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第142話 龍の置き土産と、リクの提案



「……っ、は」


 弾かれたように目が覚めた。俺はバッと上半身を起こし、周囲を見渡した。見慣れない天井……いや、見覚えはある。ここは沖縄、大城家の客間だ。カーテンの隙間から、強烈な朝日が差し込んでいる。


「……よく寝たな」


 俺は額の汗を拭おうとして、手が乾いていることに気づいた。昨晩は、おばぁたちと泡盛を痛飲して客間に案内されて寝落ちしたはずだ。本来なら、頭が割れるような二日酔いと、古傷の腰痛で呻きながら起きるのが定石だ。だが、どういうわけか体調が異常にいい。全身の細胞が新品に入れ替わったように軽く、指先の感覚まで鋭敏だ。


「……ん? なんだこれ」


 枕元に、見慣れないものが転がっていた。飴玉くらいの大きさの、透き通った黄金色の宝玉だ。窓から差し込む朝日を浴びて、内側からボウッと温かい光を放っている。


「おいリク、これお前の仕業か?」


 俺はスマホを手に取り、その石に向けた。すぐに画面が明滅し、リクの念話が脳内に響く。


《いいえ。ですが、スキャンの結果が出ました。……極めて高純度の魔力結晶体。異世界アーカイブの知識からの推測ですが、ドラゴンが生成する『龍玉りゅうぎょく』と呼ばれる物質に酷似しています》


「龍玉……?」


《昨晩、睡眠中の太郎さんの枕元に、高エネルギー体が接近した痕跡があります。接触はなく、この物体を設置して即座に離脱した模様です》


「……置き配かよ」


 どうやら、謝礼だけ置いて帰ったらしい。俺はおそるおそる、その黄金の玉に指先で触れた。

 その瞬間だ。カッ、と玉が強く輝いたかと思うと、蜃気楼のように揺らぎ、俺の指先へと吸い込まれてしまった。


「うおっ!?」


 慌てて手を振るが、もう遅い。玉は跡形もなく消え失せ、代わりに腹の底、丹田のあたりに、ポカポカとした熱い塊が居座った感覚があった。


《……スキャンで確認。太郎さんの体内に『予備電源サブ・バッテリー』として格納されました》


「おい、大丈夫なのかこれ」


《問題ありません。むしろ、このエネルギーが身体機能を活性化させています。腰痛や肩こりが消失しているのも、その恩恵です》


 なるほど。強制的な健康器具みたいなもんか。俺は何度か屈伸をして、その効果を実感した。


《ただし、太郎さん。体に馴染むまでは、相応の燃料が必要です》


「燃料?」


《直ちに栄養補給を推奨します。今の代謝速度では、すぐにガス欠になります》


 その言葉と同時だった。  グゥゥゥゥ……と、腹の虫が雷のような音を立てた。神様のプレゼントを維持するのも楽じゃないらしい。俺は苦笑しながら、リビングへと向かった。

          


 リビングのドアを開けると、そこはすでに戦場だった。


「あら、起きたねぇ! 顔色がいいさぁ!」


 おばぁが満面の笑みで迎えてくれる。  そして、食卓には―


「……これ三人前はあるだろ」


 山盛りのポークたまご、大皿のゆし豆腐。そして、どんぶり一杯のジューシー(炊き込みご飯)が鎮座している。


「若いんだから、もっと太らなきゃダメさぁ。ほれ、カメー(食べなさい)! カメー(食べなさい)!」


「いや……」


 問答無用だ。わんこそばの如くおかずが追加されていく。これぞ沖縄の至宝にして最強の物理攻撃、おばぁによる『カメーカメー攻撃』だ。だが、今の俺の腹の虫は、この量を前にしても怯むどころか、さらに暴れ回っている。


(……リク、これ全部食ったら、さすがに腹壊すぞ)


 箸を動かしながら、俺はリクに泣き言を送った。すると、リクからトンデモない提案が返ってきた。


《提案があります。セルフヒールを、胃袋に対して行使してください》


(は? 怪我もしてないのにか?)


《回復魔法の本質は『細胞の活性化』です。これを消化器官に集中適用すれば、消化吸収速度を爆発的に加速させることが可能です》


 ……なるほど。ドーピングみたいだが、理屈は通っている。龍玉のエネルギーを馴染ませるためにも、今はとにかくカロリーが必要だ。


「……くっ、やるしかねぇか」


 俺は腹に意識を集中させ、魔力を練り上げ、セルフヒールを発動した。


 ボウッ、と腹のあたりが熱くなる。瞬間、胃袋が猛烈な勢いで動き出すのを感じた。満腹感が消え、ブラックホールのような飢餓感が湧き上がってくる。


「……よし、食える!」


 俺は覚悟を決めて箸を加速させた。次々と胃袋に消えていく料理。おばぁが「あらあら、いい食べっぷりだねぇ」と嬉しそうに目を細める。こうして俺は、沖縄の朝を何とか乗り切ったのだった。



 嵐のような朝食を終え、ようやく一息ついた頃だ。舞香がタブレット端末を持ってやってきた。


「昨夜のうちに、成功報酬を振り込んでおいたわ。確認してもらえる?」


「ああ、助かる」


 俺はスマホを取り出し、銀行アプリを起動する。今回の依頼料は五百万。そこから前金の五十万を引いて、残りは四百五十万だ。画面をタップし、残高照会画面を開く。


「……ん?」


 俺は二度見した。


「……大城さん、これ。五五〇万入ってるぞ」


 舞香さんは涼しい顔でさんぴん茶を啜った。


「合ってるわよ。おばぁがね、『命の値段にしちゃ安いもんだから、色付けとけ』って」


「色ってレベルじゃねぇぞ、一〇〇万だぞ!?」


 横でおばぁがニカっと笑う。


「いいさぁ。あんたの技術にはそれだけの価値がある。それに、また何かあったら頼むための“手付金”みたいなもんさぁね」


 豪快すぎるだろ、この家。だが、その気持ちは素直に嬉しかった。職人冥利に尽きる瞬間だ。


《太郎さん》


 感動に浸っていた俺の脳内に、リクの念話が水を差す。


《受領を推奨します。ただし警告です。今回の入金により、今期の事業売上高が一二〇〇万円を突破しました》


「……っ」


 俺の手が止まる。  以前売ったおもちゃ等の売上が約六七〇万。それに今回の五五〇万を足せば、一二〇〇万。  完全に『一〇〇〇万の壁』を超えちまった。


《翌々年からの消費税課税事業者への移行、および翌年の国民健康保険料、住民税の大幅な増額が確定しました。節税対策の抜本的な見直しを推奨します》


(やめろリク、胃が痛くなる)


 五五〇万という大金も、税金というフィルターを通すと急に儚いものに見えてくる。これぞ個人事業主の悲哀だ。

          

 その後、俺は舞香さんの車でホテルまで送ってもらうことになった。 おばぁから渡された大量の土産(サーターアンダギーと古酒)をトランクに詰め込み、黒塗りのセダンは走り出す。

 車窓を流れる沖縄の海は、どこまでも青い。短いドライブの後、俺が宿泊しているホテルの前で車は静かに停まった。 舞香は車を降り、俺に右手を差し出した。


「また、何かあったら連絡させてもらうわ」


「ああ。いつでもどうぞ」


 がっちりと握手を交わす。そこに湿っぽい感情はない。プロとプロの、信頼の証だ。  彼女はもう一度軽く頭を下げると、運転席に乗り込み、アクセルを踏んだ。遠ざかっていくテールランプが見えなくなるまで、俺はその場で見送った。


「……さて」


 俺はくるりときびすを返し、ホテルのエントランスをくぐった。エレベーターに乗り込み、カードキーで自室のドアを開ける。カチャリ、と鍵が閉まる乾いた音が、終わりの合図だった。

 俺は荷物を床に放り出し、大きく息を吐き出した。



「偽装解除」


 俺の体を覆っていた魔力の膜が、陽炎のように揺らめいて霧散する。 鏡を見なくてもわかる。 今の俺は、背筋を伸ばした『ロマンスグレーの紳士』から、猫背で目つきの悪い、いつもの『三十八歳のおっさん』に戻った。


「……ふぅーーーー」


 長い溜息と共に、肩の力が抜けていく。重い鎧を脱ぎ捨てたような開放感。これで、厄介な修理依頼も、神様絡みのトラブルも、すべて完了だ。俺はそのままベッドへ大の字にダイブした。


「最高だ……」


 天井のシミを眺めながら呟く。仕事は完璧に納めた。懐には大金がある。体調は(守神のおかげで)万全だ。こんな絶好のシチュエーションは、そうそうない。


「リク、仕事だ」


《……休暇ではないのですか?》


「遊びも本気でやるのが俺の流儀だ。作戦コード『太郎の休日』を発動する」


 俺はニヤリと笑い、天井に向けて指を立てた。


「まずは海だ。沖縄に来て、現場とホテルの往復だけじゃ悲しすぎる。やっぱり青い海を見ておかないとな」


《海水浴を希望ですか?》


「泳ぐわけじゃない。ただ、白い砂浜と青い海を眺めて、ボーッとしたいんだよ」


 俺が言うと、即座にリクから提案が飛んできた。


《それについては提案があります。現在の太郎さんは、龍玉の影響で『魔力知覚』が過剰に鋭敏化しています》


「魔力知覚?」


《はい。聴力が上がっただけではありません。高まった魔力感知能力が、周囲の『生命反応』を音声信号として脳に送っているのです》


 リクの言葉に、俺は耳を澄ませた。確かに、窓の外の話し声や、隣の部屋のテレビの音が、やけにクリアに聞こえる。いや、聞こえるというより、頭の中に直接響いてくるような不快感だ。


《那覇市内や北部のメジャーなビーチのような人混みに行けば、数千人分の『生体ノイズ』が脳を圧迫し、激しい魔力酔いを引き起こすリスクがあります》


「あー……なるほど。壁が薄いせいじゃなくて、俺のセンサーがバグってるせいか」


 高性能すぎるのも考えものだ。キャッキャと騒がしいビーチに行けば、リラックスどころか頭痛で倒れるかもしれない。


《そこで、本島南部、糸満方面の海岸線を推奨します。人口密度が低く、自然そのままの断崖が続くエリアです。そこならノイズも少なく、思う存分『沖縄の海』を堪能できるかと》


 なるほど。パラソルが並ぶビーチより、誰もいない断崖で、風に吹かれて海を眺める。  おっさんの一人旅には、そっちの方が似合いそうだ。


「採用だ。今夜の宿もその辺で頼む」


《了解しました。海沿いの静かなホテルを確保します。チェックインは十五時から可能です》


「仕事が早いねぇ。よし、そうと決まれば出発だ」


 俺は跳ね起きると、アイテムボックスに荷物を詰め込み、部屋の鍵を掴んだ。まさか、その「静かな海」で、賑やかな先客たち(・・・)が待ち受けているとは露知らず。


「行くぞリク。沖縄の夏はこれからだ」


 俺は鼻歌交じりに、青い空が待つ外へと足を踏み出した。


遅ればせながら、明けましておめでとうございます! 二ヶ月ほど更新がストップしてしまい、すみませんでした。


太郎さんの休暇……というわけではありませんが、今後もあまり気負わず、マイペース更新を続けていこうと思います。 ゆるりと楽しんでいただければ嬉しいです。今年もよろしくお願いします!


後、執筆の仕方を少し変えたので読みにくかったりしたらコメントいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
正座しながら年を越してお待ちしていました。 作者様のペースで更新してください。 確定申告は終わりましたか? リアルも確り対応してください。 太郎君の休暇…何も無い訳がないよね?
うぽつでーす 続き楽しみです
課税事業者になるなら法人化すればいいのでは?消費税が二年ぐらい免除されていませんでしたか?事業資金と生活費はわけないといけませんが、かなり節税できるでしょう。
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