく調整する。
ひんやりとした空気が、肌に心地よく広がった。
『……まさか、自分だけ快適空間を作るとは』
「いやいや、俺だって汗だくで倒れたら、みんなに迷惑かかるからさ……」
『ふつうに言い訳が上手になってますね』
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作業が始まってしばらくすると、現場で小さなトラブルが起きた。
「……クレーン車、入らない……?」
設置予定のスペースに資材が置かれてて、あと50センチ足りない。
いやいや、下見のときこんなのなかったぞ?
「誰だよこれ置いたの……っ、くぅ……」
仕方ないので、誰にもバレないように念動魔法を使って、資材をちょっとだけずらす。
「よし、これで……」
あわてて職人を呼び、クレーン車を誘導する。
「おおっ、ギリギリだけど、入ったな」
「クレーンの運転、すげぇっすね~」
「……ですよね!(セーフ!)」
俺の魔法なんて、誰にも気づかれていない。
たぶん。
『たぶん、がつくあたりに不安しかありませんけどね』
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次に待ち受けていたのは、社長からの一本の電話。
「おい、明日から雨らしいから、今日中に屋根まで終わらせろよ。あと、見積もりミスってた分も直しとけな」
「……え?」
いやいや、今からそれ全部やるの?
さすがに無茶ぶりにも程があるでしょ……。
「はぁ……わかりました」
反論できないのがつらい。これが社畜だ。
現場の親方に頭を下げ、自分も手伝いに入る。
こうなったら魔法フル活用だ。
まずは身体強化を使って、資材を次々と屋根まで運ぶ。
今までなら、重さで腰が砕けてたような資材も、
いまは余裕。
さらにセルフヒールを重ねがけして、負担を抑える。
『働きながら回復してるの、だいぶ人間やめてますよ』
「せめて“ちょっと丈夫な人間”って言ってくれ……」
気づけば、汗もかかずにテキパキと作業していたようで――
「おい太郎、お前、今日なんか元気じゃね?」
「え?ああ、昨日早めに寝たからっす!」
とっさに笑顔でごまかす。
あぶなかった……!
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なんとか屋根の施工を終えて、会社に戻ってくる頃には、もう夕暮れ。
さすがに体も重い。
というか、なんか臭う気がする。
「……クリーン、アロマ、発動」
自分に向けて魔法をかけ、汗とにおいをリセット。
アロマでふわっと香るハーブの匂いが、疲れた心にしみる。
『働く男のエチケットですね』
「この歳になると、いろいろ気になるんだよ……」
気を取り直して、事務所に入る。
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ここからは書類との戦い。
見積もりの修正、施主からの設計変更、
次の案件の段取り確認――
ひたすら書類とパソコンとにらめっこ。
魔法ではどうにもならない、社会人の現実。
気がつけば、時計の針は22時を回っていた。
「……やっと終わった……」
『残業代、出るといいですね』
「言わないで……」
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帰り道、コンビニで弁当を買って、ようやく帰宅。
ライトで部屋を照らし、ウォームで弁当をあたためる。
温かいご飯って、やっぱりほっとする。
「魔法がなかったら、たぶん俺、今日倒れてたな……」
誰にも気づかれず、現場で孤独に力尽きてたかもしれない。
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食後は、どれだけ疲れていても、日課の魔力制御トレーニング。
魔法の制御。
そして、魔力量の限界ギリギリまでの出力訓練。
「ふぅ……今日も、なんとかやりきったなぁ」
『バレてませんよ。たぶん』
「“たぶん”やめてってば……」
でも、正直なところ――
これ、いつまで続くんだろう。
会社はブラック。
仕事は地獄。
夢見たスローライフは、遠いどころか見えもしない。
「はぁ……普通でいいから、幸せになりたいなあ……」
願いはただ、それだけなんだけどなぁ。




