第17話 念動魔法、現場監督の第三の手
「……なあリク。今度は“念動”ってやつ、できないか?」
俺はリビングのちゃぶ台に座りながら、昨夜の魔法実験の延長戦を提案した。
クリーン魔法が成功した今、俺の中に“もうちょっといけるんじゃ?”という甘い期待が生まれていた。
「念動……要するに、触らずに物を動かす能力ですね?」
イヤホンから冷静な声が返ってくる。
「異世界アーカイブでは“テレキネシス”とも呼ばれる魔法ですね。魔力を体外に収束させ、対象に“仮想の手”を作るイメージです」
「仮想の手、か……」
俺は現場での作業風景を思い浮かべた。足場の上、手が二本じゃ足りないあの瞬間。
(もし俺が三本、いや四本手を持てたら、どんだけ楽になることか……!)
「原理的には可能ですよ」
リクが説明を続ける。
「念動魔法は、魔力を“力場”として形成し、対象物に圧力をかける仕組みです。科学的に言うなら、魔力を微弱な重力場や磁場のように振る舞わせ、物体を押したり引いたりするんです」
「……おお……なんか急にSFっぽい!」
俺の心が躍った。これは男のロマンだ。見えない手で物を操る。しかも仕事で使えるかもしれない。
「ただし注意点がいくつかあります」
リクはすかさず冷や水を浴びせてくる。
「第一に、魔力を空間に放出すると拡散します。だから、できるだけ対象の近くで魔力を“収束”させる必要があります。
第二に、魔力の形を安定させないと、力がバラけて物体が滑ったり、最悪の場合は破壊してしまいます」
「……力加減が大事ってことだな」
俺は現場の吊り荷作業を思い出した。ワイヤーを締めすぎれば切れるし、緩ければ落ちる。それと同じだ。
「まずは軽い物体からです」
リクが提案し、テーブルの上にあるボールペンを指定した。
俺は深呼吸し、掌の先に“魔力を糸状に集めて伸ばす”イメージを浮かべる。
手を伸ばすことなく、見えない腕をもう一本生やすような感覚だ。
「……動け……動けぇぇ……!」
カタッ。
ボールペンがわずかに揺れた。
(きた……今、ちょっと押せた!)
「いいですね。魔力が対象を捉えています。ただ、もっと“形”を明確にイメージしましょう」
リクがアドバイスをくれる。
「“掴む”イメージです。球体で押すより、指を持った手でつまむような感じを強く描いてください」
俺は想像した。透明な手が現れて、ボールペンをつまんで持ち上げる……。
次の瞬間、ペンがフワリと浮き上がった。
「おおおおっ……! 俺、超能力者になったぁぁ!」
思わずガッツポーズを決める。
(これ、現場で使えたら最強だぞ……!)
「リク、これってどんな原理なんだ? なんで触らずに持ち上げられるんだ?」
「はい。簡単に言えば、魔力を“エネルギーフィールド”に変換して、対象物の分子構造に直接働きかけています」
リクの声が少し熱を帯びる。
「魔力は物理的な干渉力に変換可能です。現代科学で言うところの電磁力や重力を模倣する形で、力場を形成するわけです。
今回は手の形をイメージしましたが、理論上は“面”を作って支える、“糸”を張って吊るす、など自在にアレンジできます」
「なるほど……つまり、俺は今、見えないフォークリフトを作ったわけだな」
「そうですね。ただし慣れないうちは出力が不安定です。力を強めすぎると物体が砕けることもありますし、指先の感覚が曖昧だと滑ります」
俺は背筋がゾワッとした。
(これ……もし人に向けたら骨を折れるぐらいの力、余裕で出るかもしれない……)
現場の荷揚げ作業の補助に使える夢の魔法。
だが同時に、武器にもなり得る危険な力でもある。
(……気をつけよう。これ、絶対に冗談じゃ済まないやつだ)
⸻
さらなる練習
その後も、俺はコップ、水の入ったペットボトル、スマホと段階を踏んで持ち上げる練習をした。
力加減をミスり、スマホをギュッと押しつぶしそうになった時は心臓が止まるかと思った。
「まるで新人の玉掛け作業を見てる気分だな……」
自嘲しつつも、少しずつ成功率は上がっていく。
やがて、机の上のペンやスマホを同時に2つ動かせるようになった。
(やべえ……これ、もし現場で使えたら、天井裏のボルトも楽勝で回せるじゃん……!)
俺の脳裏に、未来の“魔法現場監督”の姿が浮かんだ。
脚立に登らずにライトを吊り下げ、重たい資材を念動で浮かせて配置。
誰にも気づかれず、あっという間に作業完了。
「……俺、これ極めたら、社畜じゃなくて“超畜”になれるかもしれないな……」
そうぼやきながら、俺は再びペンを宙に浮かせる練習を続けた。
⸻
この日、俺は心の中で固く誓った。
この魔法を極めて、第三の手を完璧に使いこなしてやる。
そうすれば、現場も人生も、少しは楽になるはずだから。




